ヒロアカsong


▼ 19



「羽持ちだ」

"羽持ち"
私をそう呼ぶのは記憶ではただ1人、私を誘拐したヴィランのみ

目の前にいる複数のヴィランに翼を硬化させ羽を撃つ
次々とヴィランが倒れていく中、脳裏には忌々しい記憶が蘇ってきて気分が悪い

10年前公園で遊んでいた時に現れた男
両親が目を離した隙を狙って声をかけてきて、眠らせ誘拐
どこかの部屋へ閉じ込められた私の目に飛び込んできたのは数多くの文献、そして同じように誘拐された不老不死にまつわる個性をもつ人々
皆手足を拘束されて啜り泣いており、幼いながらにして絶望したのを覚えている

恐怖なんてものじゃない、この後自分はどうなるのだろうか
殺されるのか、それとも実験台にされるのか…生きている心地がしない時間を過ごした

たまたま男がいない時にオールマイトが助けに来てくれた為、生きていた被害者は全員解放
亡くなった人もいて万事解決とはいかなかったが、それでも多くの人が救われた
ただし犯人は捕まらないまま今も逃亡中

ああいうヴィランは目的を邪魔されたからと言って大人しく引き下がるようなタイプじゃない
いずれまた私の前に姿を現すだろう…もしそれが今だとしたら?

「(だめだ、目の前の敵に集中しないと)」

多分時間稼ぎ用のヴィランなんだろう、少し攻撃しただけで悲鳴が上がる始末
それかオールマイトを確実に殺す為に生徒達用に当てられた駒なのか…どちらにせよ多勢のヴィランたちが片付いた時、どこからともなく拍手が聞こえたので増援かと思い、その方向へ目をやると全身が硬直した

「流石だよ唄ちゃん、僕だけの天使」

予想的中
そこには10年前に誘拐したヴィランがそこにいた
ずっと前なのにこの男は見た目も話し方も何ら変わってない
むしろ、ニタァと笑うその表情は以前より狂気さを増しているように見える

「なん…で…」

確かに奴は捕まってなかったけれど、今になって雄英を襲撃
そしてまた私の前に現れるなんてタイミングが良すぎないか?

「親切な人が教えてくれてね、キミが雄英に進学したって」

震え始める身体、口の中が乾いていく
ダメだ怯えるな、こいつなんかに負けるな

「前は失敗したけど今度はそうはいかないよ
オールマイトは死柄木が殺すし、キミを手に入れて今度こそ不死を僕のものにする」

あの時は助けてくれたオールマイトがいた
今度は自分で何とかしなきゃいけない

「(私にできる?)」

そこまで考えた時、勝己と出久の姿を思い出す
誘拐事件の後ずっと心配してくれていた幼馴染たち
2人に守られるだけじゃなく、2人と並べるヒーローになりたい
だから両親を説得し、雄英に入ることを決めた
ここで戦わなきゃ私はあの頃から何も変わっちゃいない

「(やるしかない!)」

いつの間にか体の震えは止まっていた
即座に羽を撃つと、男の肩に羽が刺さる

「相変わらず綺麗な羽だね」

刺さった羽を抜いてうっとりとした表情を浮かべる男にゾッとするが怯みはしない
男は痛みを感じないのかもしれない、そう思い距離を取るために翼をはためかせて宙へ浮く

「次は僕の番だね」

男が指を私に向けた

「バン」

そう口を動かした瞬間、右の羽に穴が空く

「!?」

突然のことに体勢を崩すも、すぐさま羽を再生して軌道修正する
明らかに弾が出たモーションはなかった、つまり私の翼を撃ち抜いたこの個性は

「僕の個性は空気だよ
そして、それはこんな使い方もできる」

男が私を囲むように宙に円を描く

「何を…っ!?」

途端襲い来る圧、それに耐えることが出来ず地面に落下した私に更に大きな圧が襲いかかる
この一帯の空気を操って気圧を変化させたんだろうか、体が動かない

「もう飛べないね唄ちゃん」

じりじり近づいてくる男

「ようやくその羽が手に入る」

どうする?考えろ、何とか打開策を見つけろ

「あの後逃げられた他の個性の人たちもちゃんと見つけたんだ
みんなハズレだったよ、不死にまつわる個性なのに捕食してもなんの変化もなかった…」

「(こいつ!)」

助かった人が皆再びこの男によって殺されたと知り、恐怖より怒りがこみ上げる
人の命を己の欲求のために平気で弄ぶような奴は野放しにしておけない

「(この状況を打開する唯一の方法)」

脳裏をよぎるのは入試で最大出力を出した音波の個性
まだ制御し切れてないため練習では出力を抑えてしか撃ったことがない
しかもそれを高出力で使用すると反動で倒れてしまうデメリットつき

