時代は変わる











Dramatic...41























世界中がその瞬間を目撃し、それはただ圧倒するかのように立ち尽くす死骸の前で息を呑むことだけを許されているかのような時間だった。電伝虫達がたちどころに目を見開き唸りをあげ、幾つもの同じ情報がシャボンディ諸島を中心に嵐のように吹き荒れる。何度も繰り返される事実を頭の中で繰り返す人々は、そのひとつの歴史的大事件の意味を、まだ理解し切れていない。


「逝ったか……白ひげ」
瓶を下ろし、呟いた冥王は共に時代の荒波を越えてきた同士の勇ましい戦死に感服し、一人涙を落とした。
海賊達は皆、歴史の節目に立つ男の生き様を偲ぶかのように口を閉じている。
走り続けるジンベエとひなもが、その黙祷を思わせる一瞬の沈黙に、白ひげの雄志を思っていた。船長を失った今、やるべき事は一つだけと、白ひげ海賊団は全く統率を乱すことなく二人の前を先導し続けていた。
「モタモタするな!!船に乗れ!!! 最後の船長命令を忘れたか!!!」
「ジンベエ!!エースの弟を早く!!」
「おう!!おぬしこのまま逃げ切るんじゃぞ!」
「はいっ……!」
気迫も何もかもなくして走り続けるひなの姿は、ジンベエには気を失ったルフィとさして変わらないほどの心情を読み取れたのだろうか、白ひげ達の姿に続くはるなの横顔を一喝するかのように、ジンベエは力強く叫びルフィの細い肩を強く握っていた。

遠くへと消えていく三人には見向きもせずに、ティーチは立ったまま息絶えた白ひげの元へと歩み寄り、何やら奇怪な合図をあげた。それにより周りにいた黒ひげ海賊団の面々が、低い笑いをあげながら大きな黒幕を白ひげの遺体をティーチごと覆い隠すように広げ包む。二人の巨体が闇に隠れ、その周りに儀式のように海賊団が立っている。
「見せてやるよ、最高のショーを」
突然の行動に意図を読めない海軍たちは、ただ警戒するように布の周りを囲む黒ひげ達へ銃口を向け、眉を顰めたまま佇んでいる。船長に何をするつもりか、想像もつかない事を笑いながらするであろう男の行動に白ひげ海賊団達も怒声をあげるが、黒ひげたち相手には下手に近づくことも許されず、その場は緊迫と異端の空気に包まれていた。
そこへ捨てられるように残された電伝虫は、戦場の様子を具に映し続けている。


「ルフィくん……!!!」
ジンベエの腕で今にも絶命しそうなルフィのか細い息を聞きながら、ジンベエは語りかけるように激しく叫ぶ。
「しっかりせぇよ……!!生きにゃいかんぞ……!!エースさんがもうおらぬこの世界を……明日も明後日も!!」
無理矢理動かし続けた肉体はもはや限界の域を越えているのだ、精神面の負担が更にその負荷を倍にかけて、今彼の心には、ジンベエの檄すら届いていないのかもしれない。
走り続ける二人の元へ、追う海軍達の砲撃が襲いかかった。鉄の塊がいくつも広場や氷河に降り注ぎ、騒然とした戦場で二人はそれをがむしゃらにさけ前へと向かう。

「お前さん……しっっかり、生きにゃあいかんぞ!!!」
血だらけの顔を前に向けて、ジンベエは鋭い牙を剥きだした。
そして大きな瓦礫を飛び越えたその時、はるなの右隣で首を垂らし意識を無くしていたルフィの首もとから、一瞬の風力にゆられ浮いた紐がルフィの首をするりと逃げていき、麦わら帽ははるなの後ろへと落ちていった。咄嗟に走っていた足を止めて、はるなは振り返る。まだ追っ手の止まらない戦場の中に雪のように落ちて今にも消えそうなその小麦色の一点を見つめ、はるなは躊躇いもせずに麦わら帽子に向けて走り出した。ジンベエが、後方へと消えていく少女の陰だけを見るかのように足を止めずに叫んだ。
「何しとる!」
「これを捨てる訳にはいかないんですっ!!お願いします……彼を……!!」
「っ、わかっとる!!」
そしてそのままジンベエは走り出し、はるなは地に落ちた麦わら帽子を手に取った。これだけは死守せねばならない。使命を負ったつもりもなく、漠然と胸に広がる責任感が、はるなの右手にずしりと鉛の代わりとして麦わら帽に宿っていた。
はるなは顔を上げてすぐ先に見える帆へ向けて再び足をあげる。周りに立ちこめる煙の陰が幾重も先をふさぎ、走り回る人々の声で遠近感が失われそうにもなった。走りきるだけの力はあるはずだろうと漫然と前へ向かう、隣で倒れていく人々の壊れた泥細工にも見える横顔を、はるなは飛び越えた。焼けて穴の空いた靴に染みる血は、最早死に神の代行と呼べるほど無数の血を啜っているのだろう。



