でも一番はやっぱり貴方なのであって(Cas視点)
普段は憩いの場的な場所である食堂の空気が澱んでいた。端と端が特に最悪だ。たった一人コックだけが、その場にそぐわない風な鼻歌を響かせながら厨房で晩の支度をしていた。
「…………」
船長の機嫌が明らかに悪い。買い物に行くと言っていたリコリスとベポが戻ってきてからだったから、2人と1匹に何かあったのは間違いなかった。
「何やらかしたんだ、お前」
「……特には」
机に伏せってモゴモゴと答えるリコリス。何時ものテンションは何処か彼方に言ってしまったらしい。生憎と、こんな時に勘が働くペンギンは何やかんやの買い出しで居ないし、他のクルー達も遠巻きに見ているだけだ。触らぬ神に祟り無しとは、まさにこんな感じ。
おれも触りたくない、出来ることなら。
しかし、何時も何だかんだで仲がいいのを見ている身としては、ほって置けなくて居心地が悪い。おれも大概お人よしって奴だな。溜息をついて船長を横目で確認すると、依然として眉間の皺は健在中で仕舞いにはツカツカと食堂から出ていってしまった。多分行き先は自室だろう。コックがヒラヒラと手を振る。当然の如く、無視されていた。
「……はぁーあぁ」
リコリスがその様子を横目で見て頭を抱え、酸欠になりそうなため息を吐き出した。幸せが逃げていくぞ、と言ってやろうかと思ったがもはやこの世の終わりではないかといった状態で、逃げていく幸せもなさそうだ。
何故? 疑問を感じる。
本人は認めないだろうけど船長はリコリスに甘い。それを上回る程リコリスがよっぽどの事をしたともは考え難い。
「何もやってなくて、あーな訳ないだろ」
「本当に何もしてない!ただ、ユースタス屋達とお話してたら怒ったロー船長が来たの!」
――それだろ、原因。
頭の中で、やや冷めたツッコミを入れる。何だペンギンじゃなくても簡単に分かる事だった。そういうものに疎いおれでさえも分かる程のありきたりな原因。
「リコリス。……ちょっと来い」
取り敢えず、リコリスの気分を少しでも変えさせようと甲板へと出た。
しかし、甲板に連れだしてはみたものの、相当気にしている様子のリコリスはまるで青菜に塩の状態だ。このまま甲板に出しておいたら、益々萎びていくんじゃないかと心配になった。やはり食堂に戻るか? いや、ここまで来てしまえば問題をどうにかしてやった方が良いだろうなー。上手く説明出来るだろうか、……意を決して口を開いた。
「なあ、リコリス。船長が他の女と仲良くしてたらどう思う?」
「嫌だ!」
見事な即答。顔が自然と綻ぶ。
「船長もそれと同じなんだと思う。心配する事ねぇって」
船長はリコリスを嫌ってはいない。寧ろ――おれでも分かる、船長がリコリスのことを仲間とはまた違った意味で大切に思っていることくらい。当の本人は自分でも分かっていないかもしれない、無意識的なものかもしれないけれど。限りなく前者だろうけれど。
「謝れば許してくれるよ」
俯いている頭に手を置いて顔を上げさせると、リコリスはまだ不安そうな表情をしていた。
「本当に?」
「大丈夫だって、きっと今頃あの人も気にしてるから」
いや、もしかすると自分が気にしている、という事自体に気が付いていないのかも知れない。訳が分からないが、取り敢えずイライラするといった感じなのだろうか。それも普通に有り得そうだ。
途端に表情が明るくなるリコリス。たまにはキャスも良いこと言うね、は余計だが。
――しかし、あの人も変な所で不器用だ。そう思った。
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何だか大人なキャスさん。
12月25日 灯亞.
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