57-手掛





11月上旬



こちらに来てもう1ヶ月が過ぎていたことで透は日に日に周囲への警戒を高めていた
事情を知っている悟も同様に六眼で怪しい人物がいないかチェックすることが習慣化している

いつ現れてもおかしくない呪詛師の男
世那同様に天与呪縛持ちで呪具の扱いに長けている
その上宝生家の目を片目に宿しているのだから厄介極まりない
少なくとも傑の呪霊達は男の前では無力であり、男自身も自己修復があるのだから確実にあの目を取り除かなければ勝ち目はない

「ソイツって宝生の目持ってんだろ?ならこの時代の裏ルートを調べて呪物として回収しとこうか?」

悟の問いかけに透は頷く
ここは五条邸
悟そっくりの透が現れたことで一部の者は騒然としていたが、透にとってはこんな扱いは慣れているので気に留めず屋敷を歩き進めていた
人払いした部屋で悟と話し込んでいた透は自分の知る屋敷と変わらないので落ち着いてお茶を口に含んでいる

「それより世那ちゃんを一人にして大丈夫?」

「大丈夫だって、今は爺さんと一緒だから」

「…それって」

透がピンと来たその時、部屋の襖がスパァアン!と開いた
突然過ぎたことに驚いた透が目を丸くしてそちらを向けば、そこには悟の面影がある老人
五条武一、自分の曽祖父であるその人物
悟や世那から話は聞いていたが、姿を見るのは初めてだったので透はハッと息を飲む

それは武一も同様だったようで、透の姿を見て一瞬動きが固まったが直ぐに悟の方をキッと睨み付ける

「悟!お前は何で世那殿と恋仲なのを言わんのじゃ!!!」

「デケー声で言うんじゃねえよクソジジイ!!!」

「口が悪いぞバカ孫!!!」

ゴッ!と悟の脳天に振り下ろされた拳
どうやら悟よりも武一が優勢らしい

「まだかまだかと思っていたがようやく世那殿に思いを伝えたのか…これは伊弉冉殿に報告せねばならんな」

「爺さんもうすぐ死ぬし良い土産話が出来たんじゃね?」

「そうじゃな」

とんでもなく失礼なことを言う悟にギョッとしたが、この二人には日常茶飯事のようで空気もそのままだ
ふと武一は透の方を見てにこりと微笑んだ

「初めまして、透殿じゃな」

「えっ」

「先ほど世那殿から聞いての、悟とそっくりな従兄弟の五条透の話を」

武一の言葉に透は冷や汗が伝う
この時代に来た未来の人間であることを悟以外知らないはずなので、武一からすれば自分は怪しい人物なのだろうと
ましてや一族の名を語るとなれば放ってはおけないに違いない

どうしようか考える透だったが、悟は「別にそんな身構えなくていいって、爺さんのことは信用していい」と告げる
その言葉通り武一はまじまじと透を見つめては納得したように頷いた

「本当に悟と瓜二つ…けど目は違う、綺麗な赤い瞳だ
ワシは透殿の事情を知らぬが、悟が安全と判断したのならワシから言うことはない」

昔両親から聞いた通りの心の広いその姿に透は小さく息を飲んだ
そして幼少期に伊弉冉に会った時に貰った護石のことを思い出す

「あの…これって何かわかりますか?」

机の上に置いた護石
あの日以来ずっと大切に持ち歩くようにしていた小さな石
武一と悟はそれを見てから不思議そうな表情になった

「ワシから見れば何の変哲もない石じゃが…悟、どうじゃ?」

「石にしか見えない…よくあるパワーストーンとかの類か?」

どうやら五条家でも六眼でもわからない代物のようだ
故人である伊弉冉と会うことができただけでも不思議なことであるが、その伊弉冉にもらったものなので何かしら術でも篭っているのではと思っていたがそうでもないらしい

