ルフィ達は船の外へ飛び出し、勢いよくその白い雲の上を駆ける。ウソップやチョッパーもそれに続き、海のような雲を越え、平地の雲へと足を伸ばす。恐る恐るその様子を見ていた はるなに、サンジがそっと近づいた。
「麗しのお嬢さん、よければこのおれに、その名をお教え頂けませんか?」
優しい手がはるなの手を取り静かにその前に膝をついた、2度目だ!と少し構えつつ、 はるなはそのきらきらと自分を見つめる瞳に向き合った。
「え、えと、小嶋はるなです!」
「なんて美しい名だ!!!!その名を聞くだけでおれはもう貴女の僕……今この場に巡り合わせられた喜び……天空に立つ貴女はまさに天の──」
「見ろ!!!!!乗れた!沈まねえぞ!!ふかふかふするっ綿みたいだ!!!!」
「うるせぇぞルフィ!!!!!!」
そのたった4、5秒の出来事にも、 はるなはあっという間に取り残されてしまい、先ほど自分をじっと見つめていた優しい瞳と打って変わって頭から角を生やしたようにサンジはぎらりと声を尖らせた。
 
「スゲーーーー!!!!!!もって帰れねえかな!!???」
「………ったくあいつ少しはムードってもんを理解するべきだぜ」
「ムードはどうでもいいとして、まず先に聞くことがあるんじゃないの」
向き合っていたサンジとはるなの前に近付いたナミは、困ったように腕を組んで後ろで騒ぐルフィ達の声などないかのように真っ直ぐ自分を見つめてくる。
「貴女はここの人だったの?私たちの船長が落ちてくる貴女を拾ったみたいなんだけど」
「あ、いえ、違います……私は、」
「私は?」
「み、皆さんと同じように空島に行くつもりだったんです、けどあの、仲間と離れてしまって……」
「貴女もあの“突き上げる海流”から?」
どんな嘘なら一番あり得るのだろうか、咄嗟に答えをつまらせそうになったはるなは、記憶の中からあの激しい波とうねりを思い出しつつ、曖昧に頷いた。

「……確かに、あの海風と波の荒さなら人一人振り落とされても何もおかしくないわね、」
「でも、私たちがここにくるまでに彼女しか下りてこなかったって事は、彼女の他の仲間たちはここまでたどり着けたって事かしら」
話を聞いていたロビンの言葉に頷いたナミは、おもむろに眉を顰め、 はるなをちらと見る、
「そうだとして、貴女たちは一体なんの目的で────」

