Dramatic...36


















波は重力の法則を裏切るよう止め処なく沸き上がり、全てのパシフィスタを飲み込んで海中へと引きずり込んでいく。
巨大な津波は海賊も海兵へも触れず、まるで悪魔の尾のように鋭く巨体を海の中へと推し進め、パシフィスタは抵抗する猶予も与えられずまるで吸いこまれるように沈み瞬く間に深海へと消えていった。
津波とは違う重たい音がつんざくように耳を貫いたと思えば、次には平地と変わった場に訪れる静寂が、そこにいた者たちを唖然とさせた。誰もが口を開け、先ほどの猛攻が無かったかのように影も消えた事に反応すら失った。

たった一瞬の出来事を、すぐさま理解した者はその場に誰一人としていなかった事だろう。対抗する術のない海軍の隠し兵器の登場を、たった数秒で過去に押し込んだ。
見た事もない力が海を動かし、そして誰も張本人を見つけられずにただ闇へと沈んでいく寡黙な姿を、皆が皆、まるで悪魔の化身の存在を感じるかの様に背筋が凍るようだった。





甲板に立つはるなの周りには、シャボン玉のように膨らんだ水滴がいくつも行く宛もなく浮遊したまま、僅かに抑えの利かなかったはるなの力の底の無さを見せつけている。スクアードはまっすぐ自分を見るはるなが、その途方もない力を操る勇ましさと裏腹に優しく微笑んだのに驚き、咄嗟に、憎しみと悲しみで震えた指から大刀を滑り落とした。

言葉を失い、そして躊躇い、スクアードは目を一度閉じ覚悟を決めた様に静かに白ひげへと向いた、行き場のない困惑が胸を裂くような悲痛な声となってはるなと白ひげの耳に響く。
ゆっくり前へ歩み寄り、はるなの隣に立った。

「……親父、教えてくれ……!俺ァもうわからねぇよ……!!」

全てを黙って見ていた白ひげは、刀を握る雄々しさをまるで無くしたスクアードの辛くゆがんだ顔が、ただ偏に自分だけを真っ直ぐ見ていないことに気が付き、その瞳に隠された真意を聞くため、強く薙刀を握りスクアードへと歩み寄る。

「俺達ぁ……罠にかけられたんじゃねぇのか……!?なぁ、親父……俺ぁ……知らなかったぞ、エースの奴が……あのゴールド・ロジャーの息子だったなんて!!……俺がアンタに拾って貰った時……!俺は一人だった……!なぜだか知ってるよな!?長く共に戦ってきた大切な仲間達をロジャーの手で全滅させられたからだ……!!俺がどんだけロジャーを恨んでるか知ってるハズだ!!」

畳みかける様に吐きだされる言葉を、はるなも白ひげも黙って聞いている。
スクアードは遠くでマルコ達も聞いているのがわかっていてなお、強く声をあげ続けた。

「だったら一言、言ってくれりゃあよかった……!エースはロジャーの息子であんたはエースを次期”海賊王”にしたいと思ってると!……その時すでに俺ぁお前に裏切られてたんだ……エースとも仲良くしてた……バカにしてやがる!そしてお前にとって それ程特別なエースが捕まった……!だからお前は俺達傘下の海賊団43人の船長の首を売り!エースの命を買ったんだ!白ひげ海賊団とエースは助かる!すでにセンゴクと話はついてる!そうだろ!?そんな事も知らずに、どうだ!?俺達は……!エースの為、白ひげの為と命を投げ出しここまでついて来て……」

「……」

行くあてもない思いは、今までのスクアードの白ひげへの信頼そのものを意味していた。
憎しみが胸を裂こうとも、力で勝てるわけがない事はわかりきっていて、自分の存在などこの目的に比べたらどれだけちっぽけなものなのかと、行き付いた答えを噛み締めれば、やるせなさに言葉は吐きつけるようにしか出なかった。

