鷹の眼 | ナノ



29

「一生傍にいろ、宏樹」
 
薄く開いた唇と、唇を軽く触れ合わせる。今はまだこの感情を押し付けたりはしないが、理性がどこまで持つか。
既に名前で呼べと言ったときに「大事な人」と言われ、涙目で見つめられて危うく崩壊しそうになったのだ。思いもしなかったこの脆い理性で、宏樹をいつ押し倒すか分からない。
家族と言ったのは自分を律する為であり、宏樹の為でもあった。
突然独りきりになった心は、明るく振舞ってはいるがやはり時折泣いているように思えて、すぐにこの欲をぶつければ容易く壊れてしまうだろうということは簡単に想像がつく。

だからと言って諦める気は更々ない。
最初は家族愛からでいい。甘えること、我儘を言うことに慣れ触れることに躊躇わなくなるまでは。
真綿で包むように腕に囲い俺だけを見つめさせ、ドロドロに甘やかせたい。
それは紛れもない本心だ。だが、きっと宏樹はそうならない。
今にも崩れ落ちそうに揺れるくせに、強い意志を持ち前を見据えるあの目の持ち主が、そう易々と堕落するはずがないのだから。

あの食堂での一件がいい証拠だ。空を映していた瞳がスッと色を戻した瞬間。
それまで怒りで歪んでいた頭を一気に散らすほどの衝撃だった。ああ、この目だ。この目に惚れたのだ、と。
一種の敬意さえある気持ちだ。多少待たされようが大したことはない。

だが、宏樹の心が少しでもこちらに向いたその時は――。
 
「……お前だけ、いればいい」
 
何か夢を見ているのか、ふにゃりと笑った宏樹を抱き潰してしまいたい衝動を抑え、ずれた布団を掛け直した。



---第一章END---




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