鷹の眼 | ナノ



06

あの五月蝿い転校生が騒いでいて、耳障りなそれに眉を顰める。信者達の声は聞こえず、転校生の一方的な言葉を受けている誰かの声も聞こえない。
何がどうなっているのか全く分からないけど、とにかく俺は眠くて仕方なかった。
氷の冷たさも心地よく、手を握っていてくれるウェイターさんの優しさに感謝して目を閉じる。
……おじさんは、今どこにいるのだろう。不可抗力だけどこんな暴力沙汰を起こした俺なんて、厭きられてしまうんだろうな。
これからまた独りで生きていかなきゃいけない。学校は退学になって、もう施設に戻ることも出来ない。
 
「……なさ、ぃ……おじさ…ごめ……っ」
 
止まった涙がまた出てきた。もう嫌になる。こんな弱い奴だったなんて。
ごめんなさいおじさん。こんな俺を援助してくれていたのに、恩を仇で返すような真似をして迷惑をかけて。
おじさん、おじさん。一度で良いから会いたかった。感謝してもしきれないほどの幸せをくれてありがとう。また学生にしてくれてありがとう。
たまに届くあなたからの手紙は、俺の宝物でした。人柄が表れている文字はとても優しくて、何度も何度も、ちゃんとご飯を食べてるか心配してくれてありがとう。
たくさんの感謝を伝えたかった。顔を見て言いたかった。
あなたの顔に泥を塗るような真似をして、本当にごめんなさい。ほんとうに――……
 
「――宏樹」
 
びくっと、さっきウェイターさんに触れられた以上に身体が震えた。
カツンと靴音が響いて、身体の横に膝をついた誰か。俺の、名前を呼んだ、誰か。
熱い瞼をそろりと開き、綺麗に磨かれた革靴を見る。重い頭を動かしてゆっくり視線を上げて。

「迎えに来た。宏樹、一緒に帰ろう」
 
ああ、この人だ。と、思った。
襟足ほどまであるダークブラウンの髪に、少し長めの前髪。かなり高い身長に目は鋭く光って、でも俺を見るそれは柔らかい。この学園は美形が多いけど、そんなの目じゃないくらい端整な顔立ちをしている。
おじさん、と呼んでいたけど改めなきゃいけない。まさか、こんなに若いと思わなかった。
 
「ぁ、の……」
「鷹峰冬嗣。冬嗣でいい」
 
30代前後であろう人に、しかもこんなにカッコイイ人におじさんは、ない。
だけど呼ぶ名前も分からなくて、言葉にならない口を開け閉めしてたらおじさん……冬嗣さんはふわりと笑った。
 
「冬嗣、さん……、ごめっ……ごめんなさい……!」
「いいんだ。宏樹は何も悪くない。何も心配することはないから」
「で、もおれ、俺っ……!」
「宏樹、大丈夫だ。もう安心していい」
 
優しいあたたかい手で俺の頬を撫でた冬嗣さんは、その手を両目に被せるようにして「少し寝ていろ」と言ってくれた。安心しきった俺は、いい加減疲れていたのもあってすぐに意識を手放した。
 

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(121020)




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