09.こんなの知りたくなかった



冬休みが終わり1月
セーラー服にセーターを着てその上からコートを着てるけどそれでも外は寒い
息を吐けば白いもやもやが現れては消える
昔はこれが不思議でずっとやってた気がする

「ヒナちゃん」

「あ、まるちゃん!」

登校中に見かけたまるちゃんは私服姿
この時期は三年生は自由登校だからまるちゃんみたいにもう進路が決まっている子はバイトしたり旅行に行ったりしている
まるちゃんも大学に向けて絵の勉強をしつつ、予備校で出会った友達と遊びに行ってるって聞いた

「寒いねー、駅まで一緒に行こ」

「うん」

今日は買い物に行くらしい
大学では私服だからちょっと多めに買いたいとのこと
それなら私も付き添いたかったけど、残念ながらこれから授業なので諦める
モデルをやってただけあってセンスはそこそこ良いはずなので心底悔しい

「そうだ、ヒナちゃんって矢口くんのこと好きなの?」

「…え?」

「あ、違った?!」

慌てるまるちゃんに背中がヒヤリとした
もしかしてまるちゃんは矢口くんのことが好きなのかもしれない
それでこの質問なんだとしたら?
答えなきゃ、そう思い口を開くけれど声は出ない
矢口くんの絵を描く時の横顔を思い出して言葉に詰まる

「(…あれ?)」

いつもは人懐っこいのに、絵を描く時の真剣な表情に最初は驚いた
絵を見に来たはずなのにいつのまにか絵を描く矢口くんを見ている自分がいたことにも今更気がつく
夏休み明けからなので3ヶ月と少し
記憶に残っているのは矢口くんの絵より彼本人ばかり

「…まるちゃんは矢口くんのこと好き?」

「えっ!ううん、人としては好きだけど、そういう恋愛的はものじゃないよ!」

あわあわと手を振って必死なまるちゃんになぜか少し安心した私がいる
そのまま駅に着いてまるちゃんと別れて電車に乗る
窓ガラスに映る自分の顔が泣きそうで情けなくて、周りに見られたくなくて顔を伏せた






数日後

「ヒナ」

「…」

「ヒナってば」

「えっ…あ、何?」

ぼーっとしてた私を不思議に思ったのか実里が首を傾げる
紬も私の額に手を当てて「熱はないっぽい」とか言ってるし、やってしまったと内心反省した

「どうしたの?なんか悩み事?」

「ううん、ちょっと寝不足なだけ」

「ふーん…ならいいけどさ」

二人に呼ばれていることに気がつけないくらいトリップしていたことに少し焦る
最近本当に変だ、ぼーっとしてしまう
そういう時に思い出してるのは矢口くんの横顔
何で矢口くんばっか思い出すんだろう
わからない、胸がもやもやする、頭から出て行って欲しい

「…ごめん、ちょっとお腹痛いから保健室行ってくる」

「え、もう授業始まるけど」

「上手く言っといて」

授業をサボるのは初めてじゃない
撮影を言い訳に何度もサボったことはある
保健室に行こうとしたけれど思い出したのは佐伯先生の顔

「(先生いるかな…?)」

慣れた足取りで美術室へ向かう
もし授業をやってたらいけないから準備室の扉からそっと入る
扉が開いていて中に入れば先生の姿はない
仕方ないと諦め出ていこうとした時、音楽室から声が聞こえた

「嬉しいなあ、可愛い後輩の卒業祝いー」

「プレッシャーやめてください」

まるちゃんと矢口くんの声だということに頭が真っ白になる
あれ?まるちゃん何で…あ、そっか今日は登校日なんだっけ
え、じゃあ矢口くんは何で?サボり?
ぐるぐると頭をめぐる疑問、同時に生まれる心のもやもや

「好きだったんだ、矢口くんの絵」

息が止まった

「俺…先輩がいなかったら絵描いてないっすよたぶん、俺はそれくらい先輩の絵好きですけど…」

やだ、聞きたくない
私も二人の絵が好き
同じ気持ちなら良いじゃないか、それなのに何でこんなに苦しいんだろう
ここにいたらダメだと思い気づかれないようにその場を離れる
走って走って、たどり着いたのは屋上
冬は寒い、それなのにセーラー服とセーターだけで屋上に来るなんて馬鹿みたい

「寒…っ」

声を出せば白いもやもやが現れる
壁にもたれかかるように座り込み蹲った
前に紬に聞いたことがある、恋愛としての意味での好きになるってどんな感覚なのか
よくあるドキドキとか体温が上がっていくとか、その人のことで頭がいっぱいになるとか、そういう回答だった気がする
それは今まさに私に当てはまる症状でじわりと涙が滲んでいく
絵が好き、それだけだった
それだけだったはずなのにいつしか私は絵じゃなくて矢口くん本人を好きになっていたらしい
いつから?二人で帰った時?
…ううん、本当はあの日助けてもらった時から他の人が気づかない私の取り繕った顔を見破られたあの時からなのかもしれない

「これが”好き”なの?」

佐伯先生の言う通り一度知ってしまった”好き”という感情はいっぱい溢れていて、私の世界を彩った
モノクロの世界が変わっていって、やりたいことも見つけれた
将来絶対成功するなんて保証はない、でも何かをやりたいと思えることが素直に嬉しい
“好き”を知ってよかった
でも矢口くんへの”好き”は他のと全然違う
痛い、苦しい、悲しい、辛い

「こんなの知りたくなかった」

何で?どうして大好きな二人なの?
まるちゃんのことを嫌いになんてなれない
矢口くんのことも嫌いになんてなれない
でも二人を見るのは嫌だなんて我儘
この日初めて私は自分のことを嫌いと、そう思った




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