時間が経つのは、あっという間だった。
一つの島で釣りをして、海戦を避ける海賊たちを見送って。
海軍が来た時は前線に出ようかと思いもしたが、白ひげ海賊団のみなさんの圧倒的な力量差に……なんだか打ちのめされている海賊たちが可哀想に思えて、船室の窓から見ているだけで精一杯だった。
ミズミズの実だと明かすことは躊躇われたが、大嵐がやってきて逃げ惑い、走り回る彼らを見た時に我慢できずに能力で海を沈めたときはどうしようもなかった。隠し事を申し訳なさそうに頭を下げて謝るはるなに、彼らは大きな宴で祝い尽くした。

「やっぱお前、めちゃくちゃ強いんじゃねえか」
「”引っ込んでろ”って戦わせてくれなかったくせにがっかりしないでよ」
「…ま!隊長の座はまだまだだからな!お前は二番隊の下っ端として頑張ってもらうぜ」
「え〜狙ってないし二番隊に入ってたのも初耳だけど…っ!?」

大家族という名前が本当に似合う、楽しいひと時だった。
その時にサッチさんが”あの”悪魔の実を見つけたときは、いっそこっそり捨ててしまおうかとすら思った。
ヤミヤミの実がなければどうなっただろう?そう考えていた日々だってある。
ティーチとの距離感を図りあぐねて思惑を見透かされないように中途半端に接するのは勇気がいり、不自然なほど丁寧に接していたサッチさんは逆にエースの部下だった事もあり「隊長に怒られちまうよ」と困ったように笑っていた。
優しい人だと、知れば知るほど悲しくなり。綺麗すぎて知りたくない事を知ってしまっては勝手に怖くなっていた。
そんな日々が辛かったのも、事実だ。


だからこそ、いつもよりずっと綺麗な満月が、私を起こしたのかもしれない。
真夜中の海に浮かぶ巨大な海賊船を照らす、星月夜。
冷たいくらいの夜風が外に出る自分の肌を撫でた。
その時、なんとなく”その時”だと感じたのは、なんの因果なのだろう。
はるなは甲板から小舟へと降りる、そこに向かい合っていた2人の男の……片方の焦燥し切った表情を見て、
(ああ、きてしまったのだ)
そう、理解した。


「ティーチさん」


はるなの言葉に、降りてくる足音と気弱な殺気で気づいていたのだろう。ティーチはゆっくりと笑みを浮かべながら小舟に降りてきた彼女を出迎えた。
「なんだはるなか、仰々しい顔してどうした?」
「……はるな」
向かい合っていた男………サッチの抱えていた実を見つめるはるなは、彼の緊迫した顔に向き合い手を伸ばした。
「サッチさん、それを貸してください」
「はっ…?」
「あ?」
突然の事に驚いたのだろう、サッチは近づいてくるはるなはそのままそっと悪魔の実を取ったのを黙って見つめていた。腕の中に収まった異物ははるなに何かを訴えるかのように叫んでいる、轟きは嫌悪感を呼び寄せるかの如く重たく空気の温度を下げる。
はるなは受け取った事でティーチの笑みは無くなっていた事も気付いていた、だからこそ、躊躇わずティーチへと振り返った。
「ティーチさん、これを持って、今すぐこの船を下りてください」
ぴくりと、ティーチの眉が歪む。
「はるな?何言ってんだ?そもそも…ティーチはこんな所に俺とこの実を呼び出してどうしようってんだ」
サッチはまだ、何が起きようとしているのかを理解してないのだろう。
はるなは全てを語るほど冷静にはなれず、数メートル先で、まるではるなの動きを楽しみに、嘲笑うかのように待つティーチに続ける。
「……私もサッチさんも、貴方が船を下りたとだけお父さんに伝えます。」
「ゼハハハ、お見通しってワケか」
手を伸ばして、実を向けているというのにそれを取らずにただティーチは笑っていた。
腰からゆっくりと銃を取り出したのに気付いた時には、ティーチが殺意しか持っていなかった事を知るには遅すぎたのだ。

