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春の花冠2

それからは、花屋の前を通ることが日課になった。
頻繁に客は出入りしていないが、一人一人丁寧に笑顔で対応しているのを見ると苛立ちもすっと消えるから不思議だ。

「あれが黒染くんの仔猫かぁ」
「……中倉さん、」

社に戻る帰り、いつものように花屋を信号待ちを装い見ていると隣に甘すぎない香りが並ぶ。
ため息をつきながら見ると、専務秘書の中倉が財布を片手に含み笑いを浮かべていた。

「黒染くんとも在ろう者が、ただ見ているだけ?」
「……今はまだ、その時じゃないんですよ」
「ふーん。ま、そういうことにしといてあげるわ」

ポケットから飴を取り出し口に入れた中倉は、ふふふと笑いながら言う。

「そう言えば、今度従姉妹が結婚するらしいのよ。お花予約してみようかしら」
「…………」
「黒染くん、番号知らない?」

視線を逸らさないまま、わざとらしく携帯を持つ中倉。
なんの表情も浮かべないまま見れば、冗談よ冗談。と引き攣り笑いで携帯をしまった。

「マジなんだ?」
「……」
「まあ見るからにいい子そうだもんねぇ」

あの時助けたお婆さんは、花屋の常連になったらしく今も目の前で店に入って行った。
満面の笑みでそれに応える青年に、無意識に微笑みがつられる。

「……うわあ、美形のマジ笑顔半端ないわ」

ざり、と一歩引いた中倉に顔を向ければ「女子達は本当上辺しか見てないのよねぇ、こんな悪い奴なのに」と、言うだけ言ってさっさと背中を向けて歩いて行ってしまった。
視線を戻せば彼の姿はなく、奥に行ってしまったのだろうと思い社に戻ることにする。


そろそろ見ているだけというのも、やめにしよう。
いつどこで誰が、自分と同じように彼を見ているか分からないのだから。この身の内の獣が大人しくしている間に、捕まえに行かなければーー。





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