暗幕














Dramatic...43

















突如氷塊を間に現れた潜水艦に、海軍も気付きその左舷に大きく描かれた海賊旗のマークに、双眼鏡を持った海兵は記憶を探る。
「だからどこの馬の骨だってんだ」
「急げ!!2人共だこっちへ乗せろ!!」
氷塊が崩れたことによって、動き出すことができたのは海賊船だけではない。周りに船舶していた軍艦にも海兵が次々に乗り込んでいき、海もまた戦場へと変わっていく。纏めて焼き尽くす勢いで砲弾を投げ込んでいく軍艦に囲まれて、潜水艦はかろうじて氷塊の陰に隠れながらバギーを待っている。

そして海軍側もすぐ敵が海に逃げていくのを追い、広場で応戦する側と軍艦に乗っている海兵たちに指令を飛ばした。
白ひげ海賊団≠ニ黒ひげ海賊団≠ノ戦力を分け、一度に両方の迎撃を狙うため、一度は減ったかと思われた海兵たちは、地下に存在していた通路から又湧くように現れ、海賊の後を追った。
島は黒ひげの手に入れたグラグラの実によって尚も揺れは収まらないまま傾き崩壊を続けている。
「どうだ仏のセンゴク!英雄ガープ!!おれを止められるかァ!?白ひげ≠ニ共に……おめェらの時代も終わったんだよ!!」
崩れていく本部に共鳴し、世界中に響いていく振動の波はすぐ近くに存在するシャボンディ諸島にまでその天変地異の驚異を轟かしている。島の人々は襲い来る津波の警報に悲鳴を上げ逃げまどい島を走り抜けていく。
いつ黒ひげが気まぐれにもこのシャボンディ諸島を壊しに手を振りかざすかわからない、彼の力は、最早目の前にいなくともそれほどの威力を持って世界を壊しにくることは明白だった。
世界中に静かに伝わる闇の恐怖に、人々は肩を震わせた。


―――マリンフォードはもはや、血の海と化していたのだ。倒れていく海平を踏みつぶし前へと進む海兵たちは、血だらけの刀を振り回し前を走る海賊の背を貫いていく。
戦いに答えなどないかのように、ただ目の前の賊を一人残らず切り倒すまで。致命傷を負いながらも尚立つことを強制させられ倒れるならば共に切られていく仲間たちの断末魔。
うずくまり脳に蟲が這うかのように痛みが響き呻きをあげて、コビーは両手で頭を抱え苦しみに息を吐く。
「海賊という悪≠許すな!!!」
その場にいたスモーカーも、たしぎも、戦場に響く狂気じみた戦いの旋律に手が緩んだ。目の前の人間を殺したとして、それが何になる?倒れていく仲間を見捨て追いかけ命を狙い続けることが、世界が求めるすべてなのか?
二人の思考にはかつて、国だ正義だと権力の元の秩序に振り回され、何もかも見破れなかった日が思い返された。あれは今己の勲章となっているのだ。……馬鹿げている。あの時二人は何もしていなかったのだ、何もできやしなかったのだ、それをもみ消した政府の愚かさは、果たして今この時までなにか学んだのか?
この事態は誰が想像できただろうか?

すべての理想は塵と化し、壊れていく秩序と品格をあざ笑うように、ティーチは笑い声をやめることはなかった。
「誰にもおれを止められねぇのさ!!全てを壊しのみ込んでやる!!!」

トラファルガー・ローに向けジンベエとルフィを投げつけたバギーは、近づく黄猿から逃げるように潜水艦から離れていった。
「よしっ!任せたぞ馬の骨°、〜!せいぜい頑張りやがれ!!」
ジンベエの大柄の身体を捕まえたジャンバールは、そのまま手を出すベポへとルフィを渡し急いで中の潜水艦へと走っていく、二人の息は最早絶え絶えで、揺らせながら走り手術台に向かうベポにはルフィが呼吸をしているのかすら判別できないほどだった。
「うわァ!ひどい傷だよ生きてるかな!」


「麦わらのルフィ=c…死の外科医<香[……!」
その潜水艦に狙いを定め、マストに降り立った黄猿が、指先に光を込めた。



その時、はるなの目の前にいた海兵は、血を吐き倒れた仲間を助けようと必死に心臓に掌を押し当て続けていた所だった。その下半身は焼け爛れ、マグマによって溶け落ちた足が見るも無惨に形を無くしている。焼けた肉の鼻を突く臭いがはるなの嗅覚を蹂躙している。
―――彼は海兵だ、はるなを追う敵側の人間、そして彼をこうしたのは海軍だ……、それは、なんの敵?
邪魔だったからしょうがないのか?ここが戦場だからそれが許されたのか?
……それが正義?

