204-赤眼





鈴蘭との完全同化
それにより世那の髪が銀色に染まり始める

同化の際世那と鈴蘭は互いの呪力の源である目を媒介に繋がる
蘭玉を継承していない世那との同化はかなりの呪力を必要とするため彼女の身体中の呪力が眼球に集中した

世那の赤い瞳が真っ赤に輝く
その眼光は地獄の王こと閻魔に相応しい

同化の時間はほんの数秒
倒れている宿儺から決して目を離さない世那はその数秒を確保できると判断し同化を実行した

「ケヒッ」

同化を始めた瞬間、倒れていた宿儺が笑うとどろりと体が溶けていく
そのことに世那が息を飲んだと同時にぐちゅりという嫌な音が耳に届いた
波のように押し寄せる激痛に頬を伝う生暖かい感覚がして何が起こったのかを悟る

「頃合いだ」

溶けた宿儺は恵の術で作り出した影
本物の宿儺は世那の影から姿を現し、彼女の不意を突いて眼球を抉っていた

「っああ゛ああ゛あ゛!!!」

宿儺の手には先ほどまで世那の右眼孔に納まっていた目玉がある
呪いの王は同化により眼球に呪力が集まるそのタイミングを狙っていたのだ、意識がそこへ集中し宝生世那に隙が生まれるその一瞬を

「良い声を出すではないか」

抉り出されたその瞳は宿主を失っても赤く輝く

宝生にとって目は全て
片目を失ったことで世那の力が弱体化する
そして呪力も半減、今や彼女は体術ができるただの小娘に他ならない
等級でいうのなら準一級相当だろう

宝生世那は決死の努力で掴み取った最強という舞台から引きずり下ろされた

痛みに悶絶する世那を宿儺は見下ろす、その口角は楽しそうに上がっている

「愉快愉快、存外惜しかったぞ巫女
同化せずそのまま力技で押し込んでいれば結果は変わったやもしれん」

「っーーー!!宿儺ぁ゛ぁあ゛!!!」

宿儺の言う通り勝機は世那にあった
しかし判断を間違え同化を選択した彼女にその勝機は消え失せる

伊弉冉により力を付与されたとしてもそれに経験は含まれない
宝生世那が15年の実践を通して身につけてきた経験というアドバンテージを持ち得ないことが仇となった

経験の差
それが勝敗を分けたのだ

「(こいつは生かしてはならない…何としても殺さないといけない!!!)」

フーッフーッと粗い呼吸をして痛みに耐えながら怒りの形相を浮かべる世那
目から血を流す痛ましい姿に宿儺はゲラゲラと笑った

「まさに閻魔だな小娘!」

一体どちらが地獄の主に相応しいのだろうか
嘲笑う宿儺に世那は自分の勝機が消え失せたことに焦りを覚えていた
どうするのが最適か必死に考えを巡らせるも何一つ思い浮かばない

この時点で世那は詰んでいた

「お前にはまだ働いて貰わねばならん」

ズッと体が沈む感覚に世那は目を見開く
足元に広がっていた影が自分の体を飲み込んでいた

「影の中は呼吸出来まい、だがお前には便利な血がある…幾度生死を繰り返すかまだまだ愉しませてもらうぞ」

宿儺の器である恵の術により彼女は真っ暗な世界へと落とされる
影の海の中でもがくがここに酸素はない
意識が途切れ死んだその瞬間から自己修復が開始される
何度も何度も死んでは生き、生きては死に…殺してほしいと懇願するほどの苦痛

宿儺の目的は世那の精神破壊、そしてこの身体の恵の精神破壊
これから起こることを想像し宿儺は笑った

だが笑う中で気がついたのは自分と鎬を削った戦いを繰り広げた世那の姿
危険なところまで追い込まれたことに満足している自分がいる
宿儺は首を傾け手元の目玉を眺めた

「ふむ…一度くらい万全の巫女と戦っておくべきだったか」

しかしもう万全の宝生世那は存在しない、たとえ蘭玉に封印されている力を取り戻したとしても器の目玉はこの通りだ
世那の目玉を彼女同様に影の中に格納した宿儺はこちらへ向かってくる気配に気が付く

「…いつの時代もどこからともなく虫は湧く」

掌印を結び呼び出したのは鵺
とんでもない大きさのそれが出現し、結界内に雷を落とす

が、それと同時に復活した華…いや天使が術を使った

「天使!待って!恵が!恵が!!」

『こうなってはどうしようもない!!奴だ!奴が堕天なんだ!!
堕天がより強く根を下ろす前に彼から剥がし消し去る!!賭けるしかないんだ!もう!!』

華の目が見開かれる
自分の大切な人を弄ぶ宿儺への怒りが力を与えた

「返せ」

"邪去侮の梯子"

