ローの静止を振り切ってベッドから降り甲板への扉を開けると、そこはある島の一角…港とはまるで違い、ポーラータング号は岸壁に碇泊していただけのような佇まいだった。すぐ目の前に広がる地面と森の深い緑を見つめ、はるなは躊躇いがちに後ろでため息をつくローを見上げる。

「……ルフィはどこに…」
「……まァ、お前相手にあいつもいくら正気じゃないからって殴りかかったりはしねェだろうが……あまり気乗りはしないな」
「?……どうして…」
「………ルフィ君は今、森の中で1人戦っておる」

そう、木の影から現れたのは、マリンフォードで、……正確にはインペルダウンでエースと共にいた"はず"の海峡のジンベエだった。はるなの記憶にも残っている、彼は確かエースとルフィを逃がそうとあの時海軍たちと戦っていた。
はるなは彼の発した言葉を必死で手繰り寄せるように、船首へと走り寄り声を張り上げこちらへと近づく巨体へと投げかける。

「戦ってるって……他の皆はまだいないんですか!?」
「他の…麦わら海賊団か、難しいのう、この“凪の帯”を超えてここまで来るにはまだ状況が悪すぎる…それにルフィ君が戦っておるのは海軍ではない……自分自身とじゃ」
「……っ……」
「お前さんも彼の仲間なら…今あやつがどういう心境なのかは理解できておるじゃろう」
はるなはジンベエの苦々しい面持ちを受けて、ゆっくりと頷いた。
エースを失った今、私以上に辛いはずだ。
はるなが思っている以上に時間が経っていなかったことを理解すると同時に、ゾロさんも、ナミさんも、ウソップさんサンジさん…他の誰もこれない事が。よりいっそその孤独の重さがのしかかっているはずだ。
烏滸がましいことは分かっていながら、はるなは痛む体を前のめりに船から出しジンベエへと叫ばずにはいられなかった。

「……私を……ルフィの所へ連れていってください!」

「……ロー君、構わんか」
「おれが口出せる事じゃねえよ、…ただ、おれは麦わら家が手を出さないとは言い切れないと思ってる、怪我人をみすみす1人で行かせる事は許可できねえな」
「……そうじゃな、ワシもあやつのあの腑抜けにこれ以上付き合うつもりはない、エースさんとの付き合いもある、一緒に行こう」
どこか怒っているかのようなジンベエの振る舞いにはるなは戸惑いながらも、ローに抱き上げられそっと船から陸地へと足を下ろす。戦場で何度も見たはずなのに、いざこうして近づいてみるとまるで違うシルエットの差にはるなはとるべき距離を図りながら、ゆっくりと足を踏み出し歩調に問題がないことを確認する。
「問題なく歩けるか?」
ローはそっとはるなの腰を支えながら手のひらで体の節々を確かめるように触れる。
ベッドから降りる前に簡単な触診を受けてはいるものの、青キジや赤犬の攻撃すらも受けた体に蓄積されたダメージははるなが思う以上に酷かったのだろう、無理にでも止められるはずの彼がそれでも行かせてくれるのは、それほどまでにルフィが今過酷な状況だということに他ならない、そう思えばはるなは軋む腰骨や動くたびにチリチリと熱を放つ肩なんて気にしてはいられなかった。

「……はい、ありがとうございます。いってきます」
ローは鋭い視線を一旦空へ躊躇わせ、やがて優しく彼女の頭を撫でるとそのままジンベエへと目を向けた。
ジンベエはゆっくりとはるなの体調を気遣いながら歩き出す。
懐かしい匂いが森の中に踏み入れた途端にふわりと彼女を包んで、はるなへ不思議な感覚を抱かせる。
深く続く森の中へ、歩みを進めた。


「くそォオ〜〜〜〜!!!おれは弱い!!!………!!!何一つ守れねェ!!!」


やがて、ジンベエに連れられ歩いていくと、木々が薙ぎ倒され岩が割れたひらけた場所で、悲痛な叫びを1人あげる彼がいた。

「………ルフィ君」
ジンベエは立ち止まったはるなをその場に、ゆっくりと歩み始め声をかける。
ルフィは蹲ったまま額を岩に押し付けて、振り向くこともなく叫んだ。

「向こうに行け!!!…一人にしてくれ!!!」
「そういうわけにもいかん…これ以上自分を傷つけるお前さんを見ちゃおれん」
「おれの体だ!!!勝手だろ!!!」
「___ならばエースさんの体も本人のもの 彼が死ぬのも彼の勝手じゃ」
まるで、ルフィの投げ捨てるかのような言葉を刺すようにジンベエが返す。
わかっていて“その名前”を口にしたのだろう、ルフィはかっとなってジンベエへと体を向き直した。

