10.また一緒にサボろーね



まるちゃんが卒業した
卒業式は在校生は参加しないし、部活に所属しているわけでもない私は行く必要がないので個人的にお祝いすることにした
まるちゃんの家はご近所で小さい頃からずっと仲良くさせてもらってる

大好きなまるちゃん
武蔵野美術大学に行くまるちゃんとはもう同じ学校には通えない
そのことが孤独感を駆り立てるのは何で?
実里も紬もいる、それなのに私はまた一人になったような感覚がして三年生になって数日が経過したある日、久しぶりに授業をサボった

「いたいた、やっほーヒナちゃん♥」

「わ、歌島くん」

「サボり?」

「あー…うん」

「俺もー!」

歌島くんと矢口くんは同じクラス
何で同じクラスになるかなと自分の運のなさに落ち込んでいると、歌島くんが楽しそうに笑った

「ヒナちゃんって八虎のこと好きっしょ」

鈍器で頭を殴られたんじゃないかってほどの衝撃
え、何私そんな分かりやすい?と青ざめていると、歌島くんはまた笑う

「冗談だよ冗談!」

「(うっわー)」

どうやらカマをかけられて見事に自滅したらしい
何これ、ちょっと歌島くんのこと嫌いになりそう

「いいなー八虎のやつ、ヒナちゃんに好かれるとか羨ましい」

「お願いだから矢口くんに言わないでね」

「大丈夫大丈夫!アイツ恋愛に関しては鈍感だし」

「言 わ な い で ね」

「…ハイ」

口の軽い歌島くんに釘を刺すと観念したように項垂れていた

「んで、何でサボり?」

「私別に真面目じゃないからね」

「そーかもだけど八虎絡みなんじゃないの?」

「まあ…」

矢口くんの絵は12月に見たあの時から一度も見に行っていない
ぴたりと来なくなった私を不審に思ったのか、ユカちゃんや美術部の面々は廊下ですれ違う度に声をかけてくれたけど、はぐらかした
元々まるちゃんの絵を見に行ってただけ
矢口くんの絵も好きだし、今年からは予備校の夜間部にも通う彼の絵はどんどん進化しているんだろう
気になる、気になるけれど美術室に向かおうとするとあの日のまるちゃんと矢口くんを思い出して怖くて進めなくなる
自分の臆病さに呆れてしまうけれど無理なものは無理
気がつけば時間は経っていて、三年生になって4月が終わろうとしていた

「ね、八虎のどこが好きなの?」

「…」

「言わないから!」

疑いの眼差しを向けると慌てて弁論してくる歌島くん
もし本当に言った日には実里と紬も加勢してもらって本当に怒ると思う

「横顔」

「え?」

「絵を描いてる時の横顔…好きなことに集中してる時の矢口くんって良いなって」

思い出すのは真剣な顔の矢口くん
不良だし金髪だし軟骨にピアス空いてるし愛想笑い上手だけど絵と向き合う時の彼は一番自然体でそんな彼が眩しい

私もやりたいことはある、調理学校に通ってそれでパティシエを目指す
今はただの趣味レベル、けど必ずプロとして通用する自分になる
そしたら初めてのお客様はお父さん
次はまるちゃん、実里に紬、そしてそこに矢口くんもいて欲しい
これが私のやりたい事だよって伝えたい

「何つーか…本当に好きなんだね」

ハッとして歌島くんを見ればニヤニヤと笑ってる
やばい、格好の餌を与えてしまった感覚

「言わないの?好きだって」

「言えないよ、本気で藝大に行こうって努力してるのに気を散らせたくないし」

受験は言わば心理戦
無駄なことで気を散らして欲しくない

「それ関係ある?」

「え」

「ヒナちゃんが好きって言うのと八虎が藝大本気で目指してるのと何か関係あるってこと」

言っている意味が分からなくて首を傾げる
と、その時チャイムが鳴った
この次の授業は移動教室だっけと思い立ち上がる

「次は出るんだ」

「卒業できなくなるとか嫌だしね、ほら歌島くんも行くよ」

隣をついてくる歌島くん
何だかまるで二人でサボってたみたいで気が引けるけど、実際二人で喋ってたのは事実だし諦め半分で教室に向かう

「あ、ヒナー!体調大丈夫?」

教室に入れば駆け寄ってきた紬
実里は私の後ろにいる歌島くんを見て明からさまに顔をしかめた

「は?なんで歌島がいんの?」

「別にいいだろー」

そう言って矢口くんに絡みに行く歌島くん
余計なことを言わないでよと祈りつつ次の授業の準備をして実里と紬と一緒に教室を出ようとした時、歌島くんがこっちを見てにっこり微笑んだ

「また一緒にサボろーね、ヒナちゃん♥」

その言葉にサアッと血の気が引いていく
歌島くんと話してた矢口くんも目を丸くしてこっちを見てるし、実里と紬は絶句
クラスメートのみんなも「え?二人ってそういう関係?」とざわざわしてる始末

「何のこと?」

笑顔を貼り付けにっこりと微笑み返してそう言えば歌島くんはわざとらしく「えー?」と言ってる
今すぐその伊達メガネを窓から放り投げてやりたいけれど我慢して教室を出る

「ちょ、ヒナどういうこと!?」

「歌島と一緒だったの!?」

両サイドから詰め寄る二人に「歌島くんのことちょっと嫌いかも!」と言い捨てるように叫んで廊下をズンズン進んでいく
矢口くんに誤解されたかもしれない
そう思うと怒りがふつふつと湧いてくる





その日以降歌島くんを完全に空気のように扱うことを決めたことで付き合っているという噂は消滅
ただその間に2ヶ月の時が流れた

「なるほど」

「もう疲れたよ…」

ユカちゃんに連行されてきた美術部
もう夏休み目前なので夏服
歌島くんとの噂を心配してくれたみたいでユカちゃんって本当にいい子だなと感心する

ずっと顔を出さなかったことで佐伯先生も心配してくれていたらしい
迷惑をかけっぱなしで申し訳ない
チラッと室内を見ると矢口くんが黙々と絵を描いている
前に見た時よりもずっと上手なそれに心が揺れた
絵の予備校でいっぱい勉強してるんだろう
ユカちゃんによると夏休みは夏期講習もあるらしい、すごい本格的だ

「(遠いな)」

まるちゃんなら同じ目線で話ができるんだろうけど私にはできない
見守ることしかできない自分の無力さに落ち込んでいると、矢口くんがこっちを向いた
目があったのは数秒、ちょうどタイミングよくスマホが揺れたので自然に視線を外す

「あ、もう帰らなきゃ」

専門学校は学力試験はない、面接で決まることがほとんど
春に行ったオープンキャンパスである程度候補は絞っている
今は近所の製菓教室に通いながら勉強中、今日もその教室の日

「じゃあまたね」

カバンを取って美術室を出ていく私を矢口くんが目で追っていたことなんて知る由もない




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