「危ないッ!!!!」

どこか遠くで、海兵か海賊かわからない誰かの声が聞こえた。どちらかわからないのは最早無理もない、マグマの流弾が赤犬の手から幾つも振り落とされ、それはひなの頭上だけでなく周りの海兵も海賊も関係なしに向かっていったのだから。その場にいる人間は全員焼き殺す気なのだろうか、はるなが目を凝らした時、目の前でうずくまるコビーの上に、巨大な溶岩が降り落ちていった。それが目に映った瞬間、体よりも感情が先に動いた。はるなは走り出し、凍った地を崩し轟音をあげ水を吹き立たせ、落ちていくマグマへ向けて水を噴射した。流弾を飲み込み沈んでいくと同時に、コビーのうずくまった背中を庇うようにはるなは抱きつく。神経がどこに向けられているのか考えがつかなかったせいだ。はるなは自分の背に落ちたマグマが、はるなの体の水に崩れ、音を立てて蒸発しながら煙にまみれていくのがわかった。
その時感じた痛みにひなは顔をゆがめ、悲痛な声を漏らした。
「っ、うァッ……!」
「ッそんな!?………どうしてあなたが……!?」
自分に触れた彼女の存在に気づき、コビーは顔をあげ身を震わせた。自分を庇い現れた女性は今、背中に固まった溶岩のかけらを残し、バラバラとそれが地に落ちたかと思えば、相殺しきれなかったマグマの火が彼女の肌を蝕み服と皮膚を纏めて焼き切り黒くそこを燃やしていたからだった。
はるなはあまりの痛みに意識を無くしそうになった。火傷している感覚と、自分のまわりに高く持ち上げた水のコントロールで思考が繋がらない。
けれどちらと目の横でとらえてみれば、先ほど倒れていた海兵たちの所もなんとか防御できていたようで、はるなは浅く息を吐いた。
「―――あ、あ………」
コビーに向かい合って顔をもたげていたはるなには、そのコビーの震え上がるような声の意味に気がつけなかった。ゆっくり顔をあげ、目を見開いてガクガクと唇を揺らすコビーの視線の先へはるなは目を上げる。
二人の前に、静かに苛立ちを顔に現した赤犬が、冷徹の眼を見下ろしていた。
「……なんじゃ、威勢だけの餓鬼が……、兵士も海賊もなしに飛び込みおって、ここは戦場!くだらん世迷い言を許す情けなどなし!」
「っ、ッ……!!」
(……そりゃ、そうだよね、何で私よりにもよって、海軍庇って重傷負ってるの)
躊躇いもなく、目の前に突然現れ海兵を庇った七武海の女に、赤犬は右手をあげた。
それは自分だけでなく、コビーにも向けられているものなのだろうとはるなは思うと。ギリッと奥歯を強く噛む、身体に鞭を打つと静かに赤犬を睨みつけた。
「……海兵まで、殺すつもりですか」
「……ああ?」
はるなは、自分の声が震えているのにすら気がつかなかった。

「……貴方が!、っ仲間に手をあげる事を躊躇しなかったら、……海軍も海賊と同じになるんじゃないんですか!?それでこの戦争に勝ったって言えるんですか……それじゃあ、誰も救われませんよ!!」
カタカタと震える肩を下らなそうに見下ろして、赤犬は振り上げていた拳を強く握り、その手にマグマを作りあげる。
「……遺言に耳は貸した、小娘」
「……そう」

拳が動く、高温に心臓が鳴っているのもわかっていた。
その時はるなの前に立ち上がったコビーの声で

「そこまでだぁーーー!!!!」
はるなはドクリと脈打つ身体が、コビーの強い声によって何かを奪われるように力を取られ、受け身を取る事も出来ずにその場に横たわった。最早力は出ない、その大声と共に同じくしてバタバタと倒れていく海兵の姿を垣間見ながら、赤犬や黄猿はその少女の前で両手をあげる男に目を凝らした。
(コビー!!!)
「もうやめましょうよ!!もうこれ以上戦うのやめましょうよ!!……命がッもったいないっ!!!!!」
(兵士一人一人に……!!帰りを待つ家族がいるのに!!!)
ボロボロとコビーの目から涙が止まらないのは、脳に響く声達が今もなお命を失い倒れていくからだった。痛みのように胸に響く中にか細く消え入りそうな声は、今目の前で倒れている少女のものだ。コビーは顔をしかめる赤犬に息を切らしながらも挫けそうになる足を必死で立たせ、強く胸を張り続けた。
「目的はもう果たしてるのに……!!戦意のない海賊を追いかけ……止められる戦いに欲をかいて……!今手当てすれば助かる海兵を見捨てて……!海兵を助けた女の子まで殺そうとして……その上にまだ犠牲者を増やすなんて、今から倒れていく兵士たちはまるで、バカじゃないですか!?」

止め処なくあふれたコビーの叫びを聞いてすぐ、赤犬は手を止めたことを後悔した。
下らない下っ端の戯言だと、静かに睨みを鋭くし、真下の男を睨む。
「……数秒*ウ駄にした……正しくない兵は海軍にゃいらん……!!」
一度その光景を見ていたコビーは、赤犬が当然のように自分を殺すのだと理解できた。最早楯突くこと自体が自殺行為だったのだ、自分のような力のない人間の言葉など、なんの力も持たず彼の前にねじ伏せられる。
(───ダメだ死ぬ!!だけど僕は言ったんだ!!!言いたいことを!!くいはない!!!)
「コ、ビー、くんッ……!!」
容赦なく振り下ろされた拳の赤いゆがみが、はるなの前でコビーへと向かっていく、はるなは身体か動くこともできないまま、目の前からどかないコビーの名前を必死で呼んだ。

