「おーおー……普通の女の子じゃねえかよぃ」
「あはは……別に初めから私は特殊な人間なんて言ってませんよ!」
「十分特別な出会いだったと思うがねぇ……見えるか?もうすぐ次の島だよぃ」
船首近くに立つマルコさんの元へ近づいたはるなを振り返っって見たマルコは、エースに着飾られた”普通の服”を着ている彼女を見て微笑んだ。
「大きな島ですね…!すごく栄えてそうです」
海猫がちょうど漁港を目指し飛んでいく、風は緩い温度で2人の肌を撫で、帆をはためかせる。
久々の心地いい風に落ち着いた体調と合わさってはるなは両手を空に伸ばし背を伸ばす。ばたばたと風にゆれるワンピースを抑えて、船の縁から海を見下ろした。
「ありがとうな嬢ちゃん、……本当に、いくら礼をしたってたりねぇよい、おまえさんが俺たちの……親を救ってくれたんだ。おまえさんの能力でオヤジの体力は脅威的に回復してる。どんな魔術だぃ?」
マルコは不思議そうに、だが目の前の少女の力を理解しきれず困ったようにはるなの横に腕を下ろし横目で見る。
「そんな、大袈裟です…病状がどれくらい良くなるかは正直、見当がついてなかったんです」
「与えられたギフトを…まるでオヤジに与えるためにエースが拾ってきたようだ」
はるなは緩やかに笑って首を振る。マルコの優しい瞳に頷きたい気持ちと、未来からきたという矛盾を抱えている自分の図々しさを思えば……確かに天使のように無意味に奉仕しているみたいにみえるだろう。
それをただの善意だと思ってもらえているのは、良心の呵責というのは言葉が過ぎるのだろうか。

「……オヤジはあんな言い方をしたけどよ、お前さんこと心配してくれてんだよぃ」
「……3日も白ひげ海賊団さんの船で寝込むなんて、逆に世間に心配されそうですよね」
へらりと冗談を言ったつもりだったが、マルコも既にはるなの素性はなんとなしに見通しがついているのだろう。
行く宛もなく、仲間もいない、フラフラとした能力者。
……思いつくのは孤児の盗人、海賊から見ればたった1人であの能力を持て余し、逃げ回っている問題児に見えるだろう。
エースのはしゃいでいた笑顔を思うと、まるで幼稚な子供として囲われている気持ちで後ろめたさすら湧いてきた。
うまく世渡りできないくせに……彼らの運命を引っ掻き回しているのだけは事実でも、それをいうことはできない。
中途半端に俯瞰で彼らを見ていた気持ちが、はるな自身の言葉を弱々しくさせる。
マルコはそんな彼女の焦燥をあてのない人間特有の弱気さと見たのだろう。説得させるような口調で、優しく肩に触れる。
「考えてくれねぇか?娘に、……おれたちの妹になっても悪かねぇと思うんだよい」
「……そんなに、私って変な人ですか?」
「別にうちは動物園じゃないぞ」
「でも……」

