199-尊兄





穿血を放った彼の攻撃を避けた羂索は低級呪霊を放つ

「ナメすぎだ」

「どうかな」

脹相目掛け新たな呪霊が襲いかかる

「"超新星"」

それを祓った脹相目掛け羂索は肉弾戦を持ち込んだ
不意を突かれたこともあり押し負ける脹相だが、彼は羂索の死角に自分の血液を仕込ませており爆破させる

勿論これで羂索がやられるわけがない
彼は咄嗟に出した呪霊を壁にその爆破を逃れていた

「答えろ、悠仁に何をさせるつもりだ
150年放置してきた俺たちやオマエのくだらない遊びに巻き込まれている宝生世那とは訳が違うはずだ、悠仁で何を企んでいる」

「…うーん、アレは具体的に役割があるわけじゃ…まあ強いて言えば器であることが役割で既にそれは済んでいるからね
虎杖悠仁は始まりの狼煙なんだ、アレが宿儺と生き続ける限り呪いの連鎖は止まらない…新時代の台風の目なんだ」

羂索の目前に迫る穿血
それを簡単に避けた羂索は心底面倒そうに顔を顰めた
彼にとってこの戦いは時間の無駄でしかないと判断を下したらしい

「悠仁が生き続ける限り…?違うな、オマエが生き続ける限りだろ!加茂憲倫!!全ての不幸の中身はオマエだ!!断じてっ!悠仁じゃない!!!」

叫ぶ脹相の足を羂索の呪霊が拘束する
会話の最中に視界外の下から這わせていたものだ
動けない脹相へ羂索の拳が炸裂した

「君が斥候なのは理解している、九十九由基に私の術式情報を少しでも開示するつもりだな
呪霊操術、しかも低級呪霊しか使わないよ…使う必要がないと言った方がいいかな、君達は失敗作だからね!!」

床に転がる脹相の頭を何度も何度も踏みつけ羂索が嘲笑う

「オマエに弟達の何が分かる!!」

「ああすまない傷ついたかな?君達には期待していただけに失望が大きいんだ、私にここまで言わせた自分を褒めてやるといい」

脹相は自分を踏む足首を掴んだ
だが羂索は冷ややかな目で彼を見下ろし呪霊を放つ
その呪霊は脹相を締め付けながら滑空し、彼を凄まじい勢いで床に叩きつけた

「術師の"特級"が何を意味するか知っているかい?

"単独での国家転覆が可能であること"
五条悟は言わずもがな夏油傑も呪霊操術で異形の軍隊を持つことができるわけだからね、塵も積もれば…というだろう
低級呪霊も私の呪力で強化し群れを成して指揮に従えば1級術師相当の君もこうなるわけだ」

血だらけで床に転がる脹相
そんな彼にとどめを刺すために羂索が歩みを進める

「そういう意味では宝生世那は特異だな、血に刻まれた術式以外はフィジカルギフテッドだけでのし上がったんだからね…ふむ、やはり彼女にも興味が湧いてきたな」

渋谷で切り離し、用済みの燃えカスのはずの宝生世那は宇田川交番前で羂索に危機感を抱かせた
あの時羂索は確かに彼女へ興味を抱いたのだ
今までは鈴蘭を得るための道具でしかなかったはずが、とんだ大誤算である

