幾らでも手を伸ばしますよ
暫く意識を失っていたリコリス。
此処は何処だろうか?
うっすらと天上から差し込む光のお陰で、視界は良好だ。透明な壁に覆われた、まるで洞窟の様な場所。
(そういえば!)
最後に聞いたのは、ロー船長が自分を呼ぶ声だったことを思い出す。彼はどうなったのか。リコリスはローの無事を祈りながら辺りを見回した。
「ロー船長っ!」
彼は大刀の近くで倒れていた。
うつぶせになっていた体を起こして揺さぶる。リコリスの目には涙が溜まっていた。彼を見つけた瞬間全てを察したのだ。
自分の身体には大した外傷がないこと。何より、落下している間、背中に感じていたのは彼の腕であったこと。
「っ……無事かリコリス」
「ロー船長っ!」
意識を取り戻したことは安心したが、今まで聞いたこともない様なローの声を耳にして、リコリスの瞳から遂に涙が零れ落ちた。
「わっ、私はだってロー船長が! だから……っ」
「オレは平気、だ。泣いてんじゃねぇ不細工」
そんなこと言われても。
リコリスにはどうしたらいいのか分からなかった。
ローは見るからに重傷で、尚且つそれは自分のせいである。恐らく、ロー単独であれば上手く受け身が取れていた。
自分のせいで大好きな船長に怪我を負わせた。上に戻る方法も検討が付かないし、どうなるかも分からない。
そう考えれば考えるほど、リコリスは涙を止めれなかった。
「平気な筈ないです! 此処も折れてるし、此処も!」
「っだぁ! 触るな!」
ボロボロ落ちていく水滴と溢れる後悔。リコリスは最早パニック状態であった。
「医者! 医者を呼ばないと!」
「医者は俺だ、馬鹿! 少し落ち着け」
ローは、と言えば。
鼻水と涙になったリコリスの顔を見ながら、段々と冷静を取り戻していた。身体は痛むものの、それで行動が制限されるのは御免だ。彼は無理矢理に起き上がった。
「駄目です! 安静にしてて下さい!」
「だから平気だ。第一、寝ててどうするんだよ。此処は船か!」
「……」
進むしかなかった。
「ほら、歩くぞ」
ローが指差した場所には自然に出来たトンネルの様なもの。果たして上に戻れるのかは定かではない。しかし、これが唯一の道。リコリスは黙ってローの後をついて言った。
* * * * *
「…………」
「…………」
「…………」
「……やけに、大人しいな」
いっそ気味が悪いくらいだ。
何時もなら周りを跳び跳ねているリコリスが、今は後ろをとぼとぼと歩いている。
「ロー船長……」
足を止めずに振り向けば、リコリスは項垂れていた。
「なんだ?」
「ごめん、なさい」
「謝る必要が無いな。オレのミスだ」
ハートの海賊団の船長ともあろうものが、何も考えていなかった。
咄嗟に手を伸ばして、抱え込んでいた。
あの時……自分の頭の何処かが平静を保てていたならば、こんなにもリコリスを心配させることもなかっただろう。
受け身を忘れる程に、必死だったのだ。
ただ、リコリスのことで頭が一杯だった。
(……お前もそうだっただろ)
――オレが落ちる時。馬鹿みたいに真っ直ぐ飛び込んで来た奴がいた。それがリコリスだった。
「でも……」
まだ罪悪感を拭い去れないリコリス。
「しつこい、お前が静かだと気持ち悪いんだ。……悪いと思うんなら歌でも歌っとけ!」
「……! アイアイ、キャプテンッ」
-----------------
3月29日 灯亞
←→
トップへ