60-不安





傑の襲来後、緊急招集された呪術師一同

潔高の説明で夏油傑がどのような術師なのか認識を共有している最中であった

「夏油傑、呪霊操術を操る特級呪詛師です
主従制約のない自然発生した呪いなどを取り込み操ります

設立した宗教団体を呼び水に信者から呪いを集めていたようです
元々所持していた呪いもあるハズですし、数2000というのもハッタリではないかもしれません」

それを聞いた正道は険しい表情をする
この場を指揮権は正道が握っている

「だとしても統計的にそのほとんどが二級以下の雑魚
術師だってどんなに多く見積もっても50そこらだろう」

「そこが逆に怖い所ですね、アイツが素直に負け戦を仕掛けるとは思えない」

そう、学生時代から傑はわりと直感タイプの悟や世那よりも道筋を立て考え行動する方だった
だからこそ今回の計画は違和感があるのだ

「何か別の企みでもある…?」

「ガッデム!」

世那の考えを払うかのように正道の声が響く

「OB、OG、それから御三家、アイヌの呪術連にも協力を要請しろ…総力戦だ、今度こそ夏油という呪いを完全に祓う!!!」




会議後、悟は世那を連れて教室に来ていた
そこはかつて自分たちが学んだ場所
言葉を発さない悟に世那はゆっくりと彼の目を覆う包帯を外して向き合う

「大丈夫、ちゃんと気持ちの整理はついてる」

傑が処刑対象になったことで、いずれは彼を殺さなきゃいけないことくらい分かっていた
それが特級である自分達の役目だとも

しかし悟は世那を不安そうに見ているだけ

「…傑がオマエを狙ってる」

「うん」

「正直怖い…どこか安全な場所に隠しておきたいよホント」

初めて聞いた悟の恐れ
それに世那は言葉を詰まらせるも、悟の頬を包み込むように両手を添えた

いつ見ても綺麗な透き通る水色の瞳が世那を見つめ不安げに揺れている

「私が好きなのは悟だよ」

「…うん」

「大丈夫、傍にいるから」

「うん」

世那は悟の手を引き、身をかがめた悟に口付けた
不安そうな表情の彼に穏やかに微笑む

「信じて」

悟はその言葉に胸が締め付けられる思いに駆られた
こんな言い方をされたら頷くことしか出来ない

「ハハッ…オマエは本当にズルいね」

「女はズルい生き物なの、知らなかった?」

くすくすと笑う世那が堪らなく愛しくて悟はもう一度彼女に口付けた

「んっ…」

「世那…っ」

ゆっくりと確かめるように
深く、長く、二人はその行為を続ける

「オマエは俺が守るよ」

そう告げた悟
世那は自分もまた悟を守ることを心の中で誓った








一方、本部に帰還していた傑は今日のことを思い出していた

憂太に取り憑く里香、そして世那
自分の狙いの二人がもうすぐ手に入る事が嬉しくてたまらない

「それにしても…」

世那を守るように立ちはだかる悟の姿
そしてその悟を信頼し切ったように隣に立つ世那

不愉快だった

「世那…ああ、もう少しだ」

傑は自身の顔を押さえる
記憶の中の自分に好意を寄せる世那の顔を思い出し、その顔を狂気に歪めた

「なんて綺麗な瞳なんだ…あの怒りに満ちた顔も堪らない、素晴らしい素晴らしいよ…!!」

彼女は自分が好きなのだ
きっと理解してくれる
だからこそ術師だけの世界を作って平和な世を創りあげる

悟じゃなく自分を選ぶはずだ
だって彼女が好きなのは自分なのだから

「猿共を皆殺しにすれば、またあの日のような顔が見れるかな」

自分が離反する原因となった一件
あの時に村人を殺す姿を見た世那の絶望した顔が昨日の事のように思い出される

最初こそ愛だったはずの感情はいつしか歪み切ったものへと変化していた
傑は世那への思いが呪いのように己に力を与えているのだと確信すらある

呪力は負の感情のはずなのに彼女への思いは力になる
最初こそ不思議だったが今となってはどうだっていい
彼女を手に入れれば更に力を得るだろう

その為なら多少腕をなくそうが目を抉ろうが構わなかった
傑が欲していたのは世那の心ではない
宝生世那という存在そのものだったのだ

「世那…君は私の希望だよ」











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