近づいてくる羂索の足音をBGMに脹相は考えを巡らせる

「(俺は…兄失格だ…弟達を守って…背負って…お手本になって…それが"お兄ちゃん"だ
俺は面白くない…クソみたいな親に一撃だって入れられやしない)」

先ほど羂索は自分を面白くない、興味がないとそう告げた

「(でも)」

それは脹相へ向けられた言葉

「(弟達を面白くないなんて言わせない…だから!!!オマエ達の力を貸してくれ!!)」

羂索の向かっていた先の脹相から血液が飛び出す
次の瞬間、彼は立ち上がっていた
背を押してくれるのはいつだって弟達、彼らのためなら何度でも立ち上がれる

「九相図兄弟ぃいいいファイヤー!!!!!」

穿血を放った脹相
羂索は相変わらず不敵な笑みを浮かべたままだ

「"穿血"は初速がトップスピード、一度躱してしまえばその後どう軌道を修正しようとそこまで怖くはない」

言葉通り躱した羂索の着地点には既に新たな攻撃
壊相の翅王を模したそれは羂索を追尾する
しかし羂索はその猛攻を受けながらも呪霊を出現させ、その消失反応で目眩しを行い、その隙に大量の低級呪霊を叩き込んだ

「追尾を付与したところで穿血ほどの速度のない技、君の血の毒は親の私には効かない…今の一連意味あった?」

「壊相のように…優雅にっ!血塗のように!自由に!!!」

腕を振りかぶった脹相
そんな彼の肘が切れ、飛び出た腕が血の紐で彼の体と繋がったような状況になる
伸びた腕は羂索の胸ぐらを掴み、彼を引きずり寄せた

「悠仁のように!!パワフルに!!!」

向かってきた羂索目掛け殴りつけた脹相
そんな彼の拳はまたもや呪霊を盾にした羂索に阻まれる

「終わり?」

「どうでしょう!!」

再び翅王のような血を出した脹相に羂索の顔が不快だと告げるように歪んだ

「だからそれじゃ速度も威力もお粗末」

しかし脹相はこの技を攻撃目的で放ったんじゃない

「(追尾するそれは運河だ…圧縮した血液をオマエの近くに運ぶための…!!)」

羂索に迫っていた血が姿を変える
それらは小さな棘の玉のような形状へと成った

「"超新星"!!!」

血の散弾、それらが羂索へ一斉に襲いかかる前に全て落とされる

「(不発…?違う…!全方位血の散弾を落とされた!)」

羂索は咄嗟に使ったのだ、未だ未開示であったそれを

「使ったな!呪霊操術以外の何かを!!」

脹相の役目は遂行された
これにより選手交代となる

「私は一人っ子だけどさぁ、最高だぜお兄ちゃん!!」

結界内へ参戦してきたのは由基
その背には彼女の式神の凰輪も控えている

「九十九…」

「ナイスファイト!後は任せて」

グッと親指を立てた由基に安心したのか、倒れゆく脹相が結界外へと弾き出される
この結界を操作しているのは天元であり、脹相は安全な場所へと移された

「泥臭い男はタイプだよ、それに比べて…叩き直してやる、私好みに」

羂索を睨みつける由基
彼女の怒りの理由は何も脹相だけじゃない

混沌と化す渋谷の街で、右も左も分からぬまま召喚された14歳の宝生世那を見たあの時から怒りは蓄積されていた

「(九十九由基…"特級"が与えられている以上総監部は彼女の術式情報を握っている…はずだった…総監部から彼女の術式情報を得ることはできなかった)
あまり近づかないでもらおう」

