135-狂人





世那がホーム柵から降りた後、悟は目の前の漏瑚と花御に集中した

「そこの雑草」

指さしたのは花御

「会うのは三度目だな?ナメた真似しやがって…まずはオマエから祓う」

ホーム柵から線路へと降り立った悟が両腕を広げる

「ほら来いよ、どうした?」

しかし漏瑚も花御も動かない
先に動いたのは悟だった

「逃げんなっつったのはオマエらの方だろ」

至近距離まで歩み寄った最強に二体が同時に殴りかかる
が、漏瑚の拳を掴んだ悟はその腕を無理に捻る

『(今、触れ…)』

漏瑚が感じたのは確かに悟の手が自分の拳に触れた感覚
漏瑚の頭上を横切るように花御の蹴りが炸裂するが、悟はそれを身を屈めて躱し、すぐに体勢を整え漏瑚の肩を跨ぐように飛び乗った

「せーのっ」

関節をあり得ない方向にへし折られ漏瑚に激痛が走る

『ツッ!!』

漏瑚に気を取られている悟に花御が拳を振り下ろす
が、それもへし折った漏瑚の腕で防ぎ、花御の体を足場に器用に着地してから逃げる漏瑚を追った

漏瑚は腕を治しながら悟から距離を取るために一般人に紛れ込もうとする
その様子を見た花御は思考を回した

『(あくまでも漏瑚狙い、先刻の宣言は心理誘導か…そしてこの男、無下限の術式を解いている!!)』

先ほどの一瞬の組手で分かったが今の悟には確かに触れられるのだ
それは花御達にとって好都合である

『(術式の微調整を捨て人間が捌け始めたこのスペースで呪力操作のみのコンパクトな攻めに回るつもりか、だがこれならわざわざ人混みに紛れる必要もない)』

思案する花御の様子を見た漏瑚がハッとする

『(こちらは術式を使うまで!!)』

花御が木の根を出現させる
つまり領域展延を解いたということだ

『展延を解くな!花御!!』

漏瑚の叫びと同時に花御の呪力に気がついた悟の六眼が怪しく光る
そう、最初からこれを狙っていたのだ

キレている悟の表情はもはや戦闘狂と化していた

瞬時に花御へと飛び、その目から生えている木を掴んだ悟
一瞬のことすぎて理解が追いつかない花御に悟が楽しそうに話しかける

「ココ、弱いんだって?」

花御が答えるよりも早く、その木が一気に引き抜かれる
足で花御を押さえていた悟は、完全に抜けきった根を掴んだまま着地した
花御は致命傷のようで倒れ込む

「やっぱりな、展延と生得術式は同時には使えない」

読みが当たり悟は口角を上げる
そして六眼で呪力が弱々しくなった花御を見下ろした

『(儂が先刻まであの程度で済んでいたのは展延で体を守っていたからだ!
基礎的な呪力操作と体術でこのレベル…!!
五条悟、逆に貴様は何を持ち得ないのだ!!)』

花御を助けるべく向かってくる漏瑚を横目で見た悟に漏瑚は冷や汗を流す

瞬間、悟の死角から飛んできた血の矢
即座に術式で無限の壁を発動した悟は血を弾き、そちらへ目を向ける

そこには人混みに隠れ一般人もろとも攻撃してきた男

「(アイツ呪霊じゃない…従肉した九相図って所かな、ウザいけどこっちの二匹程やる気ないみたいだし、あっちは世那がいるから大丈夫だろ)」

術式を発動した悟目掛け再び漏瑚と花御が領域展延で攻撃を仕掛ける
しかし悟は冷静に漏瑚へと横目を向けた

「いいのか?オマエが展延で僕の術式を中和する程、僕はより強く術式を保とうとする
こっちの独活はもうそれに耐える元気ないんじゃない?」

漏瑚の目に映ったのは悟の向こう側で弱々しい呪力の花御
漏瑚が考えるよりも早く悟は花御へと集中し呪力を解放する

『なっ!』

その強大すぎる呪力に押し負ける花御の硬い体が音を立てひび割れていく

『五条悟!!こっちを見ろ!!』

一般人を殺して気を引こうとした漏瑚だったが時既に遅し
ボチュンッという肉が潰れる音と共に線路の壁へと押しつけられ圧死した花御

彼がいた場所には瓦礫と煙、そして残穢だけが残っていた

『花御……』

呆気に取られる漏瑚だが、そんな彼に悟は目を向けた

「次」

その死刑宣告に漏瑚は死を直感する







一方、悟よりも早くホーム柵から降りた世那は紅姫目掛け歩みを進めていた

『(ここでの目的は五条悟と宝生世那の足止め、そして二人が体力を消耗した後でパパの出番…だから私はここで宝生世那を止める義務がある)』

紅姫は向かってくる世那にへその緒を伸ばす
一般人を巻き込んで放たれる攻撃を世那は蘭玉で弾き飛ばした
地面を伝い世那の背後に伸びていたへその緒もお見通しだというように一振りで薙ぎ払われた

