02.無理してない?



「好きです」

人生何度目かの告白
目の前で一生懸命言葉を紡いでくれた男の子は多分同級生
見たことがある気もするし、無い気もするから自信はない

「えーっと…ごめん、私好きな人いるんだ」

これは口実
そう言えば諦めてくれる人が多いから言い訳に使っている

「あ…そっか…」

「ごめんね」

こう言う時の作り笑いは我ながら上手だと思う
モデルなんてやってると自分をどう見せるのがいいのかなんて自然と板についてくる
男の子を見送って一息吐けば、校舎の窓からこっちを見下ろす実里と紬の声が聞こえたので見上げれば、その一つ上の階から同じようにこっちを見ていた男の子

「やっほー、ヒナちゃん♥」

にっこり微笑んで手を振ってくる黒髪の男の子は去年同じクラスだった歌島くん
いい加減で軽く、女の子を口説くようなタイプだったなあと思いつつもにこりと微笑み返して手を振る

「は?上から歌島の声すんだけど」

「マジ?覗き見とか悪趣味すぎない?」

「はー?お前らに言われたくねーわ!」

窓越しに言い合ってる3人に呆れていると歌島くんの隣からひょこっと顔を覗かせたのは矢口くん
見た目はどう見ても不良なのに成績優秀というとんでもない器用人な彼もまた去年のクラスメートだったりするので同じように手を振っておいた
それを自分に振られたと勘違いした歌島くんが顔を輝かせる

「ヒナちゃんこの前の雑誌見たよ」

「買ってくれたんだ、ありがとー」

「後でサイン頂戴♥」

「えー、それは恥ずかしいかな」

誤魔化すように笑ってそろそろ教室に戻ろうと身を翻す
背後では実里と歌島くんが言い争ってるようだったけど、その声をBGMに次の授業何だったっけなーと考えた
もう先ほどの男の子の告白なんて頭の中には微塵もない
我ながら酷いとは思うけど、誰だかもわからない上に何で好きなのかも言ってくれない人に使う時間はない

階段を登ってると目の前を横切るように通過した幼馴染のまるちゃんが見えた
友達と楽しそうに会話している彼女は同じ女性から見ても可愛らしい
小さい頃から私の遊び相手になってくれて、お母さんが亡くなってからも、お父さんが単身赴任になってからもずっと気にかけてくれていた私の大好きな幼馴染
この高校を選んだのはまるちゃんがいるからっていうのも大きい

私はいつだってずっと過去に囚われている、前に進めないでいる
傷つきたくないから殻に閉じこもるなんて臆病だと自嘲しそうになるけれど堪えて教室に戻った

「これで連続16回目ー!」

楽しそうにポッキーを食べる紬に首を傾げれば、隣にいた実里がスマホのメモ欄を見せてきた
そこには日付と人の名前が並んでいる

「何これ?」

「ヒナが告られたのをメモしてんの」

「うわ、悪趣味」

「いやいや、卒業までに30回超えるか紬と賭けてんの!
ちなみに勝ったらデパコス一つ勝ってもらえる権利をプレゼント」

「二年なってすぐにもう半分超えてるとかまじ勝ち確すぎてうけるわあー!」

勝手に人の告られた回数で勝負しないでほしいけど二人が楽しそうなら別にいいかと諦めて紬のポッキーを一本拝借した
チョコの味が口内に広がってクッキー部分のサクサクとした味とのバランスがちょうどいい

「てかヒナ、今日って仕事?」

「ううん、ないけど」

「じゃあ帰りカラオケ行こーよ、新曲歌いたい」

「ん、いーよ」

実里と紬といるこの時間は楽しいのかもしれない
二人に触発されて開けたピアスも気に入ってるし、一緒にいると悩んでる自分が馬鹿らしくなる
コスメが好きでおしゃれが好きでアイドルを追っかけている実里
流行りに詳しくて甘いもの大好きで何よりも彼氏が大好きな紬
明確に好きなものがある二人が羨ましい
そんな二人といるといつか私も何かを好きになれる気がする

「二人ともありがとう」

思わず口から出た言葉
それを聞いた二人は顔を見合わせてからにししと笑って私に抱きついてきた




結局その日は結構遅くまでカラオケにいた
高校生だからって23時以降は出歩けないし、二人と別れ駅に向かってると私服の歌島くんや矢口くんのグループを見つけた
そう言えば前に歌島くんが年齢詐称してスポーツバーで飲んでるとかそーゆー話をしてた気がする
じーっと見てると視線に気づいたのか矢口くんがこっちを見てびっくりしたような顔をしていた
流石にジロジロ見過ぎたかと思って顔を逸らしてそのまま歩いているとちょっと不良そうなお兄さん達が後をつけてきているのに気がつく

「(最悪)」

駅の改札をくぐってしまえば何とかなるかと思い足早になるけどしっかりついてくるので背筋がヒヤリとする
こんなことなら二人と一緒の駅から帰ればよかったと内心反省するけど、こっちの駅の方が近いからつい判断を誤った
相手は大学生だろう、あまり年は離れてないように見える
どう撒くかか考えながら出来るだけ明るい通りを選んで駅までの道を歩いていると、走ってくるような音が聞こえた
いよいよまずいと思って青ざめた私の目の前には矢口くんがいて、腕を掴まれたと認識した時にはもう走り出していた

「えっ…!?」

「いいから走って」

言われた通り矢口くんに引っ張られる形で走り、後ろを着けていた大学生から遠ざかる
向こうも急に走り出すもんだからびっくりして反応が遅れたんだろう
目的の駅に着く頃には私も矢口くんも肩で息をしていた

「はあっ…はあ…大丈夫?」

「うん、なん、とか…っ」

制服の私と違って私服の矢口くんは大人びて見える
だいぶ明るめの金髪に染めているから?ピアスがいっぱいだから?身長が高いから?
どれも正解なような気がするけどしっくりこない

「俺が言うのも何だけど、こんな時間に一人で出歩くのやめた方がいいよ」

「あー…うん、そうだよね!さっき実里と紬と別れたとこで「無理してない?」

「え」

心臓がドキリと揺れる
上手く笑えてたはずなのに何でそんなこと聞くんだろう
矢口くんはその黄色い瞳で私をじっと見つめてる

「…電車来るからもう行かなきゃ」

「あっ、ごめん」

「ううん、助けてくれてありがと」

きっと歌島くん達のところに戻るであろう彼に微笑んで手を振る
これ以上踏み込んでくるなという牽制でもあるそれを理解したのか矢口くんは「気をつけて帰ってね」とだけ告げ背を向け歩き出した

矢口くんが離れたのを確認してから笑みを消した私も改札を通る
電車に揺られている時も、お風呂に入っている時も、ベッドに潜った時もさっきの矢口くんの目が忘れられなくて少し騒つく胸をぎゅっと押さえ込んだ




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