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春の花冠

TAKAMINEと言えば、知らない人間はいないんじゃないかという程に有名な大企業だ。そんな大企業で営業課長なんて立場になっても、俺を取り巻く環境は忙しい仕事と媚びへつらう人間が増えたくらいで、大して変わっていない。
毎日毎日、自分を売りに来る女達は今日も纏わりついてくる。ベタベタに塗りたくった化粧と男を見つけるのに必死で仕事のひとつもまともにしない人間を、誰が好き好んで相手をすると思っているんだか。いくら顔立ちが整っていようと仕事が出来ようと、群がる女のレベルは低い。しかも笑って受け入れているようで全てを突き放しているのだから、傍から見ていて面白い。……というのは長年付き合いのある企画課長の言葉。
だからか幸いなのは部下や他の男性社員から、26という若さで課長になった僻みや嫉妬を向けられることなく同情されていることくらいだろう。

「あのおばあちゃん、大丈夫かなぁ?」
「ホントだぁ、心配だねー……」

今だって、向かいのビルの前で転んだお婆さんのことを心配してはいても、素振りだけ見せて助けに行こうとしない。すぐそこに横断歩道があるにも関わらず、だ。
ちらちらこちらを見てアピールしてくる女の視線をわざと気付かない振りをして、横断歩道を渡る為にボタンを押す。
ここは押ボタン式だから、少し時間が掛かってしまう。貴重な昼時だからか、荷物をばら撒いてしまったお婆さんを助けようとする者はいない。誰一人として手を貸そうと躊躇うこともしない人間達、まだかまだかと信号を睨む俺に、「黒染さん優しいーっ」とニコニコ笑う女達にも苛立って仕様がない。

「あ、でも大丈夫みたいですよ?」

女子社員の一人から上がった声に、信号機からお婆さんに視線を移す。
ビルと同じ列に並ぶ花屋から出てきたエプロンをつけた細身の青年が、持っていた鉢を慌てて置いて走り出していた。
四方八方に残されていた荷物を一つ一つ取って、お婆さんに声を掛けて笑う。
お婆さんをゆっくり立たせた青年は、荷物を両手に持ち一緒に歩き出した。

「おばあちゃん無事でよかったですねぇ」

青年がお婆さんに声を掛けた時点で女達の興味はなくなり、どこでご飯を食べようかなんて話していて、しかも最後にこの台詞。呆れてものも言えない。
五月蝿い女達の言葉に何も言わない裏で、青年が出てきた花屋の店名を脳にインプットした。




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