12.教えてあげよっか?
夏休みに入りいよいよ受験を意識し始めた三年生
私は推薦入試組なので10月には出願も面接も発表もある
定員オーバーは当たり前の人気な学校らしいので面接対策として夏休み中も進路指導の先生に模擬演習を行なってもらったりしていた
夏休み中は矢口くんは夏期講習って言っていたので美術室に行っても会えることはない
けれど約束した以上行かないといけない気がして足が動く
「あら、兎原さんお久しぶりですね」
美術部が週に2回空いているのは知っていたので覗くと佐伯先生、それと一年生の子が何人かいた
私の顔を見てモデル時代のことを知っているのか「ヒナちゃん…!?」と驚愕している子もいて変な感じがする
「ご無沙汰してます」
「色々迷われていたようですが、吹っ切れましたか?」
「はい」
やっぱりお見通しかと苦笑いしていると、佐伯先生が一枚の紙を差し出してきた
「せっかくです、絵を描いてみましょう」
「え゛…私ほんとに下手くそで…」
「上手い下手ではなく私は兎原さんの考えていることが知りたいんですよ、去年から一年間で何を思ってどう変わったのか
絵はね言葉では伝わらないその人の思いが現れるんです、兎原さんの好きな景色を自由に描いてください」
好きな景色
好きが分からない、モノクロの世界でしかないと相談した私へそのテーマを出すのは佐伯先生らしい
言われるがまま用意された鉛筆や絵具を見る
美術の授業でしか触ったことのないそれをいつもまるちゃんがどう扱っていたのか思い出す
「(好きな景色…)」
蘇ってくる幼い頃の楽しかったあの頃の思い出
いや、でもそうじゃない気がする
もっと何か…別の…
そこまで考えてハッとして鉛筆を握った
どれぐらい描いていただろう
仕上がった絵を見て我ながら下手だと再確認していると、背後から佐伯先生が声をかけてきた
「まあ!素敵な絵ですね」
「思ってたよりも全然描けなかったです…色味がうまく表現できなくて」
「兎原さんは自分で思っているほど絵が下手ではありませんよ、森さんと一緒に絵を描いていたんじゃないですか?」
「まあちょこちょこは」
まるちゃんに何度か教えてもらったことはある
でもそれだけ、ちょっとかじったくらいでしかないそれ
まるちゃんや矢口くんの絵と比べると全然大したことないそれに心は動かない
でも不思議と好きな景色と言われてこれが思い浮かんできた
先生にはお見通しなんだろうし半分やけくそだったと思う
「兎原さん、貴女はとても魅力的な女性ですよ
その気持ちが伝わると良いですね」
にっこり微笑む先生に微笑み返して片付けをする
そして先生に「また来ます」とだけ伝えて美術室を後にした
夏休み終盤、その日まさか矢口くんとユカちゃんが美術室に来ていたなんて知らない私は夏休み明け初日にユカちゃんに美術室に呼び出された
「これなーんだ?」
ヒュッと言葉にならない声が息として口から出た
ユカちゃんの手にはあの日私が描いた絵
え、待って、何でこれがここに?先生まさか回収してなかったの??というか何でユカちゃんが??
疑問で埋め尽くされていく脳内
「ヒナちゃんがこれ描いた日に美術室に来てたんだよ、俺と八虎」
「えっ!!!!??」
自分でも驚くほどの大きい声が出た
乾くのを待ってそのまま机に置いてったけど、まさか回収する前に二人がこの絵を目にしてしまったということだろうか
「ま…まさか…矢口くんも…」
「うん、見たよ」
にっこにっこと笑うユカちゃんが今日ばかりは悪魔に見えて仕方ない
いや大丈夫、これを見られただけなら何とでも巻き返せる
落ち着け、平常心平常心
「まさかヒナちゃんが八虎のこと好きだとはねえ」
「(終わった)」
先生のことだからテーマも伝えたんだろう
私の描いた絵は絵を描く矢口くんの姿
上手に描けないのはわかっていたのであくまでぼんやりとだけれど矢口くんとわかる仕上がり
いや、本人にはこの前宣言したし別にいいけど、ユカちゃんに知られるのはちょっと誤算
「好きな景色…それで八虎を描くなんて、ヒナちゃん可愛い♥」
「それ以上苛めないで」
「上手に描けてる、すごいね」
「それはありがとう」
まるちゃんみたいに上手に描きたくて頑張った時もある
でも世界がモノクロになって絵を描くのはやめた
見る専門、それが私の出した答え
別に未練はない、今はやりたいことも見つかったし本当に
「そうだ、これ見た時の八虎の反応知りたくない?」
「え…」
「教えてあげよっか?」
きっと顔を真っ赤にしてたんだろうなと想像がつくのは何でだろう
勝手に想像してちょっと笑えてしまう
ユカちゃんに「ううん、大丈夫」そう返そうとしたけれど、それよりも早く足音が聞こえて気がつけば腕を掴まれ走り出していた
前に見えるのは矢口くん
あ、この光景は懐かしいなと考えつつも生徒たちが私と矢口くんに好奇の目を向ける
矢口くんDQNだし目立つもんなあ、あと私も一応元モデルだし
連れてこられたのは屋上
9月はまだ暑さが残っているから日差しが眩しい
矢口くんは陸上競技が苦手とは聞いていたので肩で息をしながら呼吸を整えている
「大丈夫?」
「う…うん、平気」
「そっか…にしても急に「兎原さん」
遮ってきた矢口くんに口を閉ざす
その顔があまりにも真剣で、絵を描く時の顔に似ていて驚いた
「絵見たよ」
「…あっ」
さっきの矢口くんを描いたあれかと思い気まずそうに目を逸らす
流石にこれは気持ち悪かったかなと後悔した
「知ってると思うけど、俺藝大目指してて…
予備校もなんかうまくいかないし、俺より上手い人だらけだし、その度に落ち込んで俺は凡人なんだって思い知らされるんだ」
「あの…?」
「でも兎原さんが俺の絵を見たいって言ってくれて、本当に嬉しくて…だからその…」
何の話?と困惑していると、矢口くんと目が合う
「俺、兎原さんのこと好きだ」
予想通りの赤い顔
予想していなかった告白
突然すぎて理解できず黙ってしまった私の脳を動かすように日差しによって背中を汗が伝う感覚がした
これは都合のいい夢?なら一生醒めないでほしい