羂索が手をかざせば空間が裂け、そこから呪霊が這い出てくる

「輸入モノだろその呪霊、あらゆる障害を取り除くアジアの神の呪い」

「そう…術式対象に概念が絡む特級呪霊だ…御手並拝見」

羂索が出したのはガネーシャを模したような巨大な呪霊
しかし由基は怯むことなく凰輪を球状へ変形させた

「凰輪!!」

そしてそれを彼女は凄まじい勢いで蹴る
打ち出された凰輪は羂索の背後の呪霊をブチ破り消滅させた
たった一撃、そのことに羂索の顔から笑みが消える

「私の術式が分からなくて近づけないか?なら教えてあげよう"質量"だ」

回り込んだ由基が羂索を殴り飛ばす
彼はかなりの距離を飛ばされ、咄嗟にガードした腕は吹き飛ばされていた

「(空性結界の循環定義に綻びが生じるまで殴り飛ばされた…"質量"…か…術式対象の概念!その内包と外延に収まらない程の圧倒的"質量"!)」

彼女の術式は"星の怒り"
自らに仮想の質量を付与するというもの
そして凰輪は彼女の術式により呪具化した式神で、由基以外で唯一の術式対象である

立ち上がった羂索は反転術式で怪我を治しながら思考を巡らせる

「(速度が落ちていないところを見ると、上げた"質量"による術師本人への影響はないと見るべきか…
概念を無視されるとなると渋谷で残した等級の高い呪霊は使えないな…だが果たして私だけでこの獣を狩ることができるだろうか)」

さすが特級と称賛を贈るもここで退くわけにはいかない
考えを巡らせる羂索と同様に由基も頭を回転させる

「("重力"だ、あれは"重力"だった…羂索は呪霊操術と肉体を渡る術式以外にも術式を持っている、それがあの"重力"だ
既に私に割れている"無為転変"を使わないことから"うずまき"で抽出した術式は一度しか使えない
一度しか使えない術式を反転術式を使える羂索があの場で使うとは考えられない、羂索は三つ目の術式を持っている…そしてそれは"重力"だ

"うずまき"で抽出した術式を複数ストック…は流石にないよな
乙骨くんのように外付けでもしない限り脳のメモリがはち切れる…だが最悪四つ目の術式くらいならあり得るかもな)」

「("特級"の高専資格条件から考えるに九十九由基には切り札となる呪力出力の高い拡張術式もあるだろう)」

「「(面倒だ…!!)」」

両者が互いの手の内を読み合いげんなりする
強者になればなるほど術式の読み合いは必須となる、悟のように六眼があるならばそれも必要ないが

「(計画通り羂索に領域を展開させて展開後の術式が使用困難な状態にまで追い込む
仮に同時に私が同じような状態になったとしても凰輪がいる私に分がある
計画を確実なものにするためにこのまま羂索を削りできるだけ領域の強度を下げさせる)」

由基は事前に天元や脹相と作戦を練っていた
それに従うように進めようと再度決めたその瞬間、羂索が掌印を結ぶ

「いやいや、互いの術式が煙たいのに領域を展開しないのは領域の押し合いに自信がありませんって言ってるようなもんでしょ

領域展開 "胎蔵遍野"」

羂索が領域を出現させる
そのことに由基が「天元!!」と叫んだ

作戦の内訳はこうだ、羂索に自ら領域を展開させ天元がそれを解体する
その後術式が焼き切れた羂索を由基が叩く

だがここで誤算が生じる
羂索の領域は結界を閉じることをなく領域を展開し術式を発動する離れ業だったのだ
それは渋谷で宿儺が見せたものと同じであり、天元が解体すべき外殻がない

計画通りシン・陰流の簡易領域を展開した由基だが、発動したその瞬間から領域が削られていく

「クソッ!!(なんて強力な結界!簡易領域がみるみる削がれる!!)」

「?…私の領域にその程度の術で耐えられると思っているのか?」

領域展開を行わない由基に羂索が怪訝そうな顔をする
しかしこちらへ駆け出してきた由基と自分の作り出した領域が若干解体されつつあることに合点がいったように笑った

「…成程、そういうことか
いかにも引きこもりらしい旧態依然な作戦だ」

天元が必死に羂索の無力化に尽力する
しかし羂索は余裕を崩さない

「天元…私は貴様と違い"生きて"きたんだ
千年続く!竜戦虎争!!合従連衡の!!呪いの世界を!!!!」

羂索の重力の術が由基に直撃し、彼女を下階へと叩き落とす
それと同時にこの空間の結界が壊れ始めた
羂索も下階へと落ちるが彼は問題なく着地する

「空性結界ごと私の領域を解体したか…歳相応の意地を見せたな、だがもう遅い」

着地した羂索の前には血だらけの由基が転がっていた









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