(コビーくん!!!!!!)
「………ハッ、………は、ァ、………!?」
「………え、ッ………!?」

はるなは、霞んだ視界に立つ、大きなその広い背をはっきりと見た。まるでマグマとは正反対の鮮やかさを風になびかせる赤髪が、二人の前に悠然と立つ。コビーすらも声を失い、すぐにはるなの隣に腰を落とした。
「よくやった……若い海兵」
緊張の糸が切れたコビーは、その声を聞き入れる前に意識を無くし昏倒する。
たった一本の刀に抑えられていた拳を戻し、赤犬すらも言葉を無くした。
「お前が命をかけて生みだした勇気ある数秒≠ヘ……良くか悪くか この世界の運命を大きく変えた……!!」
彼は、ゆっくりとはるなの身体へ近づき、はるなが持っていた麦わら帽に気づくと、背と腿に手を入れゆっくりと労るかのようにはるなを持ち上げた。
トラファルガー・ローの潜水艦の横手には、黄猿がベン・ベックマンによって動きを封じられ両手をあげ動きをやめざるをえない状況にされる。膠着状態のように海軍側はその海賊たちの登場に、ただ息を呑んだ。
島に突然現れた巨大な船は、いつこの広場にやってきたのだろうか。
「なんでここに……四皇≠ェいるんだよ……!!」


「赤髪のシャンクス≠セァ!!!」


そう名を呼ばれたシャンクスは、一度威嚇の意味を含め赤犬を睨みつけると、自分の両腕に羽根のように軽く倒れ小さな拍動を細やかに繰り返すはるなの瞳をのぞき込んだ。
はるなはそれに気付くことは出来たが、最早何か言葉を探す思考も口にする体力もなく、呆然とその鋭く、そして大らかな瞳を見つめ返した。
「……君はルフィの仲間だろう、きっと、あいつが何よりも大切にしている者の一人だ。こんなところで死なせたりはしない」
静かに足を動かし、宙に浮いたまま突如現れた旧友の姿を見ていたバギーにシャンクスは顔を向けた。

「バギー!この子もルフィと一緒に渡してくれ!」
「人を部下みたいに使うんじゃねぇ!!」
「お前に渡したい宝の地図もあるんだが」
「ッよしわかった待ってろ!!!」
バギーが急かす様な輝いた顔でシャンクスの前に現れれば、シャンクスは少し穏やかにした顔を見せ、その少女をバギーの腕に託した。見たこともない幼い顔つきをした少女が、見るからに戦争によってつけられた血だらけの身体をしていることに気付き、バギーは不意に嫌なものを見るように顔をしかめた。面識も何もない女を粗相なく扱うなどと言う上等の性格を持った覚えはなかったが、場が場だけにまるで宝を扱うように女を渡してきたシャンクスの静かな怒りをひしひしと感じてしまったがために、バギーはおとなしくそれを抱えて、面倒事から逃げる如くそそくさ潜水艦へと身体を飛ばした。

「おい!!!これもなんとかしろってよ!!」
「…………はるな?」
ベポが呟いたのと同時に、扉にいたローは自分の腕に押しつけ逃げていくバギーの姿も見ず、まるで動かないはるなの身体に目を見開いた。
なぜここにいる、そう思うのと走り出したのは同時だった。
「ッ急いで手術台に運ぶ!!すぐ手術するぞ!!」
「キャプテン!はるなだよねそれ!?」
「ああ……!!」
「死んじゃうの?!」
「死なせるかよ!!」
すぐさま用意された新しい手術台に寝かされ、ローはジンベエとルフィの様子も見少し焦りそうにもなった気をすぐ落ち着かせた。患者が一人増えたことくらい、先頭で痛手を負っときとそう変わらないものだ。
「……シャチ、輸血パックを箱ごと持ってこい、ペンギンはすぐ着替えて手術の準備をしろ、三人一遍にはいかねぇから、はるなに麻酔を打て」
「二人には」
「いらねえ」
すぐさま船員たちは潜水の用意と手術の補佐に別れ慌ただしく走り回る。動かないからだがようやく一定の場所に落ちついたことで、はるなはようやく自分の身体の傷を確かめるローの顔に気がついた。血が抜けていく感覚に身体は冷え、指一本たりとも動かせないまま、乾いた舌が覚束なく動く。
「…………ロー、さん?」
(どうしてここに)
「勝手に死にそうになってんじゃねぇよ」
その軽口に余裕が無かったことを、はるなは気付くことは出来なかった。痛みもなくまるで眠るように体中の意識が薄くなっていく。切られた裂け目からでた血は僅かに固まり、鼻中が自らの血の臭いで他は何も認識できなかった。
覚束ないまま白いライト視界が光に染まっていくのを受け止める。
声がでない。

(……今度こそ、死んじゃうのかな、)

(わたし……誰も助けられなかったな)

(来た意味なんか、なかったね)









はるなは、静かに目を閉じた。















(私、なんでここにいるんだろう)



back



- ナノ -