スモーカー/バレンタイン
窓を閉め切っているためか、煙が盛大に充満していた。視界ゼロメートル、まさにその状況になりかけている程だ。部屋にやってきた姫は、半ば呆れながらも窓を勢いよく開けた。
途端に風が入り込み、煙を連れていく。外にいた甲板掃除の船員達が急に現れた白いモヤに驚きながら噎せていた。
「お疲れ様です、煙大佐」
「スモーカーだ」
部屋を煙だらけにした張本人は、まだ葉巻を加えていた。当然の如く、火は点いていて将来の健康状態が非常に心配である。
「いいじゃないですか。伸ばし棒が2つもあるだなんて長ったらしくってやってられませんよ」
あまりの言い草にスモーカーは閉口した。
階級は同じだが、たしか年は一回りも下の筈の姫。決して物怖じしないその性格はその年齢にして上層まで駆け上がるために培われたものなのだろうか。
取り敢えず、若干眉をしかめつつもその言葉を流してやるくらいには気に入っていた。
「手伝いにでも来たのか?」
目を寄越さずに姫に話しかけたスモーカー。
しかし彼女は、まあ、そんなところよ、と返事も等閑(なおざり)に常時よりかなり膨らんだポケットから、ある包みを引っ張りだしている。ガサガサとビニール特有の音を聞いたスモーカーは不思議に思ったらしい、ついに姫の方を向いた。
刹那、その向いた顎を姫に掴まれてしまう。ガッシリ、そんな効果音が聞こえた気がした。
「煙大佐。はい、口開けてー……飲み込んでー」
歌う様な、耳に心地良いソプラノが聞こえた時スモーカーの口内に独特な味が広がった。瞬間的に眉を潜める。
「……甘ぇ」
「当たり前です、チョコだし」
唸るスモーカー、チョコ知らないんですか? と、姫は手に持ったそれを自分の口にも放り込んで笑った。机に乗っている大量の書類を隅の方に押しやり、その上に座る。言わずもがな、スモーカーはまだ作業中だ。視界の端でその行動を見た彼は仕方ないとばかりにため息をつく。
「さっき他の奴にもやってなかったか、それ」
ビニールの中に入れられたチョコなるものは何だか見たことのある物だった。
たしか、朝に執務室の窓から見えたのだ。
「あれは義理です」
ガサガサとチョコを選んでいる姫。白と桃色が見え隠れする。先程、スモーカーが食べさせられたのは白のものだった。姫は当然でしょ、とでも言うように、今度は桃色のチョコを一つ自分の口に放り込む。
「おれのは何なんだ?」
「勿論、本命ですとも」
言うやいなや、姫は机から飛び降りると、机にチョコの残りを置いて執務室から出ていってしまった。
2月14日 灯亞
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