50-落葉
9月下旬
いつもより少し早めに起きた朝
そういえば今日は任務が入ってたなと思い顔を洗い着替えた透は欠伸を噛み締めながら食堂へ向かう
そこには北人と綾もいて、透に気がついた二人はひらひらと手を振った
「二人とも早いね」
「透もな、任務?」
「うん、そっちも?」
「そう、北人と二人でなんて珍しいよね」
どうやら北人と綾は二人で任務らしい
基本は三人か各々なので二人でというところは珍しいが、呪術界は何が起こっても不思議ではない
「そうだ、透は今回早く帰ってこれる?」
何かを閃いたかのような顔をする綾に透は任務内容を思い出しつつ寮母の作ったご飯を食べる
甘い卵焼きを口に放り込み何度か咀嚼した後飲み込んでから口を開いた
「多分日付回ると思うな…何で?」
「内緒!」
にこっとはにかむ綾に首を傾げるが、その様子を見ていた北人が何やらにやにやしているので何だと謎は深まるばかり
そうこうしている内に北人と綾は迎えが来たようで先に立ち上がる
「任務が終わったら連絡してね!絶対だからね!」
「あ、うん」
綾の勢いに押されつつ頷いた透は食堂を嬉しそうに出ていく彼女の後ろ姿に疑問符が飛び交う
そんな透の肩に手を置いた北人は気味が悪いほどの笑顔だ
「絶対だからね透きゅん♥」
「うわ…キモ」
「うっせーな!」
わしゃわしゃと髪を撫でる北人に反撃しようとした透だが、それを予期していた北人は少し距離を空けていた
「帰ったらこの前のゲームの続きしようぜ!透がいねーと進まないからさ」
「わかった、じゃあなるべく早く終わらせる」
「おう!」
じゃあな!と手を振って綾を追った北人
静かになった食堂で朝ごはんを食べ進めていた透は同級生二人の賑やかさに慣れている自分に気が付き少し微笑んだ
ずっと自分には親友や仲間なんてできないとそう思っていた
傑は「いつか透にもできるよ」と言っていたが本当にそうなるとは思いもしなかったので改めて彼のことを尊敬する
「(それにしても綾の用事って何だろう?)」
三年に上がってから綾がやけにお洒落に気を使ったり、女の子らしくなっていたことを不思議に思っていた透だが彼はまだ知らない
恋する乙女は誰しも好きな人に可愛いと思われたくて努力をしているのだ
元々美人な顔立ちの綾が女の子らしくなることで多少なりとも意識はしていたが、恋愛感情かと言われると答えづらい部分はある
なんせ今はこの三人でいることが心地良くて崩したくない
その思いが透の鈍感さを引き立て、透は今だに彼女のアプローチに気がつかないでいた
ーーーーーーー
ーーー
任務は至ってシンプルで簡単に終わったが遠方地だった為時間がかかっていた透は新幹線内で綾にLINEを送っていた
今から帰るという内容のそれはすぐに既読がつき、スタンプが返ってくるので二人とも無事任務は完了したんだろう
少し安堵した透は東京駅に着くまでの間に報告書を仕上げ、駅に迎えにきていた空に提出した
「ええっ!?もう書いたの?」
「うん、時間あったから」
「はー…透くんほんとしっかりしてるね」
父親の悟がチャランポランなだけにより一層際立つためか感心している空に透は苦笑いした
この頃の透は父親がどういう人間かを正しく見ることができていたので周囲の人に迷惑をかけている点に関して申し訳なさを感じてしまう
「そういえばこれどうぞ」
「え?」
送迎中、信号待ちの際に空が渡してきたのは小さな紙袋
何だろうと思い受け取って中身を見ると、それはピアスだった
世那を真似して空けた左耳のピアス穴
普段は気分で変えているが、もらったものはシンプルで使いやすそうなフープ状のデザインだった
「えっ、これもらっていいの?!」
「うん、透くん今日で18歳だもんね
いやー、時の流れってほんと早いなぁ」
空の言葉にハッとしてスマホの画面を見れば確かに今日は誕生日だった
すっかり失念していたが、となると今朝の綾と北人の言っていたことはそういう事なんだろう
サプライズのつもりなんだろうなと予想し口角が上がってしまう
もらったピアスをつけた透の様子をルームミラーで確認した空は穏やかに微笑む
本当はその贈り主は悟なのだが、それを知れば彼はきっと受け取らないだろうと気を回したのだ
18歳という年齢まで無事に生きてくれた我が子への贈り物を何にするか悩んでいたことを知っている空からすれば、お気に召したのか嬉しそうにしている透の様子を見ているとこちらまで嬉しくなってしまう
「空さんセンスいいね、大事にする!」
「喜んでもらえて良かったよ」
あとで悟に無事に渡せたことを報告しようと思いアクセルを踏んだ
徐々に近づく高専、いつものように長階段前で透を降ろそうと思っていたのだが、侵入者が現れた時に鳴る警報音が耳に入ってきたため二人の表情に緊張感が走る
「誤作動…?」
時刻は23:30を過ぎたところ
こんな深夜に誤作動は考え難い
少し嫌な予感がした透は車を降りてすぐに階段を駆け上がる
無下限呪術が使えるとはいえ、蒼や赫を使いこなすにはやはり六眼がなければ難しいため瞬間移動はできない
階段を駆け上りながら自分の中に流れる宝生の血が騒つくのを感じた
階段を登り切った時、鼻を突くような錆びた鉄の臭いにハッとする
透の目に飛び込んできたのは倒れている補助監督や下級生達の姿、そして北人と綾
その場にいる者は皆絶命していることを瞬時に理解した透の呼吸が荒くなる
-任務が終わったら連絡してね!絶対だからね-
「(何で、どうして、さっきまで生きていたのに…)」
北人も綾も肉は引き裂かれ臓器まで出ている酷い状況
-帰ったらこの前のゲームの続きしようぜ!透がいねーと進まないからさ-
「(今朝いつも通りの会話をして、任務も無事に終わって、それなのに何で)」
状況が理解できずに困惑している透は油断していた
「どうした五条の息子、反応が鈍いな」
聞こえた声に反応するよりも早く透の腕に刀が突き刺さる
「っく」
痛みはあるがその人物に目を向けると、そこには一人の男がいた
年齢は20代後半くらいだろうか、恵達よりも少し上のその男は余裕そうに首の関節を鳴らしている
まさかたった一人でこの惨状を作り上げたというのだろうか
と、思案していた透の真正面に一気に詰め寄ってきた男は腕に刺さっていた刀を勢いよく抜き振りかぶる
「(コイツ…手慣れてる!!!)」
今まで懸賞金狙いの呪詛師やそういう類の者には何度も出くわしてきたが桁違いに強いその男に透の勘が危険だと告げていた
だがここで退くわけにはいかない、今この場で戦えるのも仇を討てるのも自分だけだ
男の刀を術式で防いだ透はすぐに反撃に出るため近くに落ちていた補助監督の刀を掴んだ
そんな透の様子を見た男はニヤリと怪しげに笑う
「いいね、そうこなくちゃな」