08.うん、いいと思う



製菓専門学校に行くと決めたことをお父さんに報告したら応援してくれた
お母さんが居なくなってから何をしたいとか何が欲しいとか一切言わなくなった私を心配していたらしい
電話越しに話したお父さんは泣いているようで、心配かけていたことを反省する

勿論お母さんにも報告した
お母さんみたいに美味しいお菓子を作れるようになりたいと
私の作ったものならなんでも美味しいと言ってくれそうだけど、それじゃダメなの
私がお母さんの死を受け入れられる時なんてこの先ずっと来ない、でも前には進んでいたい
好きは原動力になるから、好きの中でもお父さんの笑顔に繋がるようなパティシエを選んだ
結局私は両親が最優先らしい
けどそんな自分が嫌いじゃない

秋に提出した進路希望調査用紙
冬まで先生からの説得は続いたけど全部跳ね除けた
意外と自分は頑固らしい、特にようやく見つけた好きに関しては超がつくほどの
おかげで私が製菓専門学校に行くという噂はすぐに広まった
モデルを辞めたこと、食品を扱う以上派手派手しかったネイルを辞めたこともあり今まで話したことのなかった子とも少しずつ話せるようになってきた
怖がられなくなったのが理由だろうけど、私も実里と紬以外に友達が増えるのは素直に嬉しい

「それで逃げてきたんだ」

「あの先生ほんっとしつこい…」

当たり前のように美術部に混じる私をもう慣れたという顔で受け入れる美術部の面々
まるちゃんは今日受験の合格発表だからここにはいない
愚痴を聞いてくれてるのはユカちゃんだ

「実里ちゃんと紬ちゃんは?」

「二人とも笑って先に帰った」

「わお」

実里も紬も大学に進学するみたいで、特段とやかく言われてないらしい
実里は勉強が追いついてないから頑張って勉強中
紬も彼氏と同じ大学に入ると意気込んでる
そんな中担任に追いかけ回される私は面白いようで最初こそ心配してくれてたけど最近は笑って見ているから本当に慣れって怖い

「ヒナちゃんとユカちゃん並ぶと絵になるよねー」

「学校一の美女二人だもんね」

ヒソヒソと話す美術部の面々
ユカちゃんは男の子
けど私より全然可愛い顔をしてると思う
女の子として可愛い自分が好きと公言しているユカちゃんが羨ましい
そのヒソヒソ話が聞こえたユカちゃんはイタズラを思いついたような顔をして私を抱きしめる

「ゆ、ユカちゃん?」

「んー、ヒナちゃんいい匂い♥」

女の子同士のじゃれ合い
そう見えるし私もそう思って受け入れる
美術部の面々もそう
ただ矢口くんがそれを引き剥がした

「龍二、お前女装してたらなんでも許されると思うなよ」

「はあ?何なの八虎には関係なくない?」

この二人が仲悪いと知ったのは最近のこと
中学の頃からの付き合いらしく、その頃から既にこんな感じだったとか
矢口くんに剥がされたことで手持ち無沙汰だった私はスマホを見る
まるちゃんからの連絡はない
昼には合否が出てるはずなのにもう16時を回っても連絡がない

「(あんなに上手なのに)」

まるちゃんの夢を応援したい
絵を描く時の真剣な姿といつものギャップが凄くて好き
私のお姉ちゃんみたいな存在
美大受験が大変とは知ってるけどそれでもどうかまるちゃんは受かっていて欲しい
やいやい騒ぐ矢口くんとユカちゃんの声をBGMにため息をつく

校内放送で暗めのクリスマスソングが流れてきた
ああ、そう言えばもうそんな時期か
クリスマスと言ってもやることがない
せっかくだし自分でケーキを作ってみようかなと考えているとユカちゃんがずいっと身体を近づけていた

「ヒナちゃんはクリスマスどうするの?」

「え、何も無いけど」

その言葉にぽかーんとする美術部の面々

「待って、ヒナちゃん彼氏は?」

「いないよ」

「え、うそ…学校一の美女が非リア…??」

「何これドッキリ??」

困惑してるその様子にこっちまで困惑する
何々?クリスマスに予定ないのってそんなにヤバいの??
と、その時佐伯先生が入って来て予備校の冬期講習の話をし始めた
まるちゃんが通うって聞いた時、絵を描くにも予備校とかあるんだとびっくりした記憶がある
美術の話はわからないので黙って聞いてるけど、ユカちゃんは参加、矢口くんはなんだか迷ってる感じ

「(もしかして親御さんに言えてないとか?)」

前に担任に呼び出されて職員室に行った時に別クラスの先生が「矢口のとこの親が許しませんって!」とか言ってるのを聞いた気がする

「おはようございます」

扉が開いて姿を見せたのはまるちゃん
この場の全員一斉に緊張感に包まれた

「遅くなってすみません先生、お昼には結果出てたんですけどねお母さんが…お寿司とろうって聞かなくって!」

それを聞いて思わず抱きつけばまるちゃんが抱きしめ返してくれた

「おめでとうまるちゃん!」

「うん、ありがとうヒナちゃん!」

ずっと好きだったまるちゃんの絵
それが認められたことが嬉しくてたまらない

「ヒナちゃんもお寿司一緒に食べよう、お母さんも是非って言ってるよ」

「本当?じゃあお邪魔しようかな」

するとユカちゃんや他の子が次々とまるちゃんを称賛していくので美術部でないことを思い出しそっと数歩下がる

「まだ遠慮する癖は治りませんね」

「…まあ、私美術部じゃないんで」

「でも兎原さんが思っている以上に誰も気にしてませんよ」

先生の言う通りみんな優しいから受け入れてくれる
でもまるちゃんが卒業したらどうだろう
矢口くんの絵を見るという目的もあるから通うのは変わらないだろうけど、部外者が出入りしていることを次の一年生がよく思わないかもしれない
そこまで考えた時、矢口くんが佐伯先生に声をかけた

「俺も油画科に進みたいです」

それはまるちゃんと同じところ
何となくだけど矢口くんはまるちゃんのことを意識してる気がする

「(好きなのかな)」

矢口くんとまるちゃん
うん、いいと思う
二人とも絵が好きだし応援したい

「…あれ、ヒナちゃんどうかした?」

わいわい盛り上がっている面々からこっちに来たユカちゃんが顔を覗き込んでくる

「え?」

「なんか表情硬い気がして…」

「っ、気のせいだよ、あはは」

言われるまで気がつかなかった
あれだけ笑顔を貼り付けるのが上手かったくせになんで?
矢口くんとまるちゃんが笑顔で話してるのを見ると胸がずきずきする
何これ、こんなの知らない、わからない
私の様子を見たユカちゃんは何か言いたげに黙っていたけど、私は今度こそ上手く笑顔を貼り付けて微笑んだ




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