肉を突き破る音の代わりに聞こえたのは、炎が燃え上がり焼けた固まりに混じる地獄の業火の音だった。
はるなは震えながら、目の前で膝をつきルフィの胸元に倒れ込むエースの姿を見て、枯れる程の強さで叫んだ。










Dramatic...39








「エースさん!!!!」







「まだ息はありそうじゃのう…… 」

肩が痙攣しているかのように震えているのをじっと眺め、赤犬は虫の息となったエースの元へ片手を揺らしながら近づいてくる。

「やめろぉ!! 」

咄嗟の悲劇に出遅れた事も、隊長達の焦りを煽るには十分だった。マルコとビスタは怒り狂ったように赤犬へと剣と蹄を振りかざし、マグマとなったその炎熱の固まりを切り裂いていく。
ぱっかりと割れた裂け目からはボコボコと沸騰したマグマが穴を塞ぐよう垂れていき、その崩れた表情に見える赤犬の顔は目敏そうに二人を見やった。

「ア〜うっとおしいのぉ……!覇気使いか……”火拳”はもう手遅れじゃとわからんのか」
「ッ……!、何て事に……! 」

悔やんだって悔やみきれない現状にマルコは困惑を隠せなかった、判断が正しければ確実に救えたエースの事態に、赤犬の脅威を一瞬でも許す事は一番のミスだったはずだ。
自分の後ろで弟に抱えられながらぴくりとも動かなくなった家族の気配を感じ、マルコは震えながら自らの両手を炎に変え二人を隠すように立ちふさがった。



「!エース!……急いで……手当てを……! 」
「……ルフィ、ちゃんと助けて貰えなくてよ……すまなかった……! 」

突然弱気を吐いたエースの体が、どんどん重みを増して自らの肩に掛かってくる原因が分からず、ルフィは必死になってその堅い肩を握りしめた。

「何言ってんだバカな事言うな!誰か手当てしてくれ!エースを助けてくれぇ! 」
「無駄だ!!……ハァ……自分の命の終わりくらいわかる……!内臓を焼かれたんだ…………もうもたねぇ……だから……聞けよルフィ……! 」

背骨を焼き切り向こうが見えるほどの穴を空けられ、エースは口を動かすことしか最早出来そうにもなく、むしろ即死でなかったことが奇跡と思えるほどだった。相殺しきれなかった熱により内蔵近くの気管は焼き払われ、酸素の送り込まれない胃が空気を漏らす悲痛な音と共にエースの喉からは息絶え絶えに言葉が吐かれる。
周りは立ち尽くして、臨終の姿を見るかのように言葉を失い、ただエースを頑なに抱きしめるルフィを見ていた。

「……何、言ってんだ……エース死ぬのか?……………お前、絶対死なねぇって、……!言ったじゃなぇかよぉ……エースゥ……! 」

「……そうだな……サボの件と……お前みてぇな世話のやける弟がいなきゃ、俺は生きようとも……思わなかった……誰も、それを望まねぇんだ仕方ねぇ……!……そうだ お前、いつか……ダダンに会ったら……よろしく言っといてくれよ……何だか……死ぬとわかったら……あんな奴でも懐かしい……」

両手が血に赤く染まっていくのを見て、ルフィは震えながら耳元で誰にも聞こえないほどの弱々しい声を繋げるエースの言葉を、頼りない思考を必死に使い聞いている。

「心残りは……一つある……お前の……夢の果てを見れねぇ事だ……ハァ……だけどお前なら、必ずやれる……!俺の弟だ……!……昔……誓い合った通り……俺の人生には……悔いはない! 」

「……嘘だ!嘘つけ! 」

「……嘘じゃねぇ……!俺が本当に欲しかったものは……どうやら名声なんかじゃなかったんだ………俺は”生まれてきてもよかったのか”欲しかったのは……その答えだった。…………もう……大声も出ねぇ……ルフィ、俺がこれから言う言葉を……お前 後からみんなに伝えてくれ」


はるなは、青キジが体を緩めたのに気付き、刹那に体を全て液体へと変え抑えていた青キジの両手からすり抜けた。青キジはすぐ右手をあげ目の前で形を取り戻すはるなに手を伸ばしたが、膝立ちのままだった所為で遅れをとり、その細い指先はになの服をかすめ、そのまま炎に飛び込む彼女をの背を見送ることになった。

容赦のないマグマとエースの灯火のかけらが辺りを焼き尽くしている。普通では近づくことも考えなかった一帯に、はるなは意を決し飛び込んでゆく。
飛び上がる火の粉が体に触れて、水に勢いよく溶けていく。
けれど走るたび足に触れる熱がはるなの水を蒸発させるように煙を起こすその痛みは、恐らく赤犬のマグマのせいなのだろう。
受け流しきれない溶岩に体が傷ついているのか相殺できているのかわからないまま、何度も体を燻す痛みにはるなは目尻を濡らし必死に足をあげた。

他の隊長達と並びその場についたときには、エースがルフィの体を強く抱きしめていた。ルフィの見開かれた目には何も映っておらず、そのおおきな瞳は静かに潤んで、ルフィすらも息を止めてしまうのかと思えるほど、その横顔は震えていた。

「……いや…………」

「………オヤジ……!!……みんな……!!そしてルフィ……今日まで、こんなどうしようもねぇ俺を……鬼の血を引くこの俺を」

「いや……!」





「愛してくれて……ありがとう!!! 」




二人の膝元に落ちていたビブルカードが小さな火をあげ消えていくのが見え、はるなはもう、絶叫する辺りと同じく、何も考えることができなかった。

「……あ、ぁッ………」

(嘘だ)