「だがよ、おれァ反逆としてこの船から下りてぇんだ!コソコソ実を盗むチンケなこそ泥にはなりたくねぇな!」
指先が曲がり鋭い発砲音が響く、サッチは驚いて目を閉じた。
ティーチが向けた銃口の先にいたはるなは、その場で苦々しい声を漏らして膝をついた。
「がはっ…はあ……!」
声を聞き、彼女が打たれたのだと理解してすぐさまサッチは駆け寄った。

「はるな!?なんでた?お前の能力なら……」
「ゼハハハそんな事もわからねぇのか?!今能力ではるなの体を球が貫通したら、当たるのはお前だろうが!サッチ!!!」
「ッ!?」
サッチは青ざめ、ぐったりと倒れる彼女の肩を支える、下腹からは大量の血が流れて、血に塗れた悪魔の実をティーチはゆっくりと手に取った。
「なあはるな、……お前はいい奴だ、おれの仲間になれよ!おれァ弱すぎる女を仲間にする趣味はねえが…お前なら適任だ!」
ティーチの囁くような誘いに、はるなは息も絶え絶えに睨みつけた。
「……はやく、船を下りてください」
「あん?」
「貴方はもう、家族じゃありません……!」
「……ゼハハハ、おれァ家族と思ったことはねぇよ、一度もな」
その銃口がサッチにむけられていると気付いたときには、すでにはるなの意識は夜の闇深くへと沈んだ後だった。


「はるな?!はるな!!!」

声がする。
毎日自分にちょっかいをかけては、一緒にマルコさんに怒られて、反省して、街を遊びに出ては夜遅くまで走り回った彼だ。
……お別れがくるって、分かってたのに、仲良くしすぎちゃったんだ。


「エース……?」
「待ってろ!船医が助けてくれるって、お前を、すぐっ……」
「いいの、ねえ、エース聞いて?あのね、……」
隣で眠るように倒れるサッチさんが目に入った。ああ、失敗したのだと理解した。
自分は、サッチさんを守れなかったのだ。
エースの悲痛な叫び声が頭上にこだまする。悲しそうな、悲痛な声が響く。
そんな顔しないで、そう言いたいのに。言葉はうまくはるなの喉から出なかった。
ゆっくり、自分を起こそうとするすぐ側の顔に手を伸ばす。
泣いているのだと、冷たい一筋が人差し指に触れてわかった。

「エース…あなたは一人じゃないよ、……ずっと、ずっとみんながいるから、だから、……お父さんをお願い」
「やめろ……そんなお願いするんじゃねえ…!」
「私、あの人大好きなの、……尊敬してるの、あなたが、あなたが守ってあげて……」
「はるな………!?」

喉の奥から競り上がる血で言葉が続けられない。
痛みが腹から下の感覚を奪い、寒さと眠気だけがはるなを支配していく。
死が近づいているのだと、理解した。
こんな感覚を…前にも感じた気がする。
激しい熱と痛みと…寒さ。
彼女はゆっくりと、瞳を閉じた。


「はるな!!!!!!!」



未来を変えようとするから、こうなったのかもしれない。
これは罰なのだろうか、私という異端への。
でも…でもそれなら、これ以上、どうしろというのだ。私に
どうすれば………







「やめろよい!!!エース!!!頭を冷やせ!!!」

「オヤジが今回は特例だって言ってんだ…追わなくていい!」

「放せ!サッチはおれの隊の部下だ!それにはるなは…おれが…おれが連れてきたんだぞ!!!おれの責任だ!!!」

「これを放っておいてっ…殺された2人の魂はどこへ行くんだ!」

「エース…いいんだ今回だけは…妙な胸騒ぎがしてなぁ…」

「あいつは仲間をっ家族を殺して逃げたんだぞ!!何十年もあんたの世話になっといてその顔に泥を塗ったんだ!」

「何より親の名をキズつけられて黙っていられるか……おれがケジメをつける!!!」

「エース!!!!!戻れ!!!!!!!」





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