「アンタの……親の口から聞かせてくれよ、俺たちは、俺はッ……どうすりゃいい!?」
「スクアードさん……」

思わず呟いた一言に、スクアードは静かに視線だけをはるなに向けて、歯がゆそうに俯いた。

「女、お前には感謝してる……でも俺は刺すつもりだった!白ひげ!アンタを刺して仲間を助けたかった!!殺すなら殺せ!俺ァ命捨てる覚悟で此処まできたんだ!!」

仁王立ちし白ひげの前に何も持っていない身一つを見せつけると、白ひげは静かに息をついた。

「……エースがロジャーの息子だってのは事実……”それ”に最も動揺する男を振り回そうとした……奴らの作戦は周到だったってだけだ」

遠く、センゴクを一度睨みつけると、白ひげは一歩また、スクアードへと近付いた、スクアードも臆することなく前へ進み、二人は睨みあう様に目線を合わせた。

「スクアード……おめぇ仮にも親に刃物つき立てるとは……とんでもねぇバカ息子だ!」
伸びた大きなては真っすぐスクアードへ向けられる。
「ウアアッ……!」


覚悟を決めたスクアードの呻る様な声を聞いて、はるなは肩を震わせ咄嗟に目を閉じた。

助ける、そう言ったのに、そう思うはるなの臆病な心は、スクアードの漏らした”感謝”という一言で、何か彼の手助けが出来たのかもしれないと言う自分の隙を呼び咄嗟にはるなの思考を鈍らせた。

――そして本音を言えば、男二人の……”海賊”の駆け引きに、圧倒されたのもわかっていた。


数秒、間を置き聞えた言葉に、はるなはゆっくり目を開けた。



「バカな息子を……それでも愛そう……」



スクアードはたじろぎ、自分を覆う大きな男に向かい吠えた。

「……!?ふざけんな!お前は俺達の命を……! 」
「……忠義心の強ぇお前の真っ直ぐな心さえ……闇に引きづり落としたのは……一体誰だ」

問われるまま、スクアードは困惑しながらも何もかも吐いた。

「海軍の反乱因子だ……!お前を倒せば部下は助かると!あの時、赤犬一人が湾の裏手で……」

ちらと、スクアードははるなを見た、そこに間違いなくいたはるなに確かめる様に。はるなはすぐさま強く頷き、目線を向ける白ひげに言う。

「センゴクとの暗躍だと思います、他の海兵たちに知らされてはいませんでした」

コビー達の階級まで、かもしれなかったが、青キジがおそらくスクアード達を追ってはるなにぶつかったのだとしたら、恐らくそれ以下の階級は殆ど同じ状態だった筈だ。

「そうか……お前がロジャーをどれ程恨んでいるか……それは痛い程知ってらぁ、だがスクアード、親の罪を子に晴らすなんて滑稽だ……エースがおめぇに何をした……!?仲良くやれ……エースだけが特別じゃねぇ……みんな俺の家族だぜ……」

その言葉に見開かれた瞼から落ちたスクアード涙が、全てを物語っていた。

もう、周りに飛び交う焦りや疑惑の声など耳に入る事は無いだろう。
こんなにもしっかり、自分に応えてくれる人間が目の前に、ずっと、ずっとそばにいたのだ。
立ち上がった白ひげの先で鋭く全てを見据えるセンゴクの顔を睨み、呆れる様に低く静かに言う。

「まったく……衰えてねぇなあセンゴク……!見事にひっかき回してくれやがって……俺が息子らの首を売っただと……!?」

白ひげは言うや、両手で拳を作り振り広げ、勢いよく大気を揺らした、振動はどこまでも響き渡り、左右の巨大な氷山は見る間に跡形もなく砕け散っていく。センゴクはその様を遠くから眺め、まるで褒めるかのように静かな物言いをする。