「(もし万が一失敗したらどうする?)」

その間にも迫ってくる男
ギラつくその目、気味の悪いその口元
そして大勢の人間を捕食したその歯
あの檻の中から聞こえた何人もの悲鳴

「(失敗したらなんてどうでもいい
私はヒーローだ、人を助けるのがヒーローだ!)」

出久のように真っ直ぐ、勝己のように強く
そんなヒーローになりたい

「(やってやる!)」

突如顔を上げた私に、男は歩みを止めた

「(考えている余裕はない、今できる最大出力で…)」

すうっと息を吸いこみ、もうひとつの個性のスイッチを入れる

「止まれえええええ!!!!!」

刹那、音の振動が起こり男の脳へ直接ダメージがかかる

「うぐぁあああ!な、何だこれええええ!!!!」

頭を押さえて悶える男
私を押さえつけていた圧が無くなったことから効いていることを確認して、そのまま音波を出しつつ向かい合う

「頭が割れる、割れる割れる!!!」

この音波の個性は使い方を間違えれば人を殺してしまう
しかも私はまだこの個性の制御ができていない
苦しそうに叫ぶ男に殺してしまうのではとやや怯んでしまった、その隙を男は見逃さなかった

「アハハハハ!!!その甘さが敗因だよ!唄ちゃん!!」

「だと思った」

こちらを見据えて指を構える男の目に映ったのは驚く私
ではなく、コスチュームに付属していた腕輪を構えて同じように見据えていた私の姿

「!」

「怯んだけれど、一秒足りとも油断はしてないよ」

この腕輪は振動増幅装置、音波の個性の補助アイテムだ

「(これを使えば強制的に物理ダメージに変換された音波が繰り出せる)」

体操服で参加したものの、これは付けてきてよかった
再び息を吸い込んだ私を見て男は今度こそ顔を歪める

「やめろ!!!!」

「学校から出てってぇええええ!!!!」

ドッと撃ち出された音波が衝撃波となり男に届く
男は衝撃で自分の周りに空気の壁を重ね衝撃を和らげようとするが、あまりにも音波の衝撃波が強いのか所々服が切れていく

「くそ!くそくそくそ!!こんなところで…あと一歩で…!!!!」

「出ていけ!!!!」

力の限り抵抗を試みた男だったけれど再度放った音波により吹き飛ばされ今度こそ地面に倒れた
動かなくなったようだけれど、心臓の音を音波の個性で確認できたので生きているようだ
ホッとして全身の力が抜けてしまいその場へ座り込む

「みんなの所にいかないと…」

この疲労感からして個性はもう使えそうにないけれど、私にもできることはあるかもしれない
勝己と出久は大丈夫だろうか、早く行かなきゃ…そう思っていた私を覆うように真っ黒な霧が現れた

「(これはさっきの…!)」

離れようとするも、疲労のあまりふらつく身体
霧の中から伸びてきた手に呆気なく捕まる

「捕まえた」

ぐいっと引っ張られ引きずり込まれた私は咄嗟に目を瞑ってしまう
次に目を開けると、飛ばされる前にいたUSJの入口の所にいた
ただしヴィランの手中に収まっているらしく、背後から首を掴む手に力が込められている

「唄ちゃん!!」

「舞羽少女!」

出久とオールマイトの切羽詰まった顔
首を掴む手のせいで呼吸が上手くできない
苦しみから生理的な涙も滲んできたこの状況

「(今後ろで私の首を掴んでいるのは誰?)」

思い出すのは先ほど見た顔面に手を複数つけたあの男
得体の知れない君の悪さを感じたその人が後ろにいるのだとすれば本当にここまでかもしれない

「さようなら、羽持ち」

ヴィランが何をしようとしているのかを悟り、迫り来る死を覚悟したその瞬間だった
スススッと、ゆっくりと目の前を横切った水の塊

「(シャボン玉…?)」

「なんだ?」

シャボン玉がヴィランに触れた瞬間、一斉に爆発したそれに思わず私を離す
すかさず爆風に飛び込んできたのは銀色の髪を靡かせるヒーロー

「雫…ちゃ…」

凍らせた地面を滑って来たのか、私を抱える彼女はとても優しく微笑んでいる
けれどその目からは強い意志が感じられ、それが強さを物語っている

「助けに来たよ、唄ちゃん」

その言葉に安心した私は思わず涙を一粒落とした
ああ…私はなれるんだろうか、こんなにかっこいいヒーローに









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