眠りにつく静かさで、エースはルフィの腕の中から滑り落ちてゆく。
ルフィは掴み直そうと揺れた手が、そのまま震え空を掴んだのをゆっくり見て、空を仰いだ。白目を剥きだしたその目は意識を失い、発作のように震えている。
はるなは涙を落としたまま誰も近づかなかった二人に走り寄ろうとするが、赤犬をはね飛ばすとすぐはるなの隣に下りたったマルコに制される。

「っお前!近づくな!赤犬に消されるよい!!」
「やっ、……!、このままじゃ、ルフィが……ルフィが殺されちゃう!!行かせてください!!」
「おまえがどうこう出来る相手か!!」

マルコの言葉に、はるなは言葉が詰まった。けれど今、目の前で一人兄を抱え崩れていくのはルフィなのだ、彼をたった一人に、一人ぼっちにしてはだめだ。これ以上見ているだけなんてだめだ、はるなはマルコの掴む手を引きながら、枯れるほどに泣き叫んだ。

「……ッルフィ!!起きて!!!」

意識を完全に失い全くの無防備になったルフィに、赤犬が追い込みをかけるようにもう一度拳を振り上げる。

「次こそお前じゃぁ”麦わら”! 」
「ルフィ!!!」
「ッ、お前!弟を連れてけ!!」

はるなが叫ぶと同時に、その手を掴んでいたマルコははるなをルフィの元へ投げるように勢いよく突き離し、そのままその赤犬に向かって蒼い焔ごとぶつかっていった。
それに続いて前に攻め込む白ひげ海賊団達に、はるなは涙を拭いながら必死に目をさまよわせルフィの体を掴む。

「起きてよ!!ねぇッ……ルフィ……!!」

ジンベエに掴まれ尚ぐったりと目を見開いたまま意識を戻さないルフィに、枯れた咽喉を避けるほど叫ぶはるなに気付き、ジンベエは驚いた様に小脇で共に座るはるなを見る。

「お前さん!!何故こんなところに!!」
「ルフィはまだ生きてますか!?」
「ああ!!だが一刻を争う!!急いでここを退かねばならん!!!」

白ひげに援護され、痛みも忘れ傷だらけのまま船へと走る。
背中には、マルコや隊長たちが率いる白ひげ海賊団が、ルフィを守るよう赤犬に向かって行った。

「こいつの命はやらねぇ!!この命こそ……生けるエースの意思だ!エースに代わって俺達が必ず守り抜く!もし死なせたら”白ひげ海賊団”の恥と思え! 」

巨体のジョズと呼ばれた男が動くのが見え、はるなはそれを印に彼の後を追った。ジョズの周りを防ぐように集まってくる海賊達が、腹を据えて赤犬の前に立っている。
ルフィたった一人を守るためだけに、世界最強と呼ばれた海賊達が、今一度誓いを立てたのだ。

「兄弟二人共逃がさんと言うたハズじゃ……!ん? …」

そして海賊達の中に立つ、船長――白ひげの強烈な拳は、容赦なく赤犬の体を砕くように突き落とされ、振動も覇気も纏った衝撃が、赤犬の体で破裂した。

「ぐ、うウッ!」
「オヤジが怒ってる!みんなここから離れろぉ! 」
「く……!”冥狗”!!」

体中の骨が軋み折れていく中、赤犬は左手に溜めたマグマを白ひげへ向けて振り上げる。地表が崩れ倒れていく中、それは白ひげの頭半分を霞め、焼き切っていく。脳を半分無くしてもはや常人では即死の重傷を負いながらも、赤犬を割れた裂け目へと落とし、尚も雄々しく前に進み歩いた。

「顔半分失って……!まだこんな力を……! 」

最早止める方法を見失うほどに強大な力は、二つに割れた地盤の向こうにいる海賊一人殺させない。そう物語っていた。

「まだまだ!! 」

動く事の出来る船が全員脱出の為に湾頭へ近付いてくる。

逃げ惑う海賊たちの中、赤犬を失いエースの死んだ今最早白ひげの一網打尽を狙うかのようにがむしゃらな殺し合いにまで行きつく広場で、ふと上を見上げた軍人たちは見覚えのある姿に全員戦っていた腕を止め処刑台へと目を向けた。

「え!?……まさかあいつ……!?」

「貴様らが……一体どうやってここに……!?」

理解の及ばない行動も、この戦争では一々全て追ってはいけなかった。
そうして問題児として放置していた“最悪”が、今目の前に全ての仲間を連れて終結している。

誰もが突然やってきた闇に、体が止まった。

「てめぇ……」



「なんで……!?」

走り続けていたはるなも、その人間の登場に思考が追いつかなかった。

理由がない、必要がない、けれどなければ来るわけがない。

――――どうして、こんな時に?








「”黒ひげ海賊団”!?!?」






「ゼハハハハハハ!久しいな!……死に目に会えそうでよかったぜオヤジィ! 」

「ティーチ……!! 」


ティーチは処刑台の、エースのいたその惨状の上で、まるで舞台に降り立った役者のように大きく腕を広げ高笑いして見せた。

何もかも彼の計画通りだったのだろうか、この戦争を――エースの死を。

はるなは痛みと同じくして、胸に鳴り響く警告音の様な耳鳴りに歯がみした。
笑い声が死体の山を越え雲泥の中で遠くこだまする。闇の力などはるなは知らない。けれど目的は白ひげかルフィなのだろう。何をするつもりなのか、はるなは彼の残虐さを、あの心臓まで黒いかのように振舞う海賊の血を分けた男の目が、自分に向けられる事すら恐ろしく、ただその全てを侮辱する様な声に背を向け走り続けるしか出来なかった。








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