世那の表情は嬉々としていた
今まで紅姫と戦闘した時は見たことがないが、基本的に宝生世那が戦闘狂ということは傑から聞いていた

『(これが、鬼神…っ!)』

一瞬怯んだ紅姫を見逃さなかった世那は指を鳴らした
蘭玉から溢れ出る血液が呪力により花弁状になる
そしてそれが一斉に紅姫目掛け放たれる

一般人を器用に避け紅姫だけを狙うそれにへその緒を自分に巻き付け防御した

しかしそれは判断ミス
世那の思惑通りに動く紅姫に彼女の赤い瞳が愉快そうに細められた

「かくれんぼ?いいね、じゃあ私が鬼ね」

蘭玉を振るうその速度は人の範疇を超えていた
あまりにも早い斬撃に傷口の修復が間に合わない紅姫
加えて傷口から侵入してくる世那の血液に全身が酷く痛む

『っ、化け物…!!』

紅姫が叫ぶと同時に世那へ向かってどこからともなく飛んできた血の矢
それを避けた世那は紅姫からそちらへと目を向ける

一般人の人混みの中からこちらへと攻撃を放ったのは脹相

「貴方、加茂家の人間?」

「答えるつもりはない」

「じゃあいいや、死んで」

と、次の瞬間脹相の視界から消えた世那
思考が追いつく前にその場から飛び退くが、先ほどまでいたところには大きなクレーターが出来ている

世那が蘭玉に呪力を乗せて本気で振り下ろしたのだ

「(何て力だ…っ!)」

「ハハッ!速いねぇ」

地を蹴り脹相に飛びかかる世那が彼の顔面を鷲掴みにし、地面へと押し付ける
赤血操術を放つ前に腕を踏みつけ喉元に蘭玉を当てた

「分かった、呪胎九相図だな」

閃いたというような世那に脹相は心臓が嫌に脈打つのを感じた
彼女の内に見えてしまったのだ

加茂憲倫への恨みから呪いと化した宝生の巫女を

「(俺達兄弟と同じく加茂憲倫へと恨みを抱くこの女…コイツは本当に敵か…?)」

「考え事?どうせ死ぬんだから無駄だよ」

蘭玉を振りかぶった世那だったが、自分目掛けて飛んでくる一般人に気が付き攻撃を止める
今蘭玉を振るえば殺してしまうためだ

飛んできた一般人を避ければ紅姫の笑い声が響く
どうやら投げたのは彼女らしい
世那の拘束から抜け出した脹相は再び人混みへと消えた

「チッ…(妙な連携取りやがって)」

『お姉ちゃんは甘いね!やっぱり一般人は巻き込めない?!』

「勘違いしないで、殺しはしないだけで死ぬのは別に何とも思わない」

掌を合わせた世那が紅姫を捉えた

「赤血操術 ”赤縛”!」

紅姫を中心に周囲の一般人が押し退けられる
十分なスペースができたことで世那は駆け出した

紅姫が慌ててへその緒から胎児を放つ
それをいとも簡単に切り刻む世那の頬に呪霊の返り血が飛び跳ねて一層狂気さを増す

逃げられなかった紅姫の腕を掴み上げ動きを制限した状態で至近距離から蘭玉を振りかぶった世那は、紅姫の負傷している右目にそれを突き刺した

『あ゛っあああああ!!!!』

「やっぱり目が弱点なんだね、治らないのおかしいと思ってたんだ」

紅姫の目から黒い血が溢れる
それが触れたところが痛むが、世那は今ハイになっていた

多少の痛みは大した問題ではない
それに紅姫の呪力が篭った血を中和するほど自分の血に呪力を篭めれば何ら脅威ではないのだ

「貴方の弱点をずっと考えてたの、強すぎる呪霊は必ずどこか綻びがある、バランスが釣り合わなくなるからね
最初は幼体だったしさして気にしてなかったけど成長するなら尚更弱点があるはずなんだよ」

蘭玉を刺した部分から体内に侵入する世那の血液に必死に対抗し呪力を練る紅姫
しかし世那は更に呪力を増やしていく

『ア…アッ、グ(このままじゃ祓われる!!!!)』

「何度も私になりたいって言っていた、それがヒントだった」

蘭玉を押し込むのを右手から左手へ持ち替えた世那は、空いた右手で紅姫の左眼窩に沿うように触れる

「私の双子の妹、半分こした魂は今私の中にある
でも唯一貴方に残ってるものがあったんだよ…宝生特有の赤い目、なんで赤いか知ってる?」

紅姫が恐怖のあまり震える

「宝生家は血が大好きだからだよ!!!」

世那が目を見開き笑う
と、同時にその指が眼窩に押し込まれた

『ッァアアア゛ア゛アッ!!!』

圧力で紅姫の眼球が飛び出した
それを掴み、視神経をブチブチと引きちぎった世那は悶える紅姫にほくそ笑む

宝生家も所詮御三家の一族
世那が嫌悪していた御三家と何ら変わらないのだ
その事を知ってからというものの、世那の中でタガが外れたような感覚があった

宝生の血への執着
術式が組み込まれるほどのそれは並大抵じゃない
流石加茂家の分家と呆れもした

「何にも見えなくなっちゃったね、可哀想」

掴んでいた眼球を握り潰し蘭玉を引き抜いた世那はとても楽しそうに告げる
その声色は幼子が喜ぶような無邪気さを含んでおり一層狂気が増している

鬼神こと宝生世那の目は血のように赤く不気味に輝いていた
そんな光景を見た脹相は紅姫を助けることを諦め自分は人混みから狙撃をすることに集中する

少し前に祓われた花御、残された漏瑚もまた悟から逃げつつ時間を稼いでいた











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