「これはどこで?」

「宝生家の護石…と伺ってます」

宝生家という名に武一が旧友を思い出すも、透と伊弉冉の関係を知らぬため不思議そうにする

「何故宝生家のものが透殿の手に…?」

悟と目配せした透は武一に事の経緯を話すことにした
自分が未来の悟と世那の子供であること、世那のことを狙う呪詛師の手によりこの時代に来てしまったこと
そして護石を伊弉冉から譲り受けたこと

全てを話す透の話を黙って聞いていた武一は黙り込んでいた
突拍子もない話のため信じられないだろうと思ったのだが、武一は予想に反して嬉しそうに透に近づいてくる

「透殿がワシのひ孫か!悟に似ておるが聡明さは世那殿そっくりじゃ、何とも立派な姿か」

嬉々としている武一に呆気にとられる透だが、悟は武一がこういった反応をするだろうと予想していたため呆れた目で祖父を眺めている
武一によしよしと頭を撫でられている透は初めて出会ったはずなのにどこか懐かしくも感じる武一に気恥ずかしくなった

「伊弉冉殿の件は不思議なことじゃが、彼はいつだって宝生家の皆のことを大切に思っておった
その護石も透殿の身を守るためのお守りかも知れぬ、大切にしなさい」

「はい」

たとえただの石だとしても透にとってそれは曽祖父からの贈り物であり、愛情そのもの
この先も肌身離さず持ち歩こうと決意し、武一と談笑しているとしばらくしてから世那が合流した
どうやら侍女達に着飾られていたようでぐったりしていたが世那が五条家で楽しそうな姿に透は頬を緩める

偶然が重なり出会えたこの光景
きっとこの先も忘れることはないだろうと、暖かくなる心で幸せを噛みしめた







帰り道

前を歩く悟と世那が高専にいる美々子と菜々子にお土産を買って行こうと話しているのを聞きながら透は束の間の平和を享受していた
願わくばこの先もずっと二人には笑っていてほしい

この時代の悟と話すのは心地が良い、元の時代では反発してきたが何故だろうか

「(帰ったら謝らないとな…)」

いつまでも父親に怒りをぶつけるわけにはいかない

そう思った透の背後にその男はいた

「よぉ、五条透」

その声が耳に届くと同時に透の全身をゾワリとした気持ち悪いものが駆け巡る
心臓の音がうるさい、呼吸が乱れる、手足の先が痺れるような感覚
こんな気配は一人しか知らない

「第二ラウンドを始めようぜ」

振り向くことも出来ずにいた透はずっと前を歩く悟と世那を守るために両手を合わせぐっと握った
この時代の悟から習った転移の術
それを発動し、呪詛師諸共別の場所に飛ぶ

飛んだ先は森のような、朽ちた家屋が並ぶ場所
まだ制御しきれていない為転移先はランダムに指定されるが、転移対象の何かしらに所以している
男にとって縁の場所かと思い構えるが、呪詛師の男は辺りを見渡して怪訝そうな顔をしていた

「あ?どこだここ」

「さあね、おじさんの故郷とかじゃないの?」

「知らねーよこんなとこ」

ここがどこだろうと大した問題ではない、世那から遠ざけることに成功しただけでも自分の役目の一つは果たせたのだ
じきに透が術を使用したことに悟は気が付き、異変を察知するだろうそうすれば勝ったも同然だ

「(この時代でも最強は父さんだ)」

自分は捨て石でいい
母親を、世那を守れるのであればこの命を使い果たしても何の悔いもない
友を、仲間を、大切な人を殺したこの男を殺す

「お?少しは良い面するようになったじゃねえか」

愉快そうに笑う男を冷たい目で睨みつけた透はこの時確かに殺意を抱いていた
今までのような撃退するため仕方なく殺すという選択ではなく、五条透として選択した明確な殺害
良い子でいることを辞めた最強の子供はこの瞬間、自分の内に溜めた負の感情を解き放った












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