船上へ先に着き脱出の機会を今かと待ちわびていた船員たちは、漸く現れた大きな魚人の手に抱えられた存在に息をつき、慌ただしく走り回る。
「ジンベエこっちへ乗れ!!!」
戦艦に乗り海へと移動できれば、後はジンベエの独壇場となるはずだった。その唯一の活路は青キジの氷河時代によっていとも容易く破壊される。海面は一瞬にして凍り付き、ジンベエはいくはずの海中の逃げ道を失った。
「しまった!!!海を凍らされた!!」
「これじゃあ出航できねェ!!」
冷然と氷塊を歩き近づく青キジに、舟場付近を固めていた海賊は焦りに冷たく震える手で刀を掴みその姿をにらみつけた。そしてはるなが帽子を掴みジンベエ達の方へと目を向けた時、そのジンベエの前の地が大きな音を立てて崩れ、地表を溶かしマグマが噴出した。亀裂の縫い目から現れた“赤犬”が、体中をマグマに変えながら冷徹の眼差しを二人へ向ける。
「わしが『逃がさん』言うたら ――もう生きる事ァ諦めんかいバカタレが……」
「赤犬!くたばってなかったのか!!!」
「地下を溶かして回り込んで来たのか!!」

「―そのドラゴンの息子こっちへ渡せ……!ジンベエ」
ジンベエはその赤犬の鬼の形相をまっすぐ睨みつけたまま、覚悟を変えない意思を貫いた。
「そりゃあできん相談じゃ ―わしはこの男を命に代えても守ると決めとる」
「――じゃあもう……二度と頼まんわい……!!」
最早任務を遂行するためならば、大量虐殺も厭わない表情は――ゆっくりとジンベエへと手を向ける。
まっすぐ赤犬へ向かうジンベエの後を追う様に、白ひげ海賊団は武器を持ち走り寄る、その上を通り越してイワンコフは巨体をぶつける勢いで赤犬へと飛んでいった。ホルモンにより倍に肥大化した顔を向け、”地獄のウインク”を爆発させる。
「おどきいジンベエ〜〜〜!!麦わらボーイに手出しはさせナ〜〜〜ブル!!」