「おーーーーーいっっ!!!!門があるぞ!!!」
ナミの言葉を遮るよう突然響いた大きな声に、四人は揃って顔を向けた
「───門?」
「ああ!あの滝みたいなヤツの下にでっけェ門があった」
「ここ抜けたらわかるさ」
ルフィがなあっと声を張るので、ナミは仕方がないと息をついて立ち尽くすはるなを置いて舵へと向かった、ウソップ達が並んで指さすほうへと切り、船はゆらゆら動いてゆく?
「左?」
「いや右だろ」
「ヨロイのおっさん呼ぼう!」
「よせ!!」
ルフィが笑うと同時にすかさず入る突っ込みの連鎖の中、突如として船の前に現れた巨大な正門らしき姿に、思わずはるなも目を見張つた。全員が仰ぐように、その全貌に目を凝らす。
「……………ーなっ!!?」
「確かに……」
それはいかにもといったように仰々しく船の前に立ちふさがり、中へは一切入れないよう堅く閉じられ佇んでいる。
「……見て、あの滝みたいな雲はやっぱり滝なのよ…!さっきの性質の違う雲の上を流れてるんだ」
ナミが言うのも理解できなかったのか、ルフィはとにかくその雲間に潜む正門が持つ不可思議ともいえる存在感に、なんだなんだと目を輝かせるだけだった。
「“天国の門”だと………………」
「演技でもねえ死にに行くみてェじゃねえか……」
「いーや案外おれ達ァもう全員死んでんじゃねえのか?」
「そうかその方がこんなおかしな世界にも納得がいくな」
「死んだのか俺たち!?」
サンジ達の軽い冗談にすら怯え叫ぶチョッパーをよそに、ルフィは気楽に笑い出す。
「天国だっ♪天国だっ♪」
「いやいやいやいや……まてルフィ!天国へと進む前におれがさっきから気になることをひとつ解決させてくれ!!」
ウソップが両手をあげ甲板の中心へと立つと、おもむろにメリーの頭に乗って首を傾げるルフィを見、人差し指をたてた腕を、真っ直ぐ躊躇いなく、ズバッとはるなに差し向けた。
え、と突然のことで驚き固まる はるなをよそに、ウソップは少しはるなから距離をとり困った面もちで続けた。
「この子はどうすんだよ!お前が拾ったんだろ!」
「落ちてきたんだって!」
「ますます怪しいわ!!」
「待ってウソップ、この子の事はさっき直接聞いたわ、どうやら私たちと同じで空島にいく予定だったみたいなんだけど、船からあの激しい海流に流され振り落とされちゃったみたい」
「うげっ…お前もあの海流に乗るなんざアホみてえな事したのか!?」
……いえきっと、出来るのはあなた達くらいですよ。
そう思いながらもさも困った流浪人かのように、こっくりと頷いてみせる。
ウソップはそれだけで更に恐ろしく思えたのか、けれど見た目の様子から自分でも勝てるかもという心情を伺わせつつ、サンジのすぐ近くではるなを見つめる。
「じゃあ他の仲間たちはこっちにいんのか?」
「たぶん中に……」
「ならおれ達も入ればわかるじゃねえか!」
「なるほど…で、どこから入れば?」
全員が門の真正面まで近付いたものの、いっこうに開く気配のない扉に多頭を抱えそうになると、ゆっくり雲の隙間からおつとりとしてる老婆が姿を現した。
老婆は全員の顔を確認し、怪しむこともなく船員達にはっきりと喋り出す。


「観光かい?それとも……戦争かい?────どっちでも構わない、上層に行くんなら入国料一人10億エクストルおいていきなさい、………それが“法律”」
「天使だ!!!!」
やめろ!!っとすかさずサンジの突っ込みが入る。
「10億エクストルってベリーだといくらなんだ?」
「あの、お金もしなかったら……?」
「通っていいよ」
「いいのかよっ!!!!!!」
「───それに、通らなくてもいいよあたしは門番でも衛兵でもない、お前達の意志を聞くだけ」
「じゃあ行くぞ!金はねえけど」
「そうかい、八人でいいんだね」
「ま、待って!!!」
老婆が静かに口角をあげかけたその時、遮るようにはるなは声を張った。
このままだと非常にマズい、何がどうマズいかなんて考えるだけで最悪だ。
時系列に歪みが生じた所為で はるなは混乱する頭を上手く動かすことが出来なかったが、とにかく時間は巻き戻ったのだ、今は空島編───
“神”エネルとの戦いの序章────

