ヒロアカsong


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勝己と轟くんが仮免を取得したその日の晩

「…えーと?」

何故か私の部屋にやってきた勝己

「茶ァ出せや」

「普通そういうこと言わないからね」

何だこの暴君と思いつつも言われた通りお茶を出す
お風呂にも入った後のようで完全私服のオフモードだ

「明日学校だし早く寝ないとしんどいよ?今日は疲れたでしょ」

「はぁ?余裕だわ、ナメんな」

「ナメてはないけども」

聞いたところによると仮免取得後30分で帰り道に出くわしたヴィランを退治してきたらしい
よりによって勝己と轟くんというA組の2トップと遭遇してしまったヴィランが不憫でならない
そんなこんなあり疲れてるだろうと思って声をかけたのに要らぬお世話だった模様

「テメェに追いついた」

ぽつりと言った勝己に首を傾げる

「私が勝己追いかけてるんだよ?」

ずっと先を歩く勝己と出久
2人に並びたいと思ってずっと努力してきた
勿論今だってそうだ、私は常に2人から数歩後ろを歩いている

けれどそれを聞いた勝己は深いため息をついてから私を見る

「いつまで後ろ歩いてやがんだ…とっくに隣歩いてんだろ」

びっくりした
だって私はずっと2人に追いつけなくて、努力してもそれよりも早いスピードで離れていく2人に焦ってさえいたんだから

「ほんと?」

「あ?」

「私、勝己の隣歩けてる?」

自分ではまだ足りてないと思ってる
けれど憧れのヒーローから認められてるなんて誰だって浮かれてしまうだろう

そんな私を見た勝己はしばらく黙り込んでから立ち上がった

「知らねぇ」

「え?」

「帰る」

「え!ちょ!待ってよ!!」

せっかくだからもうちょっと褒めてくれても良いんじゃないかと思って勝己を引き止めようとするけれど
勝己がこちらを向いたせいでポスッと抱きつくような感じになってしまった

「「あ」」

2人して思い出すのは先日のキス
今までだって手を繋いだことはあるし、お互いの部屋も全然へっちゃら
今更何も変わらない…そう思っていたはずなのにこの前のキス以来、こういう雰囲気の時の勝己が別人のように思えて仕方ない

「唄」

「な、に…?」

「心臓やべェぞ」

「勝己の方こそ…」

音波の個性を使わずともわかる鼓動の速さに2人して黙り込んだ
勝己特有のニトロの香り、それに温もりが心地いい

「上向け」

いつもと同じ言葉遣い
でもいつもよりずっと優しい声色におずおずと顔を上げれば、フッと笑った勝己がこっちを見ていた

「茹で蛸みたくなってんぞ」

勝己だって赤いじゃん、と反論しようとした私の口が塞がれる
2回目のキスはやっぱり優しくて、見た目に反して意外と勝己はがっつくようなタイプじゃないんだと知った

離れた勝己が帰ろうとするので、その腕を掴む
正直恋愛の知識なんてお母さんから聞いた情報とドラマなんかで見たものしか知らない
けれど今ばくばくと動く心臓も、触れた唇の感触が忘れられないのも、足りないって思うのも全部が愛おしい

「あ?」

「もうちょっとだけ…だめ?」

震えるような小さな声
勝己相手にこんな弱々しくなるのはいつぶりだろう

そんなことを考えていると黙っていた勝己が長いため息を吐いた

「知らん!寝ろ!」

「えーーー!!?」

そんなことある!?と思ってると、ドアを開けた勝己の前には雫ちゃんの姿

「「「あ」」」

3人一斉に出た声
けれど、雫ちゃんは勝己もいるなら都合がいいと私の部屋になだれ込んでくる

「泡女てめー何しやがる!?」

「いいから!2人とも聞いて!!!」

そう告げた雫ちゃんのただならぬ様子に勝己と顔を見合わせた
何かあったのかと思って心配し、ひとまず座ってもらう
勝己も何だかんだ言いつつ留まってくれた

「はいお茶」

「ありがとう」

「で?どうかしたの?」

雫ちゃんが取り乱すなんて大体轟くん絡みだろうと思いお茶を啜る

「焦凍くんとキスしちゃった」

雫ちゃんの言葉に私は盛大にお茶を吹き出し、勝己は一瞬で怒りの形相に変わった

「ンな話聞かせんなや!気色悪ィ!!!」

「爆豪くんが唄ちゃんに片思い中相談に乗ってあげたでしょ?!」

「オメーが面白がってただけだろうがクソ泡!!!」

目の前で言い合いをする2人を他所にお茶をこぼしたところをタオルで拭きながら必死に頭を回す
轟くんも雫ちゃんも両片思いなのは知ってる
けれど付き合ってる様子はない、さっきの奥さん発言を聞いててもそんな気配はなかったし、轟くんのことだから付き合ったらそういうのをポロッと言ってしまうタイプだろう

「事故なのあれは!何と言うか、転けた拍子に」

「いちいち状況説明すんなや!!」

「どんな顔すればいいかわかんないの!助けてよリア充なんだから!!」

嘆く雫ちゃんを他所に勝己が出て行こうと扉を開いた

「お」

するとそこには轟くんの姿
一瞬で青ざめる雫ちゃん
けれど勝己は黙ったまま雫ちゃんを掴み、轟くんへ投げた

「他所でやれ!」

バンっ!!と閉まった扉
私の部屋に取り残された勝己は文句を言いながら窓から出ていく

しばらくしてからパタンと扉が閉まった音が聞こえたのでおそらく雫ちゃんの部屋に移動したんだろう
人の部屋の前でイチャイチャされるのは勘弁したいのでホッとしたのも束の間

「(気になって寝れない…!!)」

正直どうなったのか気になるけれど雫ちゃんの部屋まで行く勇気はない
というか盗み聞きは良くない

明日は授業だというのに長い夜が始まってしまった









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