風に揺られて海に叩きつけられて藻屑に……なんて、最悪の事態にならなかったのは不幸中の幸いだった。
はるなは先ほどまでルフィ達と一緒にいたはずの甲板から、風によって自分が吹き飛ばされたことを理解する。けれど自分の能力であれば、大気中をかき分けて船に戻る事だってできるはずだと、たかをくくって視界を元の場所へと向けたことは、あまりにも平凡な思考だったのだ。
「……船がない………」
風を身に受けながら下降を続けるのははるなだけでなくゴーイングメリー号も同じはずだ、だからたとえ距離ができたとしても視界に捉えられないはずはないと思ったはるなの希望を打ち砕くかのように、360度の見渡す限りの青空には、空から落下していく船はどこにもなかった。
途端、はるなに焦りが生まれる。
急下降をすることは慣れてはいるが、今度は海上。上手く着地しなければ体が衝撃で怪我をする、……いやそれよりも恐ろしいことが。
「海の中に落ちたらっ……見つけてもらえる訳ないっ……!!!!」
なんとかそれは避けようとはるなは体にささる冷たい冷気の中で近づいてくる青の視界に目を凝らす。船上に降りれれば、最悪その船にのってルフィたちの次の行方………ロングリングロングランドに行ければいいのだ。
デービーバックファイトに参加できなくとも、合流はできるはず。……彼との対峙については、それから考えよう。

「っ……船……!」

海面に近づいたことでより鮮明に一面が見渡せるようになると、はるなは数百メートル先を進む大きめのマストを視認した。
描かれている髑髏のマークからして海賊船だろうが…この際は選んではいられない。
………1人でこんなことをするなんて、できるとも思わなかったのだが。
はるなは1人になった焦りと急降下する体に急かされ、選ぶ猶予もなく体の水分を空気に浸すように軽く、風に乗せて飛ぶように船へと舞い降りた。
絵に描いたようなボロボロの服をきてバンダナを頭に巻いた男たちが仕事だろう、揃いも揃って大勢甲板に立っていたため、はるなは否が応にも注目の的となる。

「……オイオイ!いきなり女が落ちてきたぞ!」
「なんだお前……迷子か?俺たちが遊んでやろうか?」
下賤な瞳が弧を描いて、想像通りの言葉ではるなの周りを囲み出す。ジロジロと品定めする瞳はまるでこれからのお楽しみを想像して興奮している様をはるなに教えるかのようだった。
「なるほど……ちゃんとした海賊だ……」
はるなは思わず、小さくつぶやいた。
「どうした嬢ちゃん?ビビって声も出せねえか?」
「いえ…というより…びっくりして…」
「は?」
男達はそろそろと距離を詰めていく、7、8人はいるだろうか、揃いも揃って倫理観のかけらもなく、モラルもない言葉ではるなを挑発する。腰に下げられた刀を見逃さなかったわけではない、身長だって、はるなをゆうに超える高さの男達が群がっているのだ。
けれどはるなは、彼らを見ても何も感じることはなかった。
はるなは一歩引いて、両手を合わせ祈りのようなポーズを取る。
ゆっくりと手のひらを離してゆくと、間に空気中の水分が集まり、テニスボールサイズの球ができていく。
その間に周りの海の水も、はるなの力に呼応して沸騰するように泡立っているのが見える。
男達は慌ててあたりを見渡した、船がガタガタと揺れているのは、海面が揺れているせいであるが、彼らにとっては災害に見舞われたかのような摩訶不思議な事実を理解できるわけがない。
「なんだ…なにが起きてやがるっ!?」
「今まで…いろんなことがあったんです、だから」

はるなは、手のひらの水球を天にかざした。

「全然、怖くないんです」






「ふう……そういえば、こうしてひとりになるのって、初めてなのかも…」
客船とは思っていなかったため、シャワー室があるだけでもはるなにとってはありがたい限りだった。
潮水で濡れ切った全身を暖かいお湯で綺麗に洗い浴室を出る、想像はしていたが、洗濯されてあった衣類はどれも男物のXXLLサイズのようなもので、到底ズボンなどは着ることは出来なかった。仕方なくはるなは着ていたものを全て洗濯機に放り込み、
船が島へと進む間、1人待つことにした。
甲板をちらと窓から覗くと、そこにはまるで網上げで一気に収穫したかのように魚や海藻が甲板に打ち上げられている。派手な始末にため息をついた。
テニスボールサイズの水を作ってはるなは擬似的に渦潮を作ろうと海水を引き寄せたのだ。海の水達が満潮の引力に引き寄せられるように弧を描いてはるなを中心に船に侵食してくれば、途端に男達は右往左往と慌てふためいた。
そのまま船を沈めることも可能なのだとマリンフォードでの戦いで理解していたはるなは、船体を壊さないように傷つけながら激流によって男達を海へと放り投げた。一瞬の出来事で理解もできなかっただろう。
幸いにも能力者がいない海賊達は驚いて海面から怒号を投げていたが、はるなが放り投げた小舟に捕まるとそのままはるなの産んだ潮の流れによって遥か彼方へ流されていった。
……航海技術のある男達なのだから、大丈夫だろうという投げやりな気持ちをもって手を振ったのは、ほんの数分前のことだ。

「……奇襲向きというか、対面での戦闘経験のなさというか……」

ちょっとしたことだったら、手に負える自分の力を嬉しく思いながらも、エネル戦での惨めな戦線離脱を思えばまだまだ未熟であることは一目瞭然だ。
このまま、ロングリングロングランドに行ってもいいのだろうか?
青キジから、ロビンさんを救えるのだろうか。

不安が押し寄せ洗面台に移る重たい表情に嫌気を感じていたところ、ギシ、と船が軋む音がした。
―――誰かきた。

はるなは即座に洗面台と廊下を繋ぐ扉を睨みつけたが、あちらも気配に気づいたのだろう、扉に手がかかるのはすぐだった。
海賊がまだ残っていたのだろうか? なら、浴槽のお湯で、いや…それとも刃物をもっているなら直接自分の体で対応すれば…。
思考が一瞬にして黒く染まる、扉が開けられて、背の高い男がゆっくりこちらに視線を合わせる。
2人の瞳が絡んだ時に、息を飲んだのは同時だった。
自分が何も着ていないという事も忘れて、はるなは躊躇わず駆け出した。
瞳が熱く、泣いている事には気づかなかった。ほんのわずかな距離だというのに、遠く離れているかのように感じられる時間を、引き止めるように。
男はすぐに手を世話しなく振って、視線をそらそうとした。
目があった瞬間の表情は一瞬で砕け、困ったような、情けない叫びがあがる。
「お、お嬢さん?、あの、す………すみませんっっ!!!!」
「エースさんっ……!!!!!!!」
真っ赤になって両手をふり視界を遮ろうとする彼の言葉など耳に入るわけもなく、
はるなは一目散に手を伸ばす、優しい両腕が、躊躇いながら小さな体を抱き留めた。
まるで炎のように熱く、はるなは優しいその胸の中に飛び込んだ。



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