……現実は時にシビアなんですけれど
ガッシャーン、と今までで一番大きな音を立てて、半透明の壁が崩れた。
耳障りな音が鳴り響いていた時とは打って変わり、何とも言えない爽快感を味わうリコリス。
しかし、達成感に浸っていられるのもここまでだ。落下してから早数時間以上は経っていた。いい加減、早くこの横穴から脱出したいのである。
「ロー船長ー!」
リコリスは作業している間に日が沈んでしまった為、後ろで灯りを持っていたローを呼ぶ。
「……遅い」
暗がりの中で僅かに照らされた顔は、不機嫌そのものであった。立ち上がったローは壁穴に燭台を突っ込む。
「良かったな、まだ……ツキはありそうだ」
開けた視界の中で更に道が続いていた。よかったーと叫ぶリコリス。あれだけ苦労して開けたのだ。これでただの大穴でしたでは報われない。
さっそく進んでみるリコリス一行。
「ん、あっ……下、地面!」
足元のに違和感を覚えて、下を見れば懐かしい土だった。今までのツルツルとした感触は消えていた。一体、どうなっているんだろう。もしかすると、自分達は何かもっと、別のところに来たのではないか。
考え出したら止まらない。
そう言えば、この土壁だって人工的に作られたものの様に見えない気がしなくもない。
「ロー船長っ、ここって――」
ローの後ろを歩いていたリコリスは、彼に駆け寄った。
「……っ、ハァ」
「ロー船長?」
そして、気付いた。
雑音混じりの呼吸、尋常ではない汗の量に。
「ロー船長っ! 大丈夫ですか!?」
急いで駆け寄る。
瞬間、ローの身体は大きく傾き地に膝を着いた。戦闘でも見たことのない弱った姿。
思わず手を差しのべる。
やはり、あの時重傷を負っていたのだ。
無理して今まで歩いてはいたけれど、限界が来たのだと感じた。
「離せ。平気だ」
パシンッ。
乾いた音を立てて振り払われた手。ローは一人で立ち上がる。
そこには、はっきりとした拒絶の意志が表れていた。
「嘘です! 平気な訳ない!」
しかし、リコリスは怯まない。
ローはリコリスにとって、大切で大好きで憧れの存在だ。
道も開けて冷静になった今、どんなにローが虚勢を張り続けようとも普段との違いなんて直ぐに分かる。
「お前の専門は気象だ……医学じゃない」
尚も吐かれた拒絶の言葉。
「っ……ロー船長のバカっ!」
お構い無しに進んでいたローの足がピタリと止まった。
思わず、声を荒げていたリコリス。その瞳からは涙が次々に溢れ落ち、土に染みを作る。
初めてリコリスが自分に反抗の意を見せたのだ。
「……文句があるなら、付いて来るな」
二人にとって最悪の状況であった。
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6月16日 灯亞.
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