「どうしたのよ、そんな困った顔して」
不思議そうに顔を傾け覗き見るナミに顔を向けて、一度はるなは目を閉じると、意を決し続きを静かにつぶやいた。
「ここで入国料を支払わずに門の中へ入ると、不法入国者として罰せられます」
「なっ………!??!?」
「なんだって!!!??」
「あのババアそんな事何もッ……」
ウソップの鋭い視線を受けて、アマゾンはあからさまに冷や汗をかいて目をそらす。勿論言わなかったのは故意なのだ。神に滞りなく罰せられるために、生け贄は素知らぬ顔でその祭壇に誘われるべきであると。
「成る程ね……確かに普通に考えてそのバカみたいな入国料を払わない対価が何もないなんてどう考えてもおかしいわ、はるなはそれを知ってたの?」
「はい、……」
「入った途端追われる身が待ってるとなると、」
ナミが指先を唇にあて悩む仕草を見せると、ルフィはすとんと船首から飛び降り、でもよぉとあっけらかんな声を出した。
「おれ達海賊だぞ、」
「「「「………………………………」」」」
いや、うん、なんて正論を。
「どっちにしろ中には入りてぇし、コソコソ入るより堂々と正面から入りゃいいじゃねえか!」
「あぁぁあルフィ〜〜〜お前ってヤツはどーしてもういつもそんなアブねーことを……」
ウソップがニコニコ門へと進むよう指さすルフィの前で膝から崩れ落ちながら、真っ青になった顔を床へと向ける。話を聞いていたゾロやサンジ達は、最早不法入国という言葉にはそれほど抵抗なんてなかったように落ち着いたままだった。
「じゃあ、問題は はるなね、 」
ナミの言葉に、 はるなは固まる。
「あなた達の船は元々入国料を持っていたとしても、今のあなたは無一文、でもここで私たちと一緒に入るらないと一生仲間にも会えず立ち往生ね」
サ────────……と、
あまりにすらすら考察するナミの言葉に戦慄した。こんな空の上で、文無しで、いるはずもない仲間を探すと…!?
「わ、わた、わたし……!?」
「そこでよ!」
ナミは怯え出す はるなの前で指を立て、何やら企みを胸に隠したいたずらな笑みを浮かばせる。
「ここで私たちと一緒に中に入ればいいわ、そして仲間に会うまで貴女の命は私が保証する!だから無事仲間に会えた見返りに…」
「一億エクストル分のベリーをお支払いする、と」
「そう!わかってるじゃない!!」
こんな時になんて鋭い事を思いついてしまうんだろうとはるなは口元をひくつかせながらううんと唸るが、こんな願ったりなことは無いのも事実だった。
中に不法入国するのであれば、狙われることになるのだ。彼女たちの知らない──断罪者達に。
「……お願いします。私を連れていってください」
ぺこりと素直に頭を下げると。ナミはやったあと跳びはね自分より幾分小さいはるなの体をぎゅっと抱きしめた。
「絶対守ってあげるわ!大丈夫!ここのやつらはバカばっかりだけど力は信頼できるから!──しっかり守りなさいよ!!あんた達!!!」
「「「やっぱおれ達が守るのかよ!!!??」」」
「当たり前じゃないあんた達何のために強くなってんのよ、ねーはるな、こいつらの事は番犬と思って従えていいからねっ」
ナミの言葉にいやいや、と首をふりちらと目を横へ向けると、真っ先にサンジははるなの前へと再び膝をつき、深く頭を擡げつぶやいた。
「おれはあなた達を守る騎士……孤高の狼……何かあったらすぐに呼んでください……この雲間をかい潜りどんなピンチにだって必ずやあなたをお守りします……」
「あ、ありがとうございます、そんな、……」
恥ずかしくなって目を逸らすと、自分をジッと睨むように見るゾロとも目が合ってしまった。
「……ごめんなさい、突然」
「……まあ、死にたくねえんなら大人しくおれ達の近くにいろよ」
「はっ、はい」
ゾロはなんとなく受け入れてくれたようで、少しだけまだ警戒してる様子はしょうがないと唇を噛み、よっしと一声あげたルフィに全員が揃って顔を向けた。
「はるなの命おれ達が守ってやる!!」
「っ……ありがとうございます!」
はるなは強く、そして深く頭を下げた。


「で、不法入国とやらでどうやってこの中に入るんだ」
ウソップがもう一度入ってもいいといったアマゾンの方へ問うと、突然船体が大きな振動に襲われた。
船全体が激しい音を立てる、波もない雲の上では船は落ち着きなく突然の力に為すすべもない。
「えっ!?」
「何だ!?なんか出てきた!!」
「“白海”名物特急エビ………」
アマゾンの小さな言葉とともに、船は突然現れた巨大な蟹に捕まれる。そして蟹は後ろ向きになったまま、勢いよく背に船を乗せ飛び出した。
「うわぁっ動き出した!!!!」
「滝を昇る気か!?!?」
強烈な振動に思わず足をひねったはるなは、揺れのままぐらりと体が前に落ちる。
「きゃっ、──」
「捕まってろ!!」
すぐ、伸びてきた長い手にはるなは引き寄せられた。

………実はもう三度目なので、驚いたりしませんよ。

「ありがとうっ、……!!」
はるなの笑みに、ルフィは気にすんな!と白い歯を見せた。



────「天国の門」監視官アマゾンより
全能なる“神”及び神官各位

神の国「スカイピア」への不法入国者八名



─────“天の裁き”にかけられたし










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