27-片鱗





2016年6月


それは唐突にやってきた
いつものように世那と買い物に来ていた透だが少し世那が目を離した隙にいなくなってしまった

迷子か呪詛師による奇襲か
どちらにせよ世那は一瞬にして青ざめ、すぐに悟に連絡を入れる
付近に呪詛師らしき気配はないが心臓が煩い

そんな世那から電話を受けた悟が慌てて彼女を落ち着かせるまでに要した時間は5分
その同じ5分を透は別の場所で過ごしていた

「これが五条悟のガキか?」

「間違いない、幼少期の若造にそっくりじゃ」

目の前には初老の男が二人
自分の体を見れば特に拘束されている様子はない
見たところ転移系の術を使えるんだろう、先ほどまで母親とスーパーの駐車場にいたはずだが今は廃工場のような場所にいる

冷静に思考を回す透だが、そんな彼を見て呪詛師達はほくそ笑んだ

「恐怖で声も出ないか」

「無理ない、まだ齢5の子供じゃ」

勘違いをしている呪詛師達を冷ややかな目で見つめる透はゆっくりと口を開く

「おじいさん達は呪詛師?」

「そうだと言えばどうする?」

「じゃあ僕のこと殺したいんだよね?」

「物分かりの良い小僧じゃな」

透は必要最低限の確認を済ませにっこりと微笑む
その笑みはまさに世那そのもので、一見悪意のない屈託ない笑み

「そっか、わかった」

以前から悟や世那から教えられていた
自分の命を狙いに来るであろう呪詛師の存在を
五条家に、悟に、世那に、高専に、術師そのものに恨みを抱く者が透に懸賞金を賭けている

悟が生まれ呪術界の均衡が崩れた
金輪際起こることがないだろうと思えたその崩壊
しかし透が生まれてもう一度均衡が崩れたのだ

悟のように六眼持ちでもないにも関わらず無下限呪術を使用可能とし、宝生の血の術式も宿しているのだから異端であると見なされても仕方はない
均衡が崩れるのも納得せざるを得ない
しかしそれでも透という存在がこの世界の理を変えてしまうような存在に思えてならない術師の中には危険因子を摘み取ってしまおうという考えに行き着いた者もいる

その時が来たのだと透は理解していた
目の前にいる男達は今この瞬間本気で自分を殺そうとしているのだと

「(それだけ分かれば十分だよ)」

呪詛師の男が手に持つ剣を透に振り下ろす
しかしその剣は届くことはない
透と剣の間には無限の壁が存在している

「やはり使えたか…!」

「へえ、知ってるなら別の手も考えてるんでしょ?」

「無論!」

透を囲うように地面に貼られていた呪符が発動し、途端に自分と剣の間にあった無限の壁が消滅するのを感じた透は即座にそこから飛び退く
呪符で囲われた結界内はどうやら術式を無効化するらしい
ご丁寧に男の片方も結界内にいることから確実に殺すつもりだろう

「術が使えねば所詮5歳の子供、造作もないわ」

「どうだろうね」

再び剣を振りかぶる男だが透は男の腕を弾くように蹴り跳び上がる
不意を突かれた男が反応するよりも早くその頭を掴んで思いっきり捻った

「がぁあっ!!」

折れてはいないだろうが流石に痛いだろう
剣を落とした男の隙を見逃さず、今度はその鼻に肘を叩き込む

「おい!何をしている!!」

結界を張っている呪詛師が叫ぶが結界内の男はそれどころじゃない
鼻は確実に折れている上に血が止まらない
呪詛師とはいえ初老の男、そこまで体も強くないだろう

「術式頼りの坊ちゃんだと思った?」

相変わらずの笑顔を見せる透に呪詛師の男はキレているようで蹴る殴るの攻撃を仕掛けてくる
それらをスイスイと躱しつつ透は世那や傑との稽古で学んだ体術について思い出していた
透の術式は強力が故に対策を練ってくる呪詛師も多い
そのため体術も鍛えていたのだがこんなにも早く役に立つとは思っておらず二人に感謝する

5歳というひ弱な力でも急所を狙えば確実に相手を怯ませられる
それどころか致命傷を負わすことも可能だ

それと同時に透は悟に言い聞かせられていたことを思い出す
自分の命の危機や誰かを守るためなら相手の命を奪うことも覚悟しろと

悟はいつだってよき父親であり、よき見本であった
年齢など関係なく透に生きる術を教え込んでいた

世那や傑とは異なる冷酷に聞こえるかもしれない教え
それは御三家当主として、最強の存在として生きるが故の覚悟
父親がどんな気持ちで自分にそれを教えたのかはまだ分からない
けれど今がその時なら目の前の男を殺しても良いということだろう
透は自分の内に流れる宝生の血が目の前の呪詛師達の悪意に呼応し騒つくのを感じた






ーーーーーーー
ーーー





数十分後

世那は悟と共に透のいるであろう場所へと踏み込んでいた
転移の術で透だけ飛ばされたのか東京の港にある廃工場の一画に彼はいた
こちらを見ていつものように無邪気な笑顔を見せる透

「透!」

息子の姿に安堵した世那が歩みを進めるため一歩踏み出した時
ぺちゃっという音がして目線を下ろす
透に意識が向いていて気がつかなかったが地面は真っ赤に濡れていた
それが何なのか理解し目線をずらせば男の遺体が二つ並んでいる

世那が小さく震えたのを見逃さなかった悟は動揺している彼女の代わりに透に歩み寄る

「怪我はない?」

「うん!ちゃんと撃退したよ」

にっこりと微笑む透
傷一つなく返り血すら浴びていない息子の姿は頼もしくもあり、かつての自分と重ねてしまう

「頑張ったね、あとはお父さんとお母さんに任せて先に家に帰ってて、傑を呼んだから一緒に帰るんだよ」

「はーい」

返事をした透は悟の向こう側でこちらを見て黙り込んでいる世那の様子を見て不思議そうに首を傾げたが、彼が何かを言う前に「世那」と悟の少し低い声が発せられる
それにハッとした世那は慌てて笑顔になり二人の元へと駆け寄って来た

「透ごめんね、目を離して」

「ううん、僕も術をかけられてごめんなさい」

ぎゅっと透を抱きしめた世那の表情が悲しげなことに透は気がつかない
傑が迎えに来て透がいなくなった後、世那はその場に崩れ落ち涙を流した

「世那」

悟は冷静に、けれどどこか悲しそうに世那を見つめる

「私のせい…私のせいで透に人を殺させてしまった…っ!」

「…遅かれ早かれこの時は来た、オマエも術師なら分かるだろ」

「でもあの子はまだ5歳よ!」

「もう5歳だよ」

悟のその言葉に世那は目を身開く
生まれながらにして命を狙われて来た悟は5歳の頃にはもう人を殺したんだろうか
少なくとも宝生屋敷にいた頃、8歳までは平和に暮らしていた世那は改めて自分と悟との差を思い知る

透は悟と同じ御三家の当主になる存在として生きていく
いつまでも自分の手の届く範囲にいさせているだけじゃいけない
それを痛感した世那は自分の覚悟の足りなさに打ちひしがれる
そんな世那を立ち上がらせた悟はそっと彼女を抱きしめた










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