13.なんだか色が入ったみたい



「おーいヒナー?」

目の前でひらひらと手を振る実里にハッとして意識を戻される
またトリップしていたようだ

「やっぱ疲れてる?」

「ずっと上の空だもんねえ」

心配そうな顔の二人に大丈夫と告げ笑顔を浮かべる
危ない危ない、せっかく二人と遊びにきてるのにぼーっとしてる場合じゃない

9月末の日曜日
来月には受験の面接を控えた私は二人によって息抜きに駆り出されている
とは言っても正直二人の方が受験は大変なので私が付き添いのようなものだけれど

「にしても実里よく補修免れたね」

「まあね!やればできるタイプってやつ?」

「その見た目で説得力ないんですけどお」

二人とも毎日夜遅くまで受験勉強を頑張ってるみたいで日に日に点数は上がってる
受験に学力試験がないからといって流石に手を抜くわけにはいかないので授業を受けている私とは違う負荷

「二人のこと尊敬する」

「「!?」」

ぽつりと呟いた言葉にぎょっとした実里と紬

「え、本当にどっか打った?」

「熱ある?」

「私を何だと思ってるの」

普通に友達くらい褒めるでしょと思いつつも去年までの私ならしてなさそうで何とも言えない
歩き始めた二人の少し後ろで考え込む
この前の屋上での出来事は夢じゃないらしい
現にスマホには新しく登録されたLINEの友達リストにいる矢口くんの名前
基本1日何通かのやりとりをしている

「(…いや、これで付き合ってないって何?)」

告白されたし私も好きなことは間違いなくバレてる
それなのにあの日矢口くんとは流れでLINEを交換しただけで終了
私もボーッとしてたしハッとした時には既に午後の授業中だったので完全にタイミングを逃したという訳だ

「(いやいや待って、何これ?)」

受験に集中できないなんて言い訳をするつもりはないし、矢口くんとLINEできるのは普通に嬉しい
でも待って、何この関係??
さっき届いたメッセージにはこの前藝大の文化祭に行った時の歌島くんたちとの写真
文化祭あったんだ、いいな行きたかったなあ
なんて思ったけど、矢口くんと付き合ってるわけでもないのでまあ一緒には行かないよねと我に返る

あんな言い逃げみたいな告白をされてしまっては「付き合おう」なんて言えないし、やっぱり矢口くんの受験が終わるまでこの距離感のままの方がいいかななんて悩みどころ
矢口くんって時々勢いで行動するところあるからこの前の告白もその類だろう
好きって言われて嬉しかったけど、伝えて満足しているところを見ると何とも言えない歯痒さがある

「ヒナー、置いてくよー?」

前方から私を呼ぶ紬の声がして今日は楽しもうと頭を切り替えた





11月

製菓専門学校の受験に合格した私は受験生という枠から解放された
と、同時に気になり出したのは矢口くんのこと
同じクラスということもあり正直矢口くんの様子はよくわかる
LINEは普通、友達と話してる時も普通
でも明らかに元気がないのは気のせいなんかじゃない
力になりたいけど絵のことはわからない部外者が口を出すわけにもいかない
それに矢口くんにとって私は合格した人
そんな人に何を言われても腹立つんじゃないかなと引け目を感じてしまう

「(矢口くんのことになると弱気だな、私)」

結局関係も有耶無耶のままだし、我ながら情けない
授業が終わり皆が塾や予備校に向かってる中、教室に残って外を眺める
こんなときまるちゃんならどうするだろう

そう考えぼんやりしていると「ヒナちゃん」と聞き慣れた声が聞こえて勢いよく振り向く
そこには私服に身を包み入館証をぶら下げたまるちゃんの姿

「まるちゃん!?」

「合格おめでとう」

ぎゅーっと抱きしめられて去年まるちゃんの合格を聞いた時のことを思い出して嬉しくなる

「久しぶりのまるちゃんだー!」

「…ヒナちゃんなんだか変わったね」

「え?」

「なんだか色が入ったみたい」

その言葉に驚く
まるちゃんは色を失った私を一番近くで見てきた人だから、そのまるちゃんが変わったと言ってくれてるのは本当だろう

「…私ね、矢口くんが好きなんだ」

今度はまるちゃんが目を丸くした
いつだったか答えられなかった質問の答えだとわかり優しく微笑んでくれる

「最初は矢口くんの絵に心が揺さぶられて、けど今は絵を描く矢口くん自身に惹かれてる
夢に向かって一生懸命で、必死で、折れたり立ち止まることがあっても前に進むそんな姿を見てると私も頑張りたいって思えるんだ」

私のやりたいことは見つけた
そのスタートラインに立つチケットも手に入れた
あとは死に物狂いで努力するだけ

「矢口くんの隣に立てる自分でいたい、そう思うとね世界がキラキラ輝いて見えるんだ
ほんの些細なことでも鮮やかに見える…だから変わったとしたら矢口くんのおかげなんだと思う」

「そっか…うん、ヒナちゃんに好きな人ができたのは嬉しいし寂しいなあ」

「まるちゃんお母さんみたい」

「そこはお姉ちゃんでしょ」

私の知らない美術の世界
きっと楽しいことだけじゃないんだと思う
矢口くんも今まさに何かと戦っている
私にできるのは待つことだけ、それなら不安そうに待つんじゃなくてちゃんと信用して待とう

「あのね、今度ユカちゃんに大学においでって言ってるんだ
良かったらヒナちゃんもおいでよ」

「え、行く!もしかしてまるちゃんの絵見れる?」

「うん、まだ途中だけどね」

「絶対行く!」

まるちゃん、矢口くんの絵が好きって言ったけどね
やっぱり私はまるちゃんの絵が一番好き
それにまるちゃんのことが好きだよ
一人にしないでくれてありがとう
ずっと気にかけてくれてありがとう
今までもこれからもずっとずっと大好きだよ




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