その時ちょうど、はるなを探していたらしいエースが船室からこちらに走ってきた。

「はるな!オヤジが呼んでるぜ!」
「あっありがとう…!」

エースに言われるままはるなはついていくが、室内にあるエドワードさんの船長室に向かっているらしい。
あの巨体の寝室となる部屋だけあって、地下の大部屋にあたるのだそうだ。エースは船内を案内するたび誇らしげにあちらこちらを指さすが、常に一拍をおいたはるなの煮え切らない態度に両腕を頭の後ろに置きながら話し始める。
後ろをついていたはるなにその表情は見えなかったが、その悠々とした後ろ姿はなんだかルフィを彷彿とさせた。
「……おれも家族の事情っつうか、……人それぞれ色々あると思うけどよ、オヤジの娘になったら、おれたちが絶対お前を幸せにするって誓う」
「エース……」
「オヤジは最高の親だぜ、それだけは確かだ」
「………」
はるなは思わず歩きながら俯いた。
ちがう、違うよ、私は白ひげを父親として相応しくないなんて思ってるわけがない。まして、父親の存在を毛嫌いしてるわけじゃないんだ。
そんな、身勝手な感傷で、不幸ぶるつもりなんて…
ノックをして大きな扉を開けると、部屋の椅子に腰をかけていた白ひげと目があった。酒を飲んでゆったりと腰掛けるその姿は、改めて見ると始めて対面した時よりも顔色が鮮やかなように見える。体に刺されていた管がなくなっていることも、はるなの能力の結果なのだろうか。
「きたか」
「あの……お体のほうは」
「お前のおかげで、20年若返ったくれぇだ、グラララ」
随分と上機嫌な彼にはるなは酒を勧められたが、一応現実世界でも飲めない年齢だし、柔らかく首を振った。
背筋をしゃんと伸ばして、椅子に座る彼の近くに立つ、大きな膝から見上げるように丘となっておりすぐそばに座っているのに、それでも距離があるように感じられる。
「……この船に乗ることの意味を、重々承知しているつもりです、……私は戦えません。船医としても、元々この船にいる船医の方の方が私よりずっと優れて」
「うるせぇな、」
「え?」
「正直に言え、このおれを騙せると思ったのか?」
白ひげ…エドワード・ニューゲートはカランとグラスを机に置いてはるなを見下ろした。
「……おれが父親じゃ不服か?」
「……そうじゃありません」
「……話してみろ、大抵のことなら驚かねえぜ」
初めて聞いた彼の冗談に、はるなの唇は震え、やがてそっと口を開いた。
どうしてこんな今までなんともない顔をして過ごしてきたことを、この人に、こんな風にぶちまけてしまうんだろう。

「………仲間に、なりたい海賊たちがいるんです……力も、経験も…培っていた過去も…何も足りない私だから、叶えるなんて本当は夢のようですけど……もし、…もし彼らと相応しい自分になれたら、自分から言いたいって、思っているんです」
だからそれまで、1人で強くなろうとしていたと。
はるなはゆっくり顛末を話した。ルフィたちといえば彼らはなんと言うだろう。真っ白な紙に自分とルフィたちとの冒険を描くには心が追いつかなくて、とてもじゃないが言うことはできなかった。

「修行の旅か、小娘がすることじゃあねえな」
「波乱万丈は覚悟の上です!私は……強い海賊になりたいんです!」
はるなが強く言い切ると白ひげはあごを逸らし笑った。
「グラララ!上等だ!だったらどうしてもイヤだっつうのなら意地でもおりて見ろ!この船から降りるまでおまえはおれの娘だ!」
はるなはすぐ、その言葉の意味を理解した。
それは、船からおりるまでは守ってやるという意味なのだろう。
「………オヤジ」
黙って見ていたマルコは、確かめるように船長へと話しかける。
「なに、好きに利用したらいい、これでも長く海賊をやってるんだ、止まり木としては十分な役目を果たせると思うぜ」
「……そんな……白ひげ海賊団さんたちの船を借りるだなんて」
「いいじゃねえか、その方がおれたちも安心だよぃ、…エースも喜ぶぜ」
「っ……」
その時、後ろで聞いていたエースは名前を呼ばれたことで勢いよくはるなの腕をとった。
「もう島に船をつけるとこなんだ!買い物行こうぜ!オヤジもいいよな!」
「ああ……好きなモン買ってこい」
「へえっ?」
「やった!オヤジの奢りだぜ!洋服まだ買いたいだろ!いくぞ!」
「あっ…白ひげさん…お邪魔しますっ…!!!」

エースは白ひげが好意的に受け入れていることが嬉しくて仕方がないのだろう、それか、1人の身寄りのない子供には誰に対してもこうなのかもしれない。
屈託ない、無邪気な足についていくのは大変ではるなはもつれそうになる足をなんとかかけて一緒に走る。
漁港へ向けて足音が遠ざかっていくのを聞きながら、マルコは思わず笑って白ひげへと振り向いた。

「オヤジ…もしかしてエースのためだったりするんじゃねえかぃ?」
「グラララ……息子を一番に考えるのが、親父の勤めだろうがよ……」


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