白ひげ海賊団のモビーディック号が停泊したのは、大きく栄え街に人たちが賑わい集まる巨大な都市だった。
国というよりは街という作りをしたそこは漫画で見たローグタウンによく似ていて、海賊たちもぞろぞろと顔を表していた。商業に明け暮れる商人たちは様々なものを露天に並べ、街に現れる海賊を恐れるというよりも、交渉上手な彼らの声は華やかに街を飛び交っていた。

「ここはよ、観光街としても人気だったからタイミングがいいぜ、色々上手い飯屋もあるらしいしよ」
「そうなんだ……確かに、美味しそうなお店がいっぱい並んでる…!」
「ほらあれ!お前好きそうじゃねえか!」
エースと手を引いて入ったのはバニラとバターの匂いがふわりと漂うクレープのお店だった。
ヨーロッパ風の外観はおしゃれなカフェの作りになっていて、テイクアウトで持ち帰れるのだろう、若い女性たちが片手にクレープを持ってにこにこと笑顔を振りまきながら歩いていた。
久々の普通のお店の見たことのあるスイーツの匂いに、はるなは思わずエースを引っ張った。

「よし!あれ食べようっ!」
「よしきたっ!」

エースと歩いているだけで海賊だという風貌が役に立ったのか、柄の悪いおそらく同業者の類はちらりとはるなを一瞥しては、隣のエースの姿に驚いてそそくさと背を向けている事が何度かあった。
やはり、白ひげ海賊団2番隊隊長。世間では“火拳のエース”で通ったその名はそれだけの力があるのだろう。
はるなはお店に並びそれぞれ選んだクレープを受け取る。支払いを済ませて振り返ったエースはすでにクレープを齧っていて、たまらずはるなは笑ってしまう。
「ねえ、エースがお腹空いてたんでしょ?先にご飯食べにレストラン入ればよかったね」
「見た時に食べたくなっちまったから…んぐ、気にすんな!」
「ありがとう、奢ってもらってばかりになっちゃうね……拾って貰った恩もあるし…エースにも何かお礼がしたいな」
「バカいえ…オヤジの事を思えば幸運だったのはおれ達のほうだろ…ほら、クリームつけながら喋ってんなよ」
「ふあ」

ほっぺを指先でぐりぐりと押されると、唇の端についた生クリームに気がついた、慌てて舌で舐めとりながら他のお店を回る。
エースは興味のなさそうな宝石店や、洋服、花屋や帽子屋まで見るか?としきりにはるなに聞くために笑顔で振り向いた。
それに頷くたびに、心が締め付けられるような…、どうしようもない寂しさがはるなを襲う。
初めて知る一面は、どれも彼の優しさでできていて、ショーウィンドウに飾られたスカートを指す指や、アイスを見てきらきらと頼もうと走り出す子供のような足、漫画では知らない。彼の姿だった。
(どうしたら…どうしたらいいんだろう)

あの時の、マリンフォードの戦いはだいぶ先だ。
まだ…エースは白ひげの元にいる、インペルダウンで捕まっていない。
でもそこから先全ての運命を変える事ができるとは到底思えなかった。
だからといって、このまま彼と別れるのか?

「なあ、むさ苦しい部屋で過ごすんだ、花飾ろうぜ」
「ふふ、エースって意外と乙女心がわかる人なんだね」
「見直したか?」
エースは花屋の店先に陳列されている様々な種類の花を見る。
詳しくはないのだろう、一通りぐるりと視線をあてて、はるなに振り向いた。
「何色が好きだ?」
「えと、赤かな」
2人の悩んでいる姿を見て、店内から女性がやってくる。
「あら、よければ繕いましょうか?」
「お願いします!花瓶も合わせて買えるといいのですが」
「ええ、ありますよ、リビングに置きますか?」
「「リビング?」」

