54-感情





透が過去に来て一週間
今日は三年生四人と透の五人で仲良く任務に来ている

「この辺りのはずだけど…んん?」

任務概要の資料についている地図と睨めっこをしている世那
そんな彼女の横から覗き込んで「ここがあれだからこっちじゃないか?」とアドバイスしている傑
二人の距離感は近いのだが悟も硝子も慣れているため気にしていない

そもそも世那はついこの前まで悟と傑どちらが好きなのか悩みに悩んでようやく悟と付き合ったところなので悟も世那も距離感への感覚が完全にバグっていた
友人と恋人との距離感には明らかに差が出るものだが、彼らにはそれがない
違和感しかない光景に流石の透も疑問を抱かざるを得ないのだが、もしやこの時代ではそれが普通なんだろうかと困惑する

「あ、そっか!流石傑!」

にこっと笑う世那に笑い返した傑
その二人をまじまじと見ていると、硝子が不思議に思ったのか透に声をかけてきた

「どうかした?」

「いや…世那ちゃんと傑っていつもあんな距離近いの?」

タバコを吸っていた硝子は何言ってんだという顔だったが、端から見れば確かに異様に見えてもおかしくないだろうと思い世那を呼んだ
傑の元からこちらへ駆けてきた世那が硝子の前でこてんと首を傾げるが、硝子は容赦無くその頭にチョップを振り下ろす
鈍い音に何だ何だと振り向く悟と傑だが、硝子が「お前らは前歩いてろクズ共」と言い捨てたので世那を見捨てスタスタと歩き始めた

「っー!?何するの硝子!」

涙目で硝子に噛み付く世那だが、硝子はタバコを咥えたまま「あ?」と返事をした
透が知る限り硝子は禁煙していてタバコを吸っていなかったのでその姿にドキドキしてしまうが、それよりも母親のピンチである

「お前いい加減どっちつかずなの辞めろ、五条とくっついたのにフラれるぞ」

「え?何言って…」

「距離感バグってるって言ってるんだよ、まあ夏油のこと好きだったから今更離れろとは言わないけど流石に近すぎ」

「うーん…そうかな?」

「じゃあフラれても泣きついてくるなよ」

「わー!嘘嘘!気をつけます!!」

慌てて硝子に抱きつく世那
二人が仲の良い親友であるのは昔からなようでとても微笑ましい
しかし少し待ってくれ、先ほど硝子は何と言った?
世那が傑のことが好きだったと言わなかっただろうか?

透が知っているのは悟と世那が学生時代から付き合っていたということ、そして悟から告白したということの二点のみ
そこに自分の師匠でもある傑が入ってくるとなればとてもややこしい上に三角関係が出来上がってしまいまるで昼ドラだ

透に世那を預け前を歩いていた悟と傑の後を追う硝子
そんな硝子にチョップされた箇所を摩っていた世那と透の目がはたと合う

「あー…世那ちゃんって傑のこと好きだったんだね」

「お恥ずかしながら最近まで悟と傑のどっちが好きかで揺れてたんだよね…我ながら最低なんだけども」

「どうして悟を選んだの?」

何気なく問いかけた透、世那は悟が傑と談笑していることを確認してから小声で透にのみ聞こえるように告げた

「悟といる時の自分が一番自然体なんだ、言い合いも多いけど私の本当の部分を見てくれてるの」

「本当の部分?」

世那に表裏はないように見えるが、彼女はクスクスと微笑み透を真っ直ぐ見つめた

「透くんには私はどう見えてる?可哀想な宝生の生き残り?それとも才能に恵まれた呪術師?」

世那の問いかけに透は黙り込む
この時代、たった一人の宝生の人間として生きていた世那はその小さな体にどんな重いものを背負っていたのだろうか
悟に自分の人生の半分を背負わしてしまうと分かった時は?自分を産むと決意した時は?
彼女はどんな気持ちでその人生を生きていたのだろうか

「なんてね、ごめんね変なこと聞いて」

透にそんな質問をしてしまったことを自分でも不思議に思いつつも誤魔化す世那
けれど透はそんな世那から目を逸らさないまま口を開いた

「…僕は世那ちゃんのことを強いなって思うよ」

「え?」

「自分よりも他人のことを優先できる、守ると決めた大切な人のためなら全力で戦える
不幸が待っていると分かっても前を向いて最後まで諦めない…僕が知ってる世那ちゃんはそんな人だよ」

たった一週間しか過ごしていないはずなのに何故ここまで自分のことを見てくれているのだろうか
世那は目を丸くしたまま透の赤い瞳から目が離せなくなる
悟のように恋愛感情ではない、傑のように友情でもない、透へのこの思いは祖父に抱いたものに似ている気がした

悟の従兄弟の彼に何故こんな感情を抱くのか分からなくて戸惑っていると、世那の背後から悟が抱きかかえるように現れた

「何の話?」

少し拗ねたように腕の中の世那に尋ねる悟の姿に透はにやにやとしてしまうが、世那は突然耳元で聞こえた悟の声にビクッと体を震わせ真っ赤な顔で固まっている

「世那ちゃんが悟を好きだって話だよ」

「ちょ、透くん?!」

「フーン…」

にっこりと微笑み世那を売った透に世那はギョッとするが、透は鼻歌を歌って先に行ってしまう
残された世那は悟の腕の中で必死に頭を回すが、自分の腹に回されている腕はびくともしない
傑も硝子も透もこちらを振り向きもしないのでいよいよ絶望的である

「俺も好き」

「っ…知ってる…」

「照れてんの?」

いつもの彼女からは想像もできないほど弱々しい声に悟は益々口角を上げた
付き合ってからキスまでは済ませたが、世那の初々しい反応からして彼氏ができたのは初めてなんだろうと踏んでいたので自分の行動に一喜一憂する彼女が可愛くて仕方がない

「もう、離してよ」

「えー?」

「は・な・し・て!」

少しムッとした声だったのでこれ以上は喧嘩になりかねないためパッと腕を離すと世那は髪を整えながら前を歩く透の背を追う
そんな世那に長い足ですぐに追いついた悟は彼女の隣を歩く

「…ねえ悟」

「ん?」

「透くんって不思議な子だね」

そう告げた世那の顔を横目で見た悟
自分達の子供だと伝えたい気持ちが生まれるが透が言うように未来が変わってしまうかもしれない
それに聞いた話によると未来の世那は天与呪縛により35歳でその寿命を全うしたらしい
その話をしている時の透の表情からして未来の自分は透と上手くやっていないに違いない
何をやっているんだと思うが、世那のことに対して一切手を抜かないのは今も未来も同様だろう
全力を持ってしても間に合わなかった…その結果透との関係が悪化したのだとしたら今の自分は透に何をしてあげられるだろうか

「…そうだな」

自分と同じ背丈、体格
それなのに透の背中は子供のように小さく見えた










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