短編
 あなたに初恋です



初恋
それは誰にでも訪れるトキメキの瞬間
甘酸っぱくてほろ苦い思い出

勿論私にもそんな時があった

あれは幼稚園の頃…


「いずみくんのおよめさんにして!」
「え、いやだけど」


僅か2秒
私の初恋はあの時に崩れ去った
何が甘酸っぱいだ、激苦の思い出だよ
カカオ100%だよ、もはやチョコレートでもなんでもない、あれはカカオだよ







なんて過去の思い出に浸った理由は目の前にいるのは幼い恋心を見事に打ち砕いてくれた幼馴染の瀬名泉

「ちょっとなまえ、聞いてるの?」

今をときめく超人気モデルで、子役もこなしていたいわゆる芸能人
見た目は灰色のくせっ毛な髪に綺麗な水色の目をしたザ美少年って感じだけれど、性格は本当に終わってる

「この俺がわざわざ迎えに来てあげたのにさぁ、お礼の一つも言えないわけ?」

「わあ、とっても嬉しい、ありがとう(棒)」

「は?何その態度、チョーむかつく」

「てゆーか泉ここで何してんの?」

私の記憶によればこの幼馴染みはモデルとしてとてつもなく売れていたはずだ
だから高校も夢ノ咲学院とかいうアイドル育成に力を入れた学校に進学した…はずなのに、この男はなんで私の学校の正門で立ってるんだろう

「え、何なまえ、この人が前に言ってた幼馴染?」

一緒に帰ろうと傍にいた友達が泉を見て目をぱちぱちさせている
そうだよ、私が常日頃から悪態ついているあの幼馴染だよ

「あれ瀬名泉じゃない?」

「うそ、本物だ〜」

「かっこいい!」

キャーキャーと騒がれていることに気がついた泉は鬱陶しそうにため息を吐いてからヘルメットを投げて寄越してきた

「わ、わ?!」

「ほら行くよ、乗って」

泉は本当にワガママだ

昔から有無を言わせない強引さ、経験からくる自信、芸能界で生きていくための身の振り方、全てを正しく理解しているからこそワガママなんだ

友達に謝ってから泉のバイクの後ろに乗せて貰えば、スラッとしてるのに逞しい男の人の背中が目の前に現れて少し居心地が悪くなる

「(昔から知ってる泉なのに違う人みたい)」

いつだったっけ、小学校高学年の時から徐々に距離を置くようになって、中学の時にはほとんど話すこともなくなった幼馴染
いつの間にか直接話すよりもテレビや雑誌等で目にする方が多くなっていた

「急に現れないでよ…」

ずっと言えなかったけど私はずっと泉に片想いしている
好きという気持ちはそう簡単に消えるものでもないし、消そうと思って消せるものでもない

でも諦めないと、って言い聞かせてようやく忘れられるってなった時に急に現れてこんなことされたら勘違いしそうになる

「…好き」

バイクの騒音に隠れてぼそりと呟けば少し泉が揺れた気がした






「はい、到着」

「ここって…」

目の前には昔よく家族ぐるみで来ていた海
今は4月だからさすがに海水浴をしている人はいないため、波音だけが響いている

「ぼさっとしてないで行くよ」

「えっ、ちょっと待って」

ずんずん進む泉を追いかければ海岸沿いに歩いて少しした所にある岩場に出た

確かここは泉と二人だけの秘密の場所
岩場の隅っこの方に人が通れる程の穴があって、そこをくぐればその先にちょっとしたプライベートビーチみたいな空間がある

「懐かしいね」

あの頃は毎日が楽しかったっけ
泉といれるだけで嬉しかったのに、いつの間にか周りの目や評価ばかり気にして変に距離が空いてしまった

「ねえ、いず」

水平線の向こう側に沈む真っ赤な夕日を目に焼き付けてから泉を振り返れば、酷く優しい顔をした泉が私を見つめていた

何その顔…やめてよ、勘違いしちゃうじゃん

「なまえ」

「っ…何」

泉の綺麗な指が私の頬を撫でる
その澄んだ瞳が私だけを映している

「さっきのやつ、もう一度言ってみて」

「さっきの…?」

なんの事だと思うものの、バイクの後ろに乗っていた時のアレかと合点がいき冷や汗が出る
聞こえていたなんて思わなかった

それよりもなんなのこの状況

「やだ…」

「なんで?」

「だって…泉は…」

私の事好きじゃないんでしょう?

昔からずっと泉の事を見てきたから分かるよ
あなたにとって私はただの幼馴染
それ以上は望んじゃいけないんだって

「相変わらず素直じゃないねぇ
じゃあ俺が言ってあげる、よぉく聞きなよ」

「え」

「俺はなまえのことが好き、昔からずっとなまえだけを好き」

時が止まる感覚とはまさにこの事なんだろう
波音すら耳に入らなくなって、目の前の泉から目が離せなくなる

「だって…昔やだって…」

「はあ?あんな昔の事まだ引きずってんの?」

「なっ、勇気振り絞った告白だったのに!」

「あれは告白というよりプロポーズでしょ」

呆れたような泉がいつものような自信満々の笑みで顔を近づけてきた

「で、返事は?」

ああ、ダメだ

私は一生この幼馴染に勝てることは無いんだろう

自信家で努力家で、誤解されやすいけれど根はとても優しいそんな幼馴染を好きにならないわけがない

「私も…泉が好き」

フッと表情を柔らかくした泉が「よく出来ました」なんて優しい声で告げるから考えることを放棄した


初恋は実らないなんて誰が言ったんだっけ








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