恋次/バレンタイン
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九番隊の執務室に書類の束を運ぶ。現を抜かす程の暇があるなら貴様が届けてくるがよい、と隊長直々の命が下ったからだ。
地味に重い紙束達は、両手で持たなければ運べない重量。一枚一枚はすぐ風に飛ばされるくせに、なんてくだらない事を考えて歩いていると、思いの外早く目的の執務室へと着いた。
「書類届けに来ました」
気を利かした誰かが開けてくれるだろうと考え、少し大きめに中にいるだろう隊員に声をかける。九番隊は隊長を始め、凄く真面目な隊だ。
「どーぞ、どーぞ」
えらく気が抜けた間延びした声が中から響いた。ああ、今日は例外がいる。
しかも一人なのだろう。扉は自分で開けなければ開かないと言うことを即座に悟った。
「っ、たく……」
ガラガラと幾分か雑に開けると、小さめの炬燵に足を突っ込み、蜜柑の皮を向いている姫がいた。既に何個か食べたのであろう、書き損じた書類と思われるものをごみ箱の形に折った紙の中には蜜柑の皮が沢山かさばっている。
どうやら、薄皮も剥くタイプらしい。
「ヤッホー。阿散井恋次副隊長殿。こんなところまでどーも御足労様ですね」
「本当にそう思うなら炬燵から出ろ!」
青筋が浮かぶが、やるべき仕事は済ませたのだろう、机には出来上がった書類が置かれている。……いやいや、まだ定時になっちゃいねぇ!
「東仙体長に怒られても知らねぇからな」
取り敢えず荷物を炬燵に、ではなくちゃんとした事務机に置く。実はその炬燵は東仙が姫に買い与えた物だということを恋次は知らない。
「しかし、こんな日にも真面目に仕事する恋次副隊長は偉いと思いますよー? 世間はチョコ色だというのに」
「あぁ。ばれんたいんって奴だろ? 現世の風習だよな。隊員達がやけに浮足立ってやがる」
"バレンタイン"
主に現世駐在の任に就いたことのある死神達によって、ここ数年のうちに爆発的に広まった。
「私もばれんたいん好きですよ」
「? お前はやる方じゃないのか」
人にプレゼントするのが趣味だとかいう奴は稀に存在するが、まさかそんな訳がない。眉をしかめると、姫は俺の気持ちを読んだかの如く人差し指を横に振った。
「甘いですね。ばれんたいんが終わった何日かの間は売れ残ったチョコレート達の大特価セールが開催されるんですよ。チョコ大量ゲットのチャンス」
拳を握る姫。
「……何て色気のねぇ奴だ」
「そんなこと言っちゃって。……ちゃんと恋次副隊長殿には準備してあるというのに」
俯いたために良くは聞こえなかったが、不満げに呟かれていた声に疑問符を飛ばす。
姫は暫く炬燵の中でゴソゴソ何かをいじくっていたが、やがて、ジャジャーンといった気の抜けた効果音と共にそれを取り出した。
「えっ、……お、おう。ありがとな」
いきなりの不意打ち。
予想もしていなかった事に声が吃ってしまう。
「どーいたしまして」
姫はそんな事は気にせずに、やはり気の抜ける様な笑顔を浮かべてチョコレートを手渡した。
Happy Valentine!
(……待てよ。あいつ今、これを何処から出した?)
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2月14日 灯亞.