店員も2人の顔に驚いたという顔をしたが、しばらくエースの格好を見て合点がいったかのように慌てて頭を下げる。

「あっごめんなさい!てっきりご夫婦なのかと思って…船に置くようですね!」
「ふ」
「ふうふ」

エースとはるなは目を合わせて、困ったように曖昧に笑い合った。


まとまった花束と花瓶、さらに新しく買い足した2人の洋服を持って、モビーディック号へと向かう道すがらエースはふとはるなに話しかける。

「でもよ……はるなはどこまで行きてえんだ?うちの船なら大抵の場所に行けると思うけどよ」
「どこか島で……えっと……」
「強くなりてえなら、別にうちでもいいと思うんだけどよ」
エースはそれを匂わせたいのだろう。けれど別の海賊団を引き入れることに独断は難しいことも理解してか、はるなの態度を伺っては大股で歩き出す。
はるなは先ほどまでのデートのような夢のひとときから一変して、自分のこれからを思い俯いた。
下りて、ルフィ達を探す?強くなるなら、……どこで再会するのが正解?
本編の日時経過を正しく把握していないせいで、1日会わないだけで彼らが何をしてるかもはるなには予想がつかなかった。

ウォーターセブンにはあと何日でつくのだろうか……ここから距離はあるのか?
そうだ今ここはどこだ?
空島から時系列をなぞれば、W7、スリラーバーク、……その間にエースは、先にするべきことは何だ?
「………あ」
そうだ、あるじゃないか
今から起きることが…止められるかもしれないことが。
「はるな?どうしたんだ」
エースは立ち止まったはるなへ振り向く。
何やらぶつぶつとつぶやいて黙り込んだままの彼女に近づいて、そっと顔を覗く。
「おーい…」
「そうだ!!!!」
「うぉ!?」

エースさんを…、ティーチの暴走をくい止めることだ!

「……なななんなんだ?はるな?どうしたんだ!?」
「エース…私……やってみるから…だから……!」
「?お…おう…?」
「っ…頑張る…!」

きっとどこかのタイミングで、この白ひげ海賊団に大事件が起きるのだ。
騙してしまうことになるかもしれない。けれど、私は、私に出来ることは、これしかないんだ。


サッチさんを救おう。たったひとつ許された命なら、私は運命を変えてみせる








「ほらはるな!お前も飲めよ!」
「お酒は飲めないんだって…!!」
「なんだよつまんねえな〜」

その夜は久々の宴だったらしい、元々、船長が療養の身で大きな騒ぎをするわけにもいかず、命令がなくとも船員はそれぞれ自重して酒を控えていた者も多くいたらしい。
はるなの力で体の状態が回復したとわかり、漁港に止められたモビーディック号は店から運ばれた大量の料理や酒に溢れていた。
灯りや炎に囲まれて樽の酒を飲み干し歌い、中にはギターを持って縁に座り歌い出す者もいた。
まさにどんちゃん騒ぎを甲板の一角で見ているはるなには、麦わらの一味が漫画でやっていた宴とはまた違う、どこか大人っぽい雰囲気に映画を見ているように見惚れていた。
(夢の国のあれみたい…まあ舞台は似てるしな?……)

「エースもあっちで飲み比べしてきていいよ?私は見てるだけで楽しいから」
「ははっ、あいつら久々の大酒だからハメ外しすぎなんだよ、おれはもっと大人らしく飲むぜ」
そう、ウイスキーのようなものをごくりと飲む姿を見る。
酔っていてどこか落ち着いた姿は、……改めてこの距離でみるとすごくかっこよくて、はるなは宴の熱で熱くなりそうな頬を冷やすためにグラスを顔に押し当てる。
「次の島でも宴するのかな?」
「どうだろうな…次はもう新世界への準備があるんだ、そうしたらまたバタバタするだろうさ」
「新世界?」
「ああ、知らねえか『偉大なる航路』後半の海域の事さ、白ひげは以前にも言ってナワバリを持ってたりするんだが、おれは行くの初めてなんだ……白ひげのナワバリ、魚人島にさ!」
「魚人島……」
いよいよ、聞いたことのない言葉が羅列し始めてはるなはぐるぐると頭を悩ませる。
あんなにお昼は意気込んだというのに、本当に大丈夫だろうか?
(というか…白ひげさんと一緒にいたら絶対ルフィたちよりも先に進んじゃうし…サッチさんとティーチの戦いを止められたら、その段階でルフィがくる、ってああ!?そういえばスリラーバーグのある魔の三角地帯”って普通は見つからないんじゃ!?とことんすれ違っちゃう……)

