「じゃあ、あの大波に飲まれた船を見て調査のためにエースさんはきたんですか?」
「そういう事だ、お嬢さんの能力ってのはまだ信じられねえけど……」
エースの運転するストライカーのふちに捕まって、2人はモビー・ディック号へと向かっている。
あの後、なんとか裸のはるなを引き剥がして部屋から逃げ出たエースは服を洗濯中だというはるなの言葉を受けて大人しく甲板で待つこととなった。
……頭を冷やす時間をもらえたのは、エースとしては幸運だっただろう。
なんとか服を乾かして着替えて出てきたはるなを迎えたエースは、諸々の思い出を振り払うようにわざとらしく咳をして、
「……どうしてこんな海賊船にいるんだ?」
とまるで保護者のような怒った声色でいうので、はるなはまた一度引っ込んだはずの涙が滲むのを感じた。

「しかしよ…そんな強いのになんで仲間とはぐれちまったんだ?」
「えと…大波があって…ちょうどあの海賊船を見つけたので行き先の島で合流しようかと思ったんです」
「島の名前はわかるのか?」
はるなは一瞬戸惑い、試すようにエースの瞳を窺いながら答えた。
「ロングリングロングランド…」
「ロングリングロングランド?聞いた事ねえな」
流石に今会わせるわけにはいかなかったろう、エースが眉を潜めたことははるなにとって好都合だった。

生きている。

空島編を終えた今、エースはまだ生きているのだ。
自らの足を火力に船を走らせる彼は、同じくまだ生きている白ひげの元へと帰ろうとしている。
時系列が狂ったことにより目眩のような不思議な焦燥感がはるなを襲った。
どうしてこんな、繰り返すような事に…。

「ほら、あれが俺の海賊船さ!すげえだろ!」
「っ……!」

エースが指さした先には巨大な白鯨を模した海賊船が海上に帆を張っていた。
その大きさはひとつの島にすら見えるような戦艦島を思わせて、あの戦争を生き抜いた威厳に満ちみちていた。

「オヤジに説明するからさ、そしたらすぐ次の島までおれが送ってやるよ」
「あ…りがとう……ございます」
「ははっ敬語なんて良いって!おれはエース!お嬢さんはなんて名前なんだ?」
「……小嶋はるなだよ…エース…!」

すぐにモビー・ディック号へとついたはるなは、エースの後ろをついて歩き、甲板に作られた巨大な椅子に腰掛ける白ひげ…エドワード・ニューゲートの元へとついた。
一度、戦時に顔を合わせていたことを思い出しても、こうして平穏な時間とはまるで状況が違っていた、はるなは真正面に大股を開いて、腕に点滴を打つ痛々しい姿を目の当たりにし目を細める。
この頃から……。
その療養を隠さないナース達の看護の姿は、体が蝕まれている進行状況を見せている。

「グラララ、おめぇみてえなガキ取って食おうなんざ思ってねぇよ」
「怯えなくて良いぞ、はるな」
「……お、お初にお目にかかります……はるなと申します…!」
「次の島で下ろしてやる、それまでお前の命おれが預かった」

豪快に笑われて、思わず瞳が潤む。
「……はるな?なに泣いてんだ?」
「いえ…すみません……ありがとうございます…」
いま、この2人が、生きている。
私にできることがあるかもしれない…。
たとえそれが、運命のレールを外させる禁忌であったとしても、それでも…あの傷ついたルフィの涙を救えるのなら、
はるなは躊躇わずに白ひげへと歩み寄っていく。
エースや、周りにいた野次馬のマルコたちは最初怪訝そうにぴくりと指先を動かしたが、当の本人がどっしりと彼女がくるのを迎えたからだろう、余計な言葉はあげなかった。
はるなは階段を上がってナース達の側に立ち、点滴を刺されている丸太のような太い腕に触れる。
血が通い熱く、初めて触れる肌に緊張が走る。白ひげが黙って見つめているのと、ナース達が困ったように狼狽えるヒールの音が聞こえる。はるなは息を吸って、ゆっくり顔をあげた。
「お礼を、させてください」
生きる強さを、見せてくれたあなたに。
やる価値はある、
血は、液体なのだ。
つまりこの人の体に流れる”水分”も”血”も、私が操れるはず。
血流を操れるなら、白血球も意思で操れるなら……!!!
かざした手のひらからまるで夜明けのような薄灯がついて、周りのざわついた声があがる。
白ひげはただ黙って、自分の指先ほどの腕をかざし真剣に何かを念じている少女を見つめる。
この世界の物理法則は、きっと能力と覚醒に則っている。
エースの炎がマグマに負けたのは温度のせいじゃない、能力の上位互換という技の特性が勝ったからだ。
実際の肉体にある病原体を理解していなくても、体に作用するという”技”を使えれば救えるという算段だった。
ローが切っても殺さないでいられるように、スモーカーが煙になっても臓器を失わないように。
この世界は能力がすべてを凌駕するはずなのだ。
光は次第に白ひげの血液を通り体を循環してゆく、後光のようにほのかに体が光ることに誰もが口を開けて見ているしかできなかった。中の何人かは、怪しい暗殺かと声をあらげ踏み出そうとしたが、ジョズに制される。
それほど、神々しかった。
なにかこの世の理解を超えたことが今目の前に起きているのだと、思い知らされたのだった。

───この時、彼女の悪魔の実に起きた”覚醒”には能力の付与がおきていた。
それは触れたものを液体と同じ性質に…実質はるなの支配下におくというものだった。
───それが彼女が"自然種“ではないことの証明に他ならないことを、彼女自身はまだ気づいていない。


白ひげの肉体の細胞は液体として分解と破壊、再生を繰り返し。
数分が経ったかと思うと、ふとはるなは手のひらを腕から外した、ゆっくりとまた白ひげと視線を合わせた顔は、汗でぐっしょりと濡れていた。

「これで……少しでも……よくなれば…」

そう言い切る事もできずに、はるなはその場で意識を失った。




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