はるなが次に目を開けた時、そこはベッドの中だった。
「………あれ…」
一体、いつの間に気を失っていたのだろう。不思議に思い先ほどまでの自分の記憶をたぐり寄せながら、ゆっくりと片腕をついてはるなは起きあがろうとする。そしてすぐさま強烈な痛みが手のひらに走り、小さな悲鳴を上げた。
「いたっ……!」
「起きるな、まだ寝てろ」
そうすぐそばから聞こえてきた声に顔を向けると、そこには胡座をかいて全身を包帯で包まれた、まるで仮装の姿をしたワイパーがはるなが寝ていたベッドのすぐ隣にいた。その切り取られたような、初めて見たはずであるのに、かつて見たことある姿にはるなは即座に、戦いが全て終わったのだと理解する。

「……無事だったんですね」
「こっちの台詞だ、存外頑丈じゃねえか」
ふふ、鐘の音を聞いたのだろう、無意識に綻び見せる柔らかいワイパーの口調に、はるなは思わず微笑んで返した。そしてすぐ、事態の全てを理解しているであろう、どこか憂いを帯びたその鋭い視線に柔らかく瞳を伏せることで肯定を表した。
「ごめんなさい、私……ノーランドの子孫ではないんです」
「……まあ、そりゃ、そうだろうよ………」
「……え?」
想像よりも幾分あっけない返事に、はるなは拍子抜けた声を漏らす。
「いや、違うな……段々、気づいていた、ノーランドは話では海賊じゃあなかったはずだ、しかも北の海の生まれの人間がそんな簡単にここまでくる事もない。……まあ、あんな馬鹿げた集団に俺たち先祖の親友がいたんじゃ、今までの戦いも馬鹿げてるみてぇだしよ」
「……ワイパーさん」
「……せめて、先祖の墓にでも届いてくれれば」
「届いてますよ!」
「っ……」
はるなは体を乗り出し、俯くワイパーの顔を見る。
「今……この雲の下で…鐘の音を聞いている、子孫の方がいるんです。」
「ああ……モンブラン・ノーランドか………」
「はい!」
「……そうか……じゃあ、」
「届いたんですよ……ぜんぶ…」
ワイパーはやっと、厳しく寄せていた皺を緩め、口角をあげてはるなに目を向けた。




宴の夜が終わりを迎え、先ほどまで大きく燃え上がっていたキャンプファイアーの組み木も燃え尽きて、
今は美しい月明かりの下でそれぞれが疲れ切った体を休めて寝静まっている頃だった。
はるなは1人、どうしても叶えたくて機会を失っていたウェイバーに乗るため、元々コニスに置き場所を聞いていたため暗い道をおぼつかない足取りで雲の海辺に向かっていく。
「……だって……空島でしか…乗れないわけだし……!」
何より、雲に乗るなんて夢、現実では一生叶うはずがない幻なのだ。
この世界にとってはささいな夢ではあるが、はるなにとって壮大な夢のかけらだ。
「バレないように…バレないように…」
「何してんだてめえ」
「おあああっ!?」
思わずウェイバーを倒したことすら気にもとめずはるなが振り向くと、怪訝な顔で眠そうな唇を噛むゾロが真後ろで立ち尽くしていた。それはこっそりついてきたというよりは、何の小細工もなく背後に立ったという出立ちだ。
「……………えと」
「便所か?」
「これ見てくださいよ!!!!!!」
思わず真っ赤になりながらはるなが倒れたウェイバーを持ち上げると、ゾロはようやく合点がいったのかなるほどという顔で頷いた。近くの浅瀬まではすぐだったのでちょっと試し乗りしたらすぐ寝ますよと伝えてまた重たいウェイバーを押し進めようとしたところ、数歩歩いて、はるなはゾロが自分の後ろについて片手にウェイバーを持ち上げついていこうという意思をだしていることを理解する。もたつく彼女を差し置いて前を歩き出した躊躇いのない足どりを追いかけて、困ったように息を吐く。
「私のこと、まだ子供だと思ってます?」
「あ?」
「……だって、こんな夜更けに私一人の様子を見にくるなんて、……警戒しているとかではないと思いますけど」
最後の言葉は、つぶやくような小さな声でゾロに届くことはなかった。
暗い木々の影で時折表情すらも見えなくなる不安定な距離の中、ゾロが言葉を選ぶようにゆるやかに話す声が遠くで鳴く鳥の囀りと混ざり闇の中に落ちていく。
「やー……そりゃあよ、雲ウルフとかもいるらしいし危ねえだろ」
「あの子達ですか?」
そう、はるなが暗闇の間を指さすと、そこには先ほどまでルフィたちと一緒に踊り宴を楽しんでいた狼がすやすやと眠りこけていた。てっきりその姿にも怯えるかとゾロは思っていたのか、特に怖がるそぶりもなく彼らの目の前を歩く姿に眉を下げる。
「いらねぇ心配だったか」
「心配してくれたんですね、ありがとうございます」
「あのな、俺ァ別にてめェをガキと思ってる訳じゃねえぞ」
聞いて、はるなは頷いた。
……まあ、確かに…実際見た目は離れてない。ナミさんと同じくらいと思われてるだろう。
「……おめェはどうなんだよ」
「えっ」
「仲間なんて、本当はいねえだろ」
「っ……………」
急な言葉にはるなは声を漏らすと、押していたウェイバーをどんと地面に置く音がする。
流されていた、誰も問い詰めなかった冗談のような嘘を見抜かれていたとは、はるなはぎらりとした彼の眼光を見つめ返した。
「どっちかっつうと、どうするか躊躇ってんのはてめェのほうじゃねえのか?」
「……私は……」
「ルフィが話してたぞ、お前が一緒にいてくれたからエネルに勝てたって」
「そんな……私なんていなくても……」
別になにも変わらなかった。そう言おうとして、流石に無責任だと口をつぐんだ。
森の中で2人、向かい合い立ち尽くす。ゾロは言葉を選んでいるようにもとれたが、躊躇いもなく背中に刃を突きつけているような鋭さもあった。海賊ごっこのつもりならお呼びじゃないと、はるなが男なら面と向かって言っていただろう。
時には女子供関係なく現実を突きつける彼の冷静さを尊敬していたはるなであったからこそ、ゾロの言葉に含まれる余白には、……ルフィの自分への”期待”があるのだと、自覚させられるには十分の重みだった。
「あいつの行動は突拍子もねぇし人の都合なんてお構いなしだが……お前だってあいつと一緒に戦う事を躊躇わなかったそうじゃねえか」
「……はい」
「これからの事をお前が決めるだけだぜ、俺はどっちでも文句を言うつもりはねェよ」
ゾロは言い切ると、また前に振り返り歩き出す。
この戦いで、自分を知ってくれた事に嬉しくなる一方で、はるなの脳裏には今も、浮雲のように軽い体が、正気を失い
涙は枯れ尽くして、目の前で倒れ込んだ命たちが……救えなかった全てが鮮明に思い起こされる。

……今はダメだ。
今、仲間になっても、また同じ事を繰り返してしまう。

仲間に、なりたい。一緒に旅をしたい。

でも、今仲間にはならない。私は強くなって、もう一度ルフィにお願いするんだ。
だから、それまでは……。



「……ところで、あの……すみません……海辺はこっちです……」
「………………………」




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