それは天使の持つ術式
光の柱が宿儺に落とされ、魔の物を焼き尽くす

「あ゛あああ゛あ゛あ!!!!!」

苦しむ宿儺に華は何度も「返せ!!」と叫んだ

「恵は!!私のモノだ!!!」

涙を流す華に恵の「華」という冷静な声が届く

「思い出したよ…ありがとう、もう大丈夫」

魔のものが取れた様子の恵が彼女へ手を伸ばす
その姿に華はまたボロボロと涙を流した

「恵…!」

そして華は術を解いてしまう
そのことに焦った天使が『駄目だ!華!!』と叫ぶが今の彼女は恵しか見えていない

愛は良くも悪くも視野を狭め、判断を狂わせる

「私ねずっと恵のことを!!」

恵へ抱きついた華
だがその瞬間彼女の羽がへし折られ、肥大化した宿儺の顔がその肉を喰らう

宿儺は祓われていなかった
器の情報を読み取り華を油断させただけだった

「つくづく、人間…!!」

嘲笑う宿儺は腕が引きちぎれ瀕死の華をこの建物から突き落とす
結界内でも高層住宅であるここから落とされた華はグチャリと音を立て地面に叩きつけられた

その光景を見ていた悠仁が近くのマンションまで戻り、宿儺目掛け飛びかかる

「宿ッ儺ぁあああ゛あ゛!!!!」

狭い場所で戦うことを避け、宿儺は車道に降り立つ
悠仁はそんな宿儺を追いかけながら攻撃を続けた

「オマエは!!オマエ達は!!どうして普通に生きられない!!どうして不幸を振り撒かずにはいられないんだ!!」

瞬間、悠仁の体が裂かれる
切断されたわけではないが深く抉られた肉
膝をついた悠仁を宿儺は見下ろした

「俺から言わせればオマエらこそ何故そこまで弱い、何故弱いくせに生に執着する
つつけばたちまち崩れてしまう生き物が長く幸福でありたいなどとどうして口にできる
貴様らは身の丈にあった不幸を生涯噛み潰していればいいのだ」

凄まじい暴論
しかし宿儺はの心の底からそう思い口にしている

「(ああ…コイツらはどこまでいっても…呪いなんだ)」

分かっていた、何度も思い知った
でも悠仁はこの時再度はっきりとそれを理解した
話すだけ無駄、価値観がまるっきり違う、何があっても分かり合えることはないと

「オマエも噛み潰してみろ…不幸をよ」

「来てみろ」

宿儺からすれば悠仁の相手など暇つぶし
悠仁が歩みを進める度に宿儺の術が彼を切り裂く
しかしどれだけ傷をつけても悠仁は歩みを止めない

「!?(なんだ?何故ここまで硬い…?)」

宿儺の前まで来た悠仁は拳を握り締め殴りつけた

「(…いや、違う俺の呪術出力が落ちているのか)
伏黒恵め…やはり何事にも仕上げは必要だな」

自分の器でありながら抵抗をする恵にくつくつと笑う
恵は宿儺の中で必死に抗っていた
津美紀が受肉タイプだったことで動揺したところを宿儺に付け込まれ、更に世那を傷つけたことで精神に亀裂は入っているもまだ形を保っている

恵について考えていた宿儺はハッとした
いつの間にかその場に真希が到着していたからだ、それも鵺のダメージなど感じられないほど万全の様子

「すまん遅れた、状況を簡潔に頼む」

「コイツは殺してもしなない」

悠仁がそう告げた直後、二人は一斉に宿儺へと飛び掛かる
連携を取り追い込んでいくが、体勢を立て直すため一度距離を取った

数秒の立ち合いで真希は宿儺が化け物であり全力を出す必要があると認識する
また宿儺も真希を面白いと評価した

「悠仁、とりあえず目標は殺してでもアレを捕まえることだな?」

「押忍」

「もっと速くしていいか?」

「押忍!!」

再開された攻防
先ほどよりも素早い真希と悠仁を相手にする宿儺は余裕綽々であった

「(おそらく同胞を傷つける時この肉体は俺を強く拒絶し術式への呪力出力を落とす…ならば)

"捌" "蜘蛛の糸"」

地面へ手をつけ術を放った宿儺
すると地面が粉砕し二人を押し上げる
それを見逃さず宿儺は真希を殴り飛ばす
しかし彼女は口内に溜まった血を吐き出しただけでピンピンしているではないか
これには宿儺も愉しさを覚えてしまった

「ハハッ!いいぞ!!」

目にも止まらぬ速さで繰り広げられる戦い
しかし終わりは唐突にやって来る

乱入してきたのは裏梅

「出力最大 霜凪」

それは渋谷でも見せた裏梅の技
宿儺の下へやってきたその瞬間に悠仁と真希を巻き込み無力化してみせたのだ

「はっはっ、絶景絶景」

裏梅の作り出した氷結を眺める宿儺は機嫌が良さそうだ

「差し出がましい真似を致しました、どうかお許し下さい」

「良い」

「それから一応虎杖悠仁の凍結を弱めましたが…」

「小僧はもう用済みだ、だがあの女に呪力を偏らせたのは正解だ
肉体を仕上げる、"浴"の用意をしろ」

そう告げた宿儺は鵺を出す

「既に出来ております、少々ご足労いただくことになりますが…」

「相変わらず痒い所に手が届く」

褒められ内心喜ぶ裏梅と共に宿儺は鵺の足へ乗る
巨大な鵺の足は二人を乗せても軽々と飛んでみせた

「宿儺ぁ!!」

氷結から飛び出してきたのは悠仁
それを見下ろした宿儺は笑みを浮かべる

「殺しますか?」

「待て待てよく見ろ笑えるぞ」

自分の影に手を入れた宿儺は先ほど格納していた世那の目玉を取り出す
そして眼下にいる悠仁へ向かって放り投げた

ぶちゅという音と共に着地したそれは液体を撒き散らしながら地面に広がった
その破片に残った赤い虹彩に目玉が誰のものなのか悟ってしまった悠仁の顔が悲痛に歪む

「ッ、宝生先生に何をしやがった!」

「ケヒッ」

「宿儺ァァァ!!!」

「なんと情けない」

必死にこちらへ叫び、ぼろぼろの体で情けない顔をする悠仁の姿に二人は笑い声を上げる

この日、呪術師達は宝生世那を失った










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