その時、はるなは硬直していた。
先ほどまで、確かに麦わら帽を掴み数十メートル先でサカズキと対峙するジンベエに向かっていた筈だった。そのはるなの両足はいま竦みとも違う強張りに捕らわれ、顔を後ろへと向ける事すら許されない縛りに体中巻きつかれていた。ゆっくりと後ろに何かが近付く気配を細くつなぐ息の中で感じとる。走りまわる辺りを侮辱するほどのささやかさで、大胆に足音を立て自分に近づくその男は、ゆっくりとはるなの腰に腕を回し、大柄な体を曲げ覗きこむようにはるなの表情を見た。男にしては細く筋張った指がはるなの顎をとらえ上へと向けられる。男は笑っていた。
「フッフッフッ、……女帝も側近も、麦わらに惚れ込んじまってるようだなァ?」
「……ッ……ん」
「お前の首はいくらになるんだ?見たこともないツラだが……フッ、」
「は、なしてください……!」
「仕事はちゃんとしねェと駄目だろう嬢ちゃん?それとも一緒にあのジンベエをヤりに行くか?」
何もかも見透かした様な眼が、黒いサングラス越しに自分を見ているのをまるで蜘蛛にかかった蝶の様に、はるなは動く事も出来ずただ痛感した。震えている事を、高い笑い声を抑え、あえて品定めする残虐さをはるなに見せつけているのは、はるなの正体を知らないはずであるというはるなの核心を根底から揺るがすほどに恐ろしい威圧感に満ちていた。何か口を開けば体中の見られたくないものを晒しあげ盗んでいこうとするその指先がはるなの咽喉の中心に触れたまま動かない。早く逃げ出してしまいたいと警告音が鳴り響くのを、――ドフラミンゴは静かに見下ろしていた。
「……さて、」
ドフラミンゴはゆっくり触れてない片手をはるなに見える様にかざしあげた。この男の能力を何度も見てきたはるなの脳裏には、自分を仕留める姿を想像する事が出来ずただ勝手に動きだす両手が呆気なく麦わら帽を手放すのを目も向けられずに感じるだけだった。
そして指先から、麦わら帽がすりぬけて落ちていこうとした瞬間、突然自分の地面から舞いあがった砂塵がはるなとドフラミンゴの間に壁の様に立ちふさがり、ドフラミンゴは砂に剥がされるようにはるなから距離を取った。
やっと体が動いたと思ったと同時に、目の前に砂が沸き上がる。その光景で真っ先にある人物が思いあがる。砂は細かい粒子同士をつなぎ合わせ、見る間に目の前に巨大なシルエットを生み出した。その表情は高く見るだけではるなは思い切り上を向かなければならなかったが、肝心の本人は自分の向こうにいるさほど変わらない背丈のドフラミンゴを睨んでいたため、はるなには目も向けていなかった。
「ク、ロコダイルさん……?」
高い鼻が静かに動き細い目が自分を見ているのがわかり、はるなは硬直した、傷付いた肌に似合わぬ獣の形相は吐き捨てる様にはるなを見下ろした。
「ど真ん中走ってんじゃねえよ小娘、邪魔だ」
「ッ、……!」
「フッフッフなんだ?お前もその嬢ちゃんの知り合いか?」
「こんな弱ェ女俺が知るかよ……」
クロコダイルがそう言って一歩前に歩き出したのを見て、はるなは一度頭を下げると、その様をクロコダイルが見ているかもわからないまま無心で再びジンベエの元へと走り出した。
はるなは、クロコダイルがなぜ自分を一度見たのか、その理由がわかっていた。
勿論、はるなにしてみれば記憶として新しい筈の事も、彼自身にしてみれば覚えている事の方が不思議な程に一瞬だったのだ。大監獄インペルダウンで、はるながレベル6で目を合わせた人間――言葉を交わす事もなくただ互いにその存在を視界に捕えただけの数秒――はるなからすればこのような展開になるとは思いもせず、あそこだけで二度と会う事はないだろうと思っていたからこそ、その時のクロコダイルの少し不思議なものを見る様な細い視線をこんなにもはっきり覚えているのだ。檻越しにその時の事をクロコダイルが覚えているのだとしたら、自分を――というよりも自分が持っていた麦わら帽を守った行動がそれほど不可解には思えない事もなかった。
(……ドフラミンゴさんとも因縁があるのかな……どっちにしろ……助けてもらってしまった……)
恐らく海軍の敵でもあるからだろう、はるなはドフラミンゴを交わす事ができ、なんとかジンベエの元へと走る事が出来た。

「っ、?!」
すると間も置かずに地盤が烈しく揺らぎ始め、はるなは思わずつんのめりそうになる足を持ち直し咄嗟に広場の方へと振り返った。そこには先ほど白ひげたちの周りに囲っていた黒ひげ海賊団達が、愉快そうに笑い、中心のティーチの下種な笑みと共に立っていた。その両手には、君の悪い二つの力が宿っているかのように黒く濁っており、辺りはその両手を恐ろしそうに眺め、徐に海兵の一人が口を開いた。
「あれは……グラグラの実≠フ能力……?」
「し……死んだ白ひげ≠フ能力を……あいつが使えるんだ!?」
「オヤジの能力!?」
その両手が見せているのは、全てを沈め引き摺りこむ闇の引力と、世界を壊す力である白ひげの能力。グラグラの実を手に入れ、ティーチはふたつの能力を使う事を可能にしたのだ。それは科学的に不可能だと実証された筈の事実、海兵や海賊たちまでもその怪奇の出来事に驚きを隠せず、ただ混沌と揺れ動くその巨体に眼を凝らしていた。
「普通の人間≠ネらば絶対に無理だよい……だがお前らもよく知る様にティーチは少し違う……体の構造が……異形≠ネんだよい!!――それがこの結果を生んだのか……!?」
自らの能力を烈しく見せつけて、高く笑うティーチの顔にはこの広場だけでなく、世界中に訴えるかのような強さが垣間見えた。最早小物の戯言には片づけられない力の底のなさが、その両手には宿っている。

「この世界の未来は決まった……ここから先は――おれの時代だ………!!!!!」

世界中へと轟かせるその声が、闇を従えこだました。






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