短編
 近くて遠い



「みょうじさんって安室さんとどういう関係?」

にっこりと無邪気な顔でそう尋ねてきたのはこの店の上にある毛利探偵事務所に居候している江戸川コナンくん

ここ、喫茶ポアロでハムサンドを頂いていた私からすれば、いきなり隣のカウンター席に腰掛けてきて何なんだこの子としか言いようがないのだけれど、ここでは常連客のみょうじなまえで通っているからそう邪険にもできない

「どうって、店員さんと客…かな?」

「それにしてはやけに仲良く見えるけど?」

はっきり言ってこの少年の言うことは正しい
私、みょうじなまえは何を隠そう公安の刑事だ
つまりここにいる安室透…基、降谷零の部下に当たる

上司と部下とは言っても一応同期で警察学校は卒業しているので戦友の方が近いかもしれない
零くんが組織に潜入捜査しており、その一環でここポアロでバイトをしている探偵の安室透という役を演じているのも勿論知っている
ここに来るのは零くんと何かを手渡す用事がある時だけだ

「コナンくん、それ以上みょうじさんを困らせないであげてくれるかい?」

カウンター越しに静止をかけた安室さんは眉を下げていかにも困ってますという表情をしていた
そんな彼を見てコナンくんは疑うような眼差しを私達へ向けてきた

「えー、隠すなんてますます怪しい」

この子のこの探るような目線がとても苦手だ
聞くところによると小学生とは思えないほど推理力があるらしく、ほんの少し隙を見せるだけでこちらの素性が丸裸にされてしまう可能性があるらしい
しかも彼がいるところには必ずと言っていいほど事件が起こるとか

最初その話を聞いた時は半笑いだったけれど今ならわかる、この子はやばい
チラリと安室さんを見れば何食わぬ表情でテキパキと仕事をしている
コナンくんの対応は任せたということだろうか、責任重大じゃないか

「(余計なことを言わない内に帰ろう)」

そう決意した私はお皿に乗った残りのハムサンドを手早く頬張り、店を後にした
会計の際、レシートを受け取りながら元の目的であるブツも手渡したので仕事はこれで完了したし我ながらよくやったと思う




ぐったりしたまま署内に戻って報告書やら後輩指導やらを行っていると時間はあっという間に過ぎ去って21時を回ったところだ
オフィス内も私以外はみんな帰ったようで静まり返っている

「んーっ…肩凝ってるなぁ…」

少し大きめの独り言を呟いて伸びをしていると背後からコーヒーの入ったカップが机に置かれた

「発言が年寄り臭いぞ」

「わっ!びっくりした!!」

慌てて振り向けばそこにいたのは見慣れたグレースーツを着用している零くんの姿
昼間見た安室さんとは違って呆れたように私を見下ろしている

「驚かさないでよ、れ…降谷くん」

「今は二人だ、零でいいよ」

隣の風見くんの席に腰掛けた零くんの手にもコーヒーの入ったカップがある
ということはもしかして私のために淹れてきてくれたんだろうか

「昼間は上手く凌いだな」

「ああ、コナンくんのこと?あの子苦手だって前にも言ったでしょう?」

「そうは言っても風見は警察だと顔が割れてるからな…」

どうしたら公安警察が小学生に素性を特定されるんだという疑問はあの子の前では通用しないと身に染みて理解している
だからこそできるだけあの店に近づきたくないのに零くんはいつも私を指名するんだからいい性格をしている

「次は他の人に頼んでよね」

「僕はなまえが良いんだけどな」

さらりとそんなことを言ってのけるモテ男にジト目を向けてから手元の資料を片付けてパソコンを閉じた

「もういいのか?」

「明日にする、上司に見張られながら仕事するのって息が詰まるからね」

「…言ってくれるな」

零くんがここに顔を出すのは今となっては珍しい
潜入捜査が始まってからはそっちの顔でいる方が多くなったからだ

それに彼が組織絡みのことに必死になる理由も私は知っている
彼の幼馴染の諸伏くんも同じように組織に潜入し、死んだ
それだけじゃない、同期で仲の良かった松田くん、萩原くん、伊達くんもみんな殉職してしまった
私は違う班だったけれど、側から見ても彼らはとても仲が良かったし優秀だった

自分だけ生きて警察を続けている
きっと零くんは色々背負いすぎているんだろう、時折寂しそうな顔を見せることがある
そんな彼にかける言葉が見つからなくて、結局側にいてあげることしかできない私は何とも無力だと思う

「零くんはまだやることあるの?」

「いや、必要なものを取りにきただけだからもう帰る」

「そっか、じゃあ送ってもらっちゃおうかな」

揶揄うつもりでそう告げれば立ち上がった零くんがフッと笑う

「最初からそのつもりだよ」

こんなイケメンにこんなセリフを吐かれて落ちない女の子はいないだろう
例外なく私も多少ドギマギしている

同期のよしみで仲良くしてくれてるんだと心の中で言い聞かせる私を見透かすように零くんはケラケラと笑い声をあげた
こうやって表情豊かな姿を見れるのも同期の特権かもしれない

「そうやって思わせぶりなこと言ってるといつか刺されても知らないからね」

戸締りをして駐車場へ向かいつつ零くんに嫌味を言えば、彼は何やら少し考える素振りを見せた
それを気にも留めずにいた私だったが、彼の愛車に乗り込んでシートベルトをしたと同時に零くんに手を握られる

「わかりやすくアプローチしているつもりだったんだがな」

「え…ちょ、零くん…?」

突然のことに顔が熱くなっていくのが自分でもわかる
それに零くんが冗談で言ってるんじゃないってことも

警察学校から今まで零くんとは良い友人でやってきたつもりだ
公安配属が決まるまでは私も彼氏がいたし、配属後は目の前の事件を追うことに必死で気付けばもう29歳
今更彼氏とかを作る気にもなれなくて恋愛から遠のいていた

同期である故に他の人よりは彼のことを理解しているつもりだった、それと同時に距離があるようにも感じていた
だからこれからもその関係は変わらなくて、彼が壊れないように支えなきゃと一部下としてそう思っていたというのに…それなのにどうして今更零くんにドキドキしてしまうんだろうか

「これからはもっと直球で攻めることにするよ」

「えと…その…お、お手柔らかにお願いします…?」

脳内プチパニック状態の私のその返答を聞いて零くんはまた愉快そうに笑った









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