「……海賊共に……退路を与えたか……食えん男だ」

普通の人間なら、疑惑を恐れ仲間が減り戦力を失う事を第一に考えるはずの事を、白ひげはセンゴクの浅はかな希望を打ち崩す様に高く叫んだ。


「海賊なら!信じるものはてめェで決めろ!!俺と共に来る者は、命を捨ててついて来い!!行くぞ!!!」

エドワード・ニュゲートはモビーディックから飛び降り、薙刀を構え走りだした。それを言葉もなく見送ったはるなと、膝をついたスクアードは、背に飛び交う強い咆哮に静かに唇を噛み締めた。スクアードは蹲るよう涙を隠し、抑えきれない悔しさを叫ぶ。

「俺は何て事を……!すまねぇオヤッさん……!すまねぇ……エース!!……大好きなオヤッさんを俺ぁ疑って……!」
「スクアード!……泣く事が、報いる事かよい……!」

甲板へと降り立ったマルコの咎めるだけでなく、激を飛ばす鋭い声で、スクアードは涙まみれの顔をあげて強く首を横に振った。
そうだ、まだ何も終わってはいない。
スクアードの心が決まったのならば、もう今度こそ迷う必要は無いのだ。
はるなは膝をつき顔を覆うスクアードの足元に歩み寄り、その顔を見上げるよう自らも膝をついた。鼻をすするスクアードの鮫の様に鋭い瞳が情に溢れ涙を零しているのを見ると、はるなは恐怖よりも、どこか、安心感に近いものを感じられた。
スクアードは近付いたはるなにも涙を流しながらはるなの裂かれた肩から目を外す様に深く首をもたげ、擦れた声を出す。

「……すまねェ、お前をそんなにしたのに、……お前が来てくれなかったら、……俺は、俺は危うくおやっさんを……」
「スクアードさん、」

そっと膝に拳を丸めて、強く俯いていたスクアードの手の上へ、はるなは自分の小さな手を重ねた。不思議そうにはるなを見やるぼろぼろの目に、はるなは強く、そして自分に言い聞かせるかのように言う。

「エースさんを救いましょう!」

スクアードは開いていた口を閉じ、目の前に広がる戦場を見て頷いた。すぐに立ち上がり落とした大刀を手にとって、 言葉もなく甲板を下り走りだす。
はるなはその背を見届けていたが、突然抑えていた荒い呼吸がもう一度ぶり返したのを感じ、思わず片手を床に付けた。
甲板の木目へ自分の血が見た事もないほどボタボタと落ちている。それが自分の血であるという事すら上手く理解できなかった。
眩暈と気だるさでついた膝をもう一度持ちあげる力をどこから出したらいいかわからなくなり、まるで筋肉が烈しく拒むように体をがんじがらめに抑えているようで、吐き気すらも感じはるなはたまらず頭を抑えた。

「……大丈夫かよい」

静かに後ろに立ったマルコが、静かにはるなの背に触れ、はるながその声に顔をあげるよりも早くマルコはその体を容易く抱き上げた。

「あっ、ッう……」
「医療班が船の横についてる、ちょっと我慢しててくれよい」

緊迫した場での静かな言い様にはるなは黙って頷いたが、傷だらけのはるなを一度見て、少し考えながらマルコは船から飛び降りて口を開く。



「……おめぇは、一体誰だよい?」

「……ルフィの、友達です、」

呼吸に混じり荒く答えた言葉にマルコは怪しげに眉を顰めるのが見えたが、マルコ自身それにわざわざ構っている暇などはなかった。
多くの人間が倒れる場に下ろされ、はるなは見た事もない人間たちに囲まれながら腕に何かを刺されたのに気付き、それに抗う事も出来ずにすぐさま離れていくマルコの、青い焔の尾を薄くまどろむ視界の隅でそっと見る。
多くの声が耳の中を通り抜けては騒がしく傷の肩が揺れる、痛みは最早幻覚の様に何度も耳鳴りして頭を貫くので、言葉を発しているのか、意識がどちらに傾いているのかも自身で判断できなくなってきた。

強い揺れが広場全体を壊す様に起きたのが、はるなの意識が最後に理解した感覚だった。






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