31-道筋





2016年12月


透は熱を出していた
世那の家に遊びに来ていた恵は世那と共に透を看病している

「ごめんね恵、せっかく来てくれたのに」

「いやいい、それより世那も買い物とかやることあるんだろ?
透は俺が見とくから行って来ていいぞ」

そう告げた恵に世那は躊躇するも、透のために薬やら何やらも買いに行きたいところだったので恵の言葉に甘え買い物に出ることにした
残された恵は透のベッドの傍らで苦しそうな透を心配そうに見守る

津美紀が熱を出した時も看病していたので戸惑いはない
それにそう言う時は大概世那が駆けつけてくれた
今回も薬なんかを買って帰って来たらいつものようにすぐ良くなる
そう頭では理解しているが、6歳になった透の体はまだ小さい

「(8個も下なんだよな)」

普段は大人顔負けの達観ぶりを見せている透だが、恵の前ではただの6歳でいることが多い
それは透が恵のことを信頼し、兄のように慕っているからに他ならない
そんな純粋に自分を慕ってくれる透を見て悪い気はしない

中学に入り反抗期のおかげで一度思いっきり喧嘩をしたが、それ以外に喧嘩をしたことは一切ない
恵もまた透を大切に思っており、年の離れた弟を放っておけないのだ

「めぐ、み…?」

熱に浮かされ意識が朦朧としている透がうっすらと目を開ける
世那譲りの赤い目が恵の姿を捉え安心したように顔が緩んだ

「めぐみだあ」

「おう、ここにいる」

透の手を握れば嬉しそうにしている
その姿はどこにでもいる6歳そのものだ
あまり自分には見せないが、透は初対面の人やどうでもいい人にはかなりの辛辣ぶりらしい
一度津美紀をナンパしようとした奴相手に「触んなよ端役」と術を使ったと聞いた
津美紀は呪術界のことは知らないので相手が勝手に転んだように見えたようだが、十中八九透の術式だろう

そんな透と今目の前でへらへらしている透が同一人物なのか疑わしいが、それだけ心を許してもらえているということだろうと考えをまとめる

「水分取れるか?」

「うん」

透の体を支え上体を起こし、机に置いていたコップを手渡す
ただの風邪だろうが熱は高いようでおでこに貼っていた熱冷ましシートも温くなってしまっている

「トイレ、行きたい」

「わかった」

腕を伸ばし恵に要求する透を抱きかかえトイレに連れて行く
流石に一人でトイレは出来るので、その間に新しい熱冷ましシートを冷蔵庫から取り出してきた
再びトイレに戻れば用を足した透が手を洗い終えたところだったので再び抱えベッドに戻る

この時ばかりは自分と透の年が離れていてよかったと思う
軽々抱えられるのもそのおかげだ

透をベッドに横たわらせて布団をかけてやり、「おでこのやつ貼り替える」と告げれば透は大人しくおでこをこちらに向ける
貼ってあるものを剥がし新しいものを貼ってやれば、冷たかったのか「うっ」と悲鳴が漏れた

「世那が帰ってきたらおかゆ作ってもらおうな」

「ん…恵もまだいてくれる?」

「ああ、透が良くなるまでここにいる」

幸い学校は冬休みなので問題ない
津美紀には先ほど連絡を入れたのでそこも心配はないだろう
唯一の懸念点はこの家に悟が帰って来た時に絡まれ多少面倒なことくらいだが、透のためならそれは仕方ない

透が安心したように目を閉じたのを確認し、恵も頬を緩めた





ーーーーーーー
ーーー




「いやー、ありがとうね恵」

予想通り帰宅した悟は恵の姿を見るや否やいい笑顔で絡んできた
しかし透が風邪と聞き慌てて息子の様子を心配するも、恵が付いていてくれたこと、先ほど薬を飲んだことを世那が告げると安心したような表情になる

「別に、透のためだ」

「…恵ってほんと透のこと好きだよね」

にこにこと笑う悟
その向かいで世那の作った晩ご飯を食べる恵
世那は透の様子を見に席を外している
つまり今二人で食卓を囲んでいるという状況に非常に居心地の悪さを感じていた

「(世那、早く帰って来てくれ)」

「そんな恵くんは呪術師になる決心はついたのかな?」

ぴたりと箸が止まる
恵はこの時呪術師になることにも嫌気が差していたのだ
悟への反抗だけでなく自分が禪院という呪術界では名家に入る家の血縁だということを聞いて誰かに決められたレールを歩くことに苛立ちを覚えていた

それを悟は見抜いていた
だからこそ敢えてこの逃げられない場で恵に問いかけたのだ

「…呪術師なんてクソ食らえだ、俺に何を守れって言うんだよ」

「強いて言うなら津美紀と透かな」

「(ああ、この人のこういうところが嫌いだ)」

いつだって悟はそうだった、恵の弱みを把握しているからこそ上手く誘導してくるのだ
何もかもを見通したような物言いで飄々とした態度の悟が心底気にくわない

「アンタ性格悪いな」

「ハハッ、辛辣だねー
でもまあ当たってるよ」

「…津美紀はともかく透は俺より全然強いだろ」

「そうだね、けど透はたとえ本人が嫌がろうが必ず呪術師になる、生まれた時から決まってるからね
僕としてはそんな透に危険が迫らないよう降りかかる火の子を払ってくれる人がほしいわけ」

悟は家の中では裸眼でいることが多いようで、今もその六眼がまっすぐに恵を射抜いている

透に降りかかる火の子を振り払うということは透と同じくらい強くなれということ
その役目を担えと遠回しに言っているのだ

恵は眉間にシワを寄せるが悟は相変わらず楽しそうに笑うだけ

「それに世那も来年からは呪術師に復帰する、大切な人に何かがあった時に力がなければ守ることは出来ないよ恵」

恵にとって大切な存在である津美紀、世那、透
全員を守るには呪術師しか道はない

選択肢が与えられているようで何一つ選ぶことのできない現状に恵は苛立ちながらも世那の料理を食べ進める
これ以上悟と会話をするのは嫌だったので徹底的に無視を決め込み、世那が戻ってくるまで無言の時間が続いた

そんな恵の様子を愉快そうに見る悟は我ながら酷い大人だなと思うも、これでよかったのだと自分に言い聞かせる
恵も透もこちら側に引きずりこみたくはない気持ちはあるがそれはただのエゴだ
実際力がある方がいざという時に命を守れる

大人になるとは難しい
本音を嘘で隠すこともあれば、嫌な役を演じることもある

それでも生きてほしい
ただ一つその理由だけが悟の胸中に存在している
彼らが生き抜くための道標になるのは自分の役目だ、そう再確認した悟は不服そうな恵と彼の父親の顔を重ねた

「(本当にそっくりだよなぁ)」











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