「おーい…はるな?」
「いや!考えても無駄!私も飲みます!!!」
「おっマジか!よし乾杯しようぜ!!」

はるなの持つグラスに酒を注ぎ、2人は派手な音を立てて打ち合う。
ずいっと飲んだ初めてのお酒は苦くて舌がヒリヒリして……少しだけ、後悔した。




「……ん?……あ………あれ?」

それで、まあわかりやすく私は目が覚めたらベッドの上だった。

「………潰れるほど…飲んだかな……?」
「いやお前、グラス一杯でベロベロだったぞ」
「あ、そうなんだ…やっぱりお酒はやめておいた方がよかったね……て」

ん?

そうはるなは驚いて寝転がっていたベッドの横を見ると、同じく横になって頭を手で支え、見覚えのある素肌を晒したエースがいつも身に付けているアクセサリーを全て外してそこにいた。
はるなは数秒、下手したら数十秒固まっていたかもしれない。
以前動かない彼女に痺れを切らして、エースはずい、と顔を寄せる。はるなはびくりと派手に肩を揺らした。

「お前も楽しめたろ?」
「……へ?」
「可愛かったぜ、お前」
「あ、ぁ、えっ、……本当に……?」
「ああ」

…………

………

「…………ごめんなさいっ!!!!!!!!!」
「へっ?!」

はるなは慌ててベッドの上に座り込んだ。土下座の姿勢で距離をとり、思わず呆れた顔をして横になるエースの前で頭を下げる。
「そんな私!!!酔った勢いとはいえ、そんなっ、エースさんと!!!その……は、はじめてなのにっ、不慣れなまま付き合わせてしまって……!!!!」
(うそでしょ…うそ!?私…酔った勢いでエースさんと……!?ああ……ルフィごめんなさい!!!!)
始め、何を言ってるのかわからなくなったエースだったが、何度もおもちゃのように頭をペコペコする姿を見てゆっくりと口を開いた。
「……はじめて?」
「……あの、」
「ヤってねえ」
「え?」
エースはあ〜…と罰が悪そうに頭をかいて、はるなと同じくベッドの上であぐらをかいた。
「嘘だ、昨日の夜は俺たち何もなかったぜ」
「…………えーと」
「処女なのか「わーーー!!!!!」

はるなは真っ赤になってエースに跨がり口を手で覆う。必死すぎると言われてしまうかもしれないが、はるなにとっては私生活でも中々言わないような話の内容で、羞恥心を隠すことはできなかった。
「言わないで!絶対誰にも話さないでね!!!」
「は!?なんでだ?」
「だって、そんな……!?恥ずかしいに、きまってるじゃない……!」
ぎゅうぎゅうと口を抑えようとする彼女の暴れっぷりに、エースはたまらず両手をあげてギシリと揺れるベッドの上で自分に覆い被さる彼女に降参をアピールする。
「わ、かった!わかったからどいてくれ!」
「あっ……ごめんなさい」
思わず馬乗りになっていたことも忘れていたはるなは慌ててベッドに座りなおす、改めて見るとエースはパンツ一枚だったが、自分は宴の時の私服のままだった。あーあとつぶやいているはるなの側、エースがあぐらをかいたまま黙り込み、はるなをじとりと見ていることにはすぐには気づかなかった。
「………マジかよ」
「……?あの、エース?」
「誰にも言う訳ないだろそんなの……お前な………」
「あ、ありがとうございます……?」
「…………」


顔を逸らし体を縮めたエースの、赤い顔の意味はわからなかった。






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