「いきますよっ!!空島名物「タコバルーン」!!」
コニスが勢いよく笛を吹くと、雲をかき分け現れた巨大な蛸がマストを包み込む。
フリーフォールを彷彿とさせる心臓が浮き上がった恐怖は、一瞬にしてやわらかな綿毛に乗った種のように空を彷徨う。
麦わら海賊団一行は空島の面々と別れを告げ、黄金を抱き海へと落ちていく。
彼らの出航を祝うように、大空には黄金の鐘が鳴り響いた。
ルフィは大きな笑顔を空に向けて、遠くなっていく美しい島に手を振る。



ふと見上げると目に映る空 夢か現か 雲の上の神の国 

遥か上空1万m 耳を澄ますと聞こえる鐘の音 

今日も鳴る 明日もまた鳴る 空高々に鳴る鐘の音が 

さまよう大地を 誇り 歌う







「さて!降りたらすぐに次の島に向かうわけだけど…その前に」
ナミは穏やかな下降に入った事を風向きから確認すると、面々を甲板に集め指を向ける。
その細い指先には、サンジからもらったお茶をずずずと呑気に啜っていたはるなが立っている。
「はえ!?」
突然の指名に驚く間も無くナミは腕を組んではるなの前に近寄った。
「困ったわよね〜〜〜…だって…どこにもはるなの仲間は来ていないって話だったわよ?」
ギクッッッ
流石 お金に関しては一切の油断も許されない。
ナミは一番最初の「仲間と合流できたら入場料分のベリーを支払う」という約束をきっちり覚えていたのだ。
そして勿論……はるなに仲間などおらず、彼女が払えるベリーなど手元に1枚もない。
サーーと顔色を悪くするはるなに対してナミはわざとらしい演技を続けながら腕を解いてはるなの肩に回す。
ゾロはそれを、はるなが隠している理由を何かしら感じたのだろう。黙って見ていた。
「勿論はるなはいっぱい頑張ってくれたけれど…でもそれってお互い様だものね?はるなも命狙われてたし……この黄金は……みんなの努力の結果だし…」
「もももも勿論!黄金はいりません!!ナミさんにお金払う事が第一ですっ!!!」
「あら〜〜いい子っ!」
なんとはなしに、そうだろうとは思っていたが、まさか本当に黄金を渡す気がないのかと、ウソップは冷や汗を垂らしながら黙って2人の小芝居を眺める。
元々、出自もわからない謎の人物なのだから、ここまできてしまうとどうしたらいいかわからない、というのがウソップやチョッパーの本音なのだろう。
ロビンやサンジはそのとき、口に出して言わずとも突きつけてくる、きらきらと2人の会話を邪魔しようと側で揺れるルフィの表情で全てを理解した。
冷や汗を垂らしながら足元をふらつかせたはるなの隙を見て、ルフィは限界になりその掌を掴んでぐるぐると回しだす。黄金を前に浮かれた気持ちと、宴の余韻を未だに腹の中に溜めたままのような軽い足取りだ。
「なぁなぁ、はるな!!おれたちの仲間になっちまえよ!!」
どきりとはるなは核心をついた言葉を発したルフィに目を見開く。ナミはそれすらも計算のうちだったのだろう、特に驚く様子もなく、振り回されて狼狽えるはるなの瞳を指で指した
「そうねぇ〜〜ま!仲間に再会するまでの間の…精算期間でもアリじゃない?」
「う"っえ〜〜〜と…え〜〜〜と………」
「そんなの気にすんなよ〜〜〜なあ〜〜〜」
「ダメッ!!これだけはキッチリさせるわよ!!!」
「んぇ…えと……うう……」
3人がやいのやいのと言葉を投げ合って一向に収束に向かわないのを察してか、黙って静観していたロビンが漸く口を開き、微笑みながらはるなへと問いかける。

「でも…あなたには航海を続ける必要があるように見えるわ、だからその間は保留期間として、クルーではなく乗客としているのはどうかしら?」
「乗客…………………では、仲間が……次の島で会えるかもしれないので……」
「もっちろん!元々そうだった訳だし、ま…長い付き合いになるかもしれないし、ね…?」
ナミは嬉しそうに瞳を細め、はるなは思わず目を逸らす。隣にいたルフィは手をほどき、納得がいかないかのように項垂れていた。
「なんだよ〜…めんどくせえ…」
「誘ってくれてありがとう…ルフィ…、っ……」
繋がれていた反対の手で握手をしようかと思った瞬間、手のひらにズキリと痛みが走る。
そうだと思い返すと、エネルの槍で焼け焦げた手のひらには肌の色が見えないくらいにぐるぐると包帯が巻かれていた。壮絶な戦いの余韻を残すその痛みが…はるなの表情を曇らせる。
チョッパーはすぐにその様子に気づくと、一緒に戦った戦友意識が芽生えていたのだろう、心配そうに膝下に近寄る。
「ひどい火傷だったぞ…元通りになるまでは暫く何回も包帯を巻き替えなきゃいけねえ、だから…おれが看るからな!」
「チョッパー…ありがとう、すごく嬉しい」
チョッパーはやっと心配していた気持ちが晴れたのか、はるなの笑顔で得意げに鼻を揺らした。
きっと眠っている間もずっとそばにいてくれたのだろう。心が暖かくなる。
そうして、見渡すと、面々はしかたなさそうに体を揺らし、うち何人かは、喜びを隠しきれない笑みを浮かべる。
「ま、また元通りの乗客って事なら、大人しく着いてこいよ」
「てめえはまたそんな生意気な口を……マドモアゼル、いつでもこの私めをお仕えください」
「またよろしくね、お嬢さん」
「歓迎するわよ!」
お金を工面するという当面の大問題が待ち受けていたのは誤算だったが、それを投げ出すわけにもいかない。
立てたばかりの誓いがあっという間に揺らいでしまうのはどうにも彼らのそばにいる人たちの運命にも感じられ、はるなは心の中にしまう。
どちらにせよ、次の島の間に…彼に会うのだ。
海軍本部「大将」 ……最強戦力に。
その時に生き延びられるかも曖昧なのに、ここを離れる判断を今するのは早かったのかもしれない。
「みなさん…ではその……短い間になるかもしれませんが」
それまで……

そう、はるなが甲板の先頭に立って姿勢良くお辞儀をしようと頭を下げた瞬間。
強い風がゴーイングメリー号を吹き抜けた。

まるで運命が選んだ風の手は、ルフィたちの目を覆い隠す。
荒々しい音をたてて突き抜け、船は蛸がいなくなると同時に傾き大波を体で受けるかのように軋む音と共に左右に曲がる。
その音が収まったのは、風がやんで数分たったあとのことだった。
「今のは波風かっ!?」
「なんだなんだ?!」
「風が強くなってるっ…!そろそろ海面よ!」





「…………はるな?」





ルフィは、一歩踏み出して。そこにいたはずの人物の名前を呼んだ。
すぐに全員、目を見開いてあたりを見渡す。

けれど、影も形も───どこにもはるなの姿はなかった。


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