11.ないから!もうほんとないから!!



製菓教室とは言え普通のお料理教室
私みたいにパティシエを目指してる人は少ないようで、趣味レベルの人がほとんど

「陽菜ちゃん高校生でしょ?授業終わりにいつも偉いね」

周りはほとんどが大学生か主婦の方
だからここでは何かと可愛がられているけど、今までこんな風に可愛がられる経験がないので少し気恥ずかしい
自分で壁を建てていたあの頃からは考えられないほどの成長だ

「製菓専門学校目指してるんでしょ?」

「はい」

「夢があっていいわね!将来はパティシエになるの?」

「なりたいと…そう思ってます」

自分の夢を語るのも気恥ずかしい
というより緊張する
もし実現しなかったらどうしようとか考えてしまう
いつかパティシエになることを諦めてしまったらどうしようとかそういうネガティブなことを考えるのが私の悪い癖

「いいわね!じゃあその時は陽菜ちゃんの作ったお菓子買いに行くわね」

「私も」

わいわいと盛り上がる主婦さんに鼻の奥がツンとした
何でだろう、お母さんを重ねてしまったのかもしれない
もし生きていたら同じように言ってくれただろうか

「あら、もうこんな時間」

時間は既に20時前
晩ご飯の支度があると言って足早に帰っていく主婦さんたち

なんとなくこのまま帰る気分にはなれなくて近くのカフェで紅茶を飲んでから帰ることにした
大学受験組の実里と紬は今頃塾で猛勉強しているんだろうと思うとこんなに自由でいいのかと思ってしまうけど人と比べるのは良くない
紅茶を飲み干した時には21時前
帰ろうと店から出て駅に向かっていると前に大きなカバンを持っている人が歩いているのが見えた

「(そういえばまるちゃんが似たようなの持ってたな)」

キャンバスバッグって言うんだっけとぼんやり考えていると、その人が振り返る
カバンに目をとられていて気がつかなかったけど、それは矢口くんでどうやら予備校帰りらしい

「や、矢口くん…」

「え、兎原さん…?!」

心臓が止まったような感覚になってじわじわとこれが現実のことだと認識する
まさか予備校がこの近くとは思わなくておろおろしていると、矢口くんは「また夜遊び?」と聞いてくる

「またって…矢口くんよりは遊んでないよ」

「ごめん、冗談」

「製菓教室行ってたんだ、その帰り」

「へえー、そう言えば製菓専門学校行くんだって?」

「うん」

よかった、普通に話せてる
矢口くんと会話するのは久しぶりだ
元々そういう距離感でしかない私たちが話せているのは矢口くんが誰にでも分け隔てなく話せるタイプだからだと思う

「今日は何作ったの?」

「エクレアだよ」

「すっげー!あれって作れんだ」

「作れなかったら売られてないと思うよ」

おかしなことを言う矢口くんにクスクスと笑うと、急に何かを思い出したような顔をした

「あの、さ…歌島と付き合って「ないから!もうほんとないから!!」

ここ2ヶ月で言われすぎて条件反射で即答
しかもよりによって矢口くんにその話をされるとは思ってなくてつい力がこもってしまう
勢いに押されて矢口くんも「あ、そうなんだ」と呆気にとられているようでまあまあ後悔した
こういう時はクールだった頃の自分が戻ってきてほしいけどうまくいかない

「…何で最近美術部来ないの?」

その問いかけに思わず立ち止まる
駅までもう少しのところで矢口くんがそんなことを言うから動揺してしまった

「ほら、矢口くんも予備校とかで忙しいのに邪魔したら悪いし」

違うでしょ、怖いだけ
見てることしかできない自分を思い知るのも、これ以上矢口くんを好きになるのも怖いだけ

「また来れる時来てよ、部活メンバーも喜ぶし」

ああ、何それ
やめて、そんなこと言わないで
私恋愛初心者だからそんなこと言われたらすぐ舞い上がっちゃうんだよ
矢口くんは知らないでしょう?絵よりも矢口くんが好きだって
そんな不純な理由で美術部に顔を出してるなんてだめだよ

「…矢口くん、予備校はどう?」

うまく話をはぐらかす
心を隠すのは私の得意なこと
けれどそれは矢口くんだって同じ
話を逸らした私に少し黙り込んだ彼はもう一度私を見た

「ごめん、回りくどい言い方した…俺の絵、見に来てほしいんだけど」

矢口くんの顔は真剣で今度こそはぐらかせない
逃してもらえない、私の嘘が通用しない唯一の相手
前に矢口くんの絵が好きだと言った
見たいと言ったのも私
でもそれは私の一方的な思いで、矢口くんには全然関係のないことだと思ってた

「これあげる」

「えっ?」

さっき製菓教室で作ったエクレアの入った紙袋を渡すと矢口くんはびっくりしてるようで、目をぱちぱちと瞬かせている
どうせ嘘が通用しないのなら潔く諦めよう
隠すのももういい、変わるって決めたのは私自身なんだから

「また絵を見にいく、美術部にも顔を出す」

「あ…うん…??」

「それと」

振り回されっぱなしなのは私らしくない
吹っ切れたように顔を上げた私は矢口くんを真正面に見つめる

「私、絵を描いてる時の矢口くん好きだよ」

そう言って悪戯げに笑えば、一気に顔が赤くなった矢口くんに益々笑みが深まる
勿論絵を描いてない時も好き
同じ絵を描く目線には立てないけど矢口くんの絵のファンとしてなら立てる
まるちゃんと同じじゃなくていい、私は私だから

「か、からかってる…?!」

「はは、真っ赤!可愛いー」

「ちょ、兎原さん!?」

一丁前に嫉妬するならその前に行動しよう
好きを大事にしたいなら矢口くんへのこの気持ちも同じで大事なんだから
さあ、反撃開始だ




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