03.羨ましいな



この前矢口くんに助けてもらってから数週間
何だか胸にずっとつっかえてるものがある気がして気持ち悪い

「あれー、ヒナちゃん何かあった?」

「え?」

ぎくりとしてカメラマンさんを見ればにっこりといつもの笑みを見せている

「いつもよりちょっとだけ表情堅いからさ」

「えー?気のせいですよ」

やば、そう思って撮影に集中する
好きでなくてもこれが仕事でお金をもらってる以上はちゃんとやらないといけない
一旦矢口くんのことは忘れよう
そう決意して表情を作り直した





今日は休日なので撮影を終えてから街を歩いていると本屋に並んだ雑誌の表紙に自分が映っていて居心地の悪さを感じた
こうやって変装もせずに街を歩いてても誰も気がつかない反面、本屋に並ぶ自分の顔
モデルの仕事も飽きてきたし辞めどきを探していた身としてはこれがいい口実になるかもしれないと頭の片隅で考える
けど辞めて次は何をする?

何事もほどほどにしか頑張っていない自分にはやりたいこともないから辞めたところで時間を持て余すだけ
それなら少しでもお父さんの助けになるよう働いている方がマシなのかもしれない
休憩代わりに立ち寄ったカフェでインスタを眺めてると、紬が彼氏との写真をアップしていた

「(そういえば今日デートって言ってたっけ)」

仲睦まじそうに映る二人にこっちまでほっこりする
私には恋愛が何なのかは分からないけど、いい表情だと思った

いつか私にも好きな人ができたりするんだろうか
実里や紬みたいに居心地がいい人じゃないと無理そうだと考え買い物を済ませて帰宅すると家の電話に着信履歴が残っているようでランプがピカピカと光っている
ボタンを押せばそれがお父さんからだとわかってすぐに再生した

《陽菜、元気にしてるかい?父さんは今ニューヨークにいるよ
今度荷物をそっちに送るから楽しみにしててくれ
それと学校はどうだ?楽しいか?傍にいてやれなくてごめんな
また連絡する》

ぷつりと切れたメッセージ
ニューヨークは時差が結構あるから気を遣って自宅の電話にかけてくれたんだろう
優しいところは相変わらずで頬が緩んでいく
お父さんが起きた頃を見計らって電話してみようと思い時計の針が進むのを心待ちにしていた






週が明けて学校
もう6月も中旬に差し掛かった頃

「ヒナー!この前のテスト何位だったー!?」

ガシッと肩を掴んできた実里の様子からしてだいぶ悪かったんだろう

「87」

「ヒナって相変わらず中の上を取るよねえ」

「紬は!?ウチらズッ友だよね!?」

「あはは、102」

返ってきた中間テストの結果の紙をひらひらと見せる紬
私も紬も勉強はまあ普通よりちょっと上くらいの成績
実里はお察しの通り下から数えた方が早い
中学の時もこんな感じだったし、高校受験の勉強は一緒に頑張った記憶がある

「アンタらウチと同じように遊んでんのに何で…?」

「アタシ智くんに教えてもらったんだもーん♥」

「あーはいはい、リア充は滅べ…でもヒナいつ勉強してんの?」

「普通に予習復習だけだよ」

「やば、ちゃんと勉強すれば東大行けんじゃない?」

「無理無理」

そんなので東大行けたらみんな東大入ってるってと笑う
第一東大に行って何かやりたいことがあるわけでもないし、そもそも大学に行くのかすらまだ迷ってる
高校卒業して働いて、お父さんの負担を減らすのがいいんじゃないかとか考えるとやりたいこともないくせに大学に行くのは違う気がして先が決まらない

「ねえ聞いた?坂本くんって矢口くんに勉強教えたらしいよ」

「え、あのDQNの矢口に?」

クラスの子のその会話に反応してしまい思わず顔を向けると、クラスメートの女の子達が私の視線に気がついて慌てて目を逸らした
うーん、見た目で怖がられてるのかもしれない
ネイルもしてるしピアスも開いてる私も、見た目からしてギャルの実里や紬と変わらないかとカースト上位っていうのも何かと不便だよなと呆れてしまう
カーストとかつまんないことを考えたの誰だよとは思うけど、実際怖がられている以上気は遣う

それにさっきの会話
坂本くんと言えば常に学年一位をキープしてる秀才
そんな彼に勉強を教えてもらってる矢口くんも秀才だったはず
それに愛嬌もあるためかたとえ不良でも矢口くんを悪く言う人は少ない

「(羨ましいな)」

勉強もできて誰とでも仲良くできて、それでいて思う存分遊んでる矢口くんを見てるとどれも中途半端な自分が惨めになる
だからかもしれない、あの日矢口くんに苦手意識を持ったのは

「(いや、苦手って言うよりも…あれは)」

と、その時制服のポケットの中のスマホが震えた
画面にはまるちゃんの文字
それを見て嬉しくてすぐにLINEを確認すれば、今描いてる作品がもう少しで仕上がるから見にきて欲しいとのこと
まるちゃんは美術部
私みたいな素人から見てもとっても絵が上手

「(まるちゃんの絵楽しみだなあ)」

絵は不思議だと思う
私は全然上手くないけどまるちゃんはいつも私の絵をちゃんと読み取ってくれる
下手くそなのに「ヒナちゃんの絵好きだなあ」と褒めてくれるし、そんな優しくて温かいまるちゃんは居心地がいい
お父さん、お母さん、まるちゃん、私の大切な人達
まるちゃんに指定された日、早めに終わったHR後すぐに美術室へ迎えばそこにはまだまるちゃんの姿はなく、佐伯先生が私を出迎えてくれた

「あら、こんにちは兎原さん」

「こんにちは、まるちゃんの絵を見たくて来たんですけど…」

ぐるりと教室を見渡すとそこには大きなキャンバスに描かれた綺麗な作品
昔よりもずっと綺麗でずっと複雑な絵なのにまるちゃんの絵だってすぐに分かる

「…綺麗」

私には熱中できるものはない
やりたいこともなければ将来への期待なんかもない
けれどまるちゃんの絵を見ると確かに心が揺さぶられる
心の奥がドクンドクンって波打つような、熱くなるようなそんな感覚

「あ、来ましたよ」

入り口の方を見ればまるちゃんとユカちゃん、それに矢口くんがいた
あの日以来会ってなかった矢口くんの姿にまるちゃんの絵とは違う意味で心が揺れる
何でここに?そう思うけど動揺を隠すように笑顔を貼り付けた




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