「お前…!黙れ!!!次何か言ったらブッ飛ばすぞ!!!」
「それで気が済むならやってみい……こっちも手負いじゃが、今のお前になど負けやせん…!!!」
「ま、待ってジンベエさん…!そんな事言ったら…!」
はるなが驚いて足を踏み出した時にはすでに遅く、ルフィは反射的にジンベエへと右手を構え走り出していた。
しかし限界を迎えていたルフィの動きを容易く読んだジンベエは繰り出される右手を掴みいなすように軽く地面に投げ倒す。
激しい地鳴りが響き、ルフィは苦しそうに痛みの声をあげている。

「いっ……!!!痛で…!!!ででで…!!!」
一心不乱に、怒りのぶつける先を見失い、まるで子供のようにジンベエの腕に噛みつき返したルフィは、ジンベエの手に頭を捕まれ岩石に叩きつけられた。
「痛いわァア!!このガキャア!!!」
「…!!!ウ…………!!!」
「もう何も見えんのか!!お前には!!!」
「………!」
ゆっくりと、はるなは2人の元へと近づいていく、ジンベエの声が頭に血が上っていたルフィの脳へと叩きつけられ、次第にルフィの抵抗は大人しくなっていき、その言葉の重さが、目を背けていたルフィ自身へとのしかかる。

「どんな壁も越えられると思うておった"自信"!!」
「疑う事もなかった己の"強さ“!!!」
「それらを無情に打ち砕く、手も足もでぬ敵の数々…!」
「この海での道標じゃった"兄"!!」
「失くしたものは多かろう…!」
「世界という巨大な壁を前に、次々と目の前を覆われておる!!!」


「それでは一向に前は見えん!!後悔と自責の闇に飲み込まれておる!!!」
「ぅう……!」
「ルフィ…!!」
頭を抱えるルフィに、はるなは我慢できずに走り寄った、岩を背に座り込んだルフィがようやく彼女の姿を目に捉える。しかしその目はあまりに冷たく、苦しさから逃げ出すようにルフィはぎゅっと目を閉じて腕を振った。

「はるな…!くんな!!!おれにっかまうな……!」
「いや……!」
「おまえっ!!」
「そんなのできない!!……できないよ……ルフィ一人ここで泣くのを見てるなんて、ぜったい…………!!」
ルフィは強くめを縛るように閉じたまま震えていた、ジンベエの前にまで進み、はるなはそっと、その小さな体を抱きしめる。
あんなに強く、明るく、自由な彼が、いまははるな1人の胸の中で抵抗もできずに怯えている。
その痛みが、まるで体温を通してはるなにも伝わってくるようだった。

「はるな、っ、おれっ……!!」
「いいよルフィ、泣こう?つらいって思う気持ちは絶対に忘れられないから、目一杯苦しもうよ、でも、一人で抱えるなんてダメだよ……みんなが……私が、ここにいるのに……!」
「ここに……」
「怖がらないで…!今あなたの目の前にいるのは私だよ!あなたが大好きで………あなたのそばにいる人が、ここに、ちゃんといるのが見える……?」
ルフィはゆっくりと目を開けて、はるなの顔を視界に捉えた。大きな瞳には雨粒のように涙が湧いて溢れ、頬を伝ってこぼれ落ちていく。
「……うっ、ウウッ、はるな…………!」
ジンベエはルフィを見下ろしたまま、怒りのように声を荒げる。
「何もかも失ったと思っとるんか、今お前の目の前にいるのは何だ!ルフィ君!ちゃんと見ろ!!」
「はるなが……いるんだ……」
「そうじゃ…確認せい!お前にまだ残っておるものは何じゃ!!!」

ルフィはジンベエの声と、涙を浮かべるはるなの顔を交互に見て、震える手のひらをゆっくりと持ち上げた、両手で静かに指折り数え、……そのひとつひとつが何かをはるなは理解して、じわりと涙を溢れさせるルフィと一緒に瞳に涙を浮かばせる。
ルフィは闇の中から空を見上げるかのように、光刺す方で自分を見守る笑顔の姿を思いだした。



「仲間がいるよ!!」





back



- ナノ -