思えば、“命を懸ける”なんて言葉、今まで考えたこともなかったな。そうはるなは刹那思っていた。睨みつける維持の見せつけと、体の芯から固まって動かなかった両足は、その一瞬だけ私をワンピースの人間に仕立て上げたのだろうか。心の中で何度も恐怖心が襲いかかり、目の前の人間によって生まれて初めて感じる死の匂い、それを一瞬で一般人であったはるなが覚悟できるわけがない。覚悟が出来ないならば、命を懸けると、そう願うしかはるなには彼に対抗する術がなかったのだ。はるなにとってその策は絶対的な自分への信頼ではなく、助かる道を与えない青キジの押しつぶす様な冷たい瞳に、殺されるくらいの気持ちで抵抗した、それだけにすぎなかった。
はじめから、こうなる事が予想できたはずなのに、その予想に自分が死ぬ事を入れてなかった事が庶民的でなんて馬鹿らしく幼稚なのだろうと、はるなは可笑しくも思えた。
戦争に首を突っ込んで、助けたいと口先ばかりで泣きごとを言い、挙句逃げ惑い目の前で苦しむたった一人すら救えない。

――一体どれほどの力があれば、自分の人生を変えられたのだろうか?

はるなは恐らくこの世界に来る前でも、同じような事を繰り返し思っていた。

何もない、何ももっていない、そう決めつける事が出来ない弱さと、
何かある、何かしらもっている、そう探し続ける自分の浅はかさ。

幾度も繰り返してはやり場のない言葉を胸の奥に押し込んで平静を装い生きていくのだ、ずっとそうしてきた。永遠の普通を繰り返して、はるなは自分を”幸せ”に追い詰めようとしていた。

それと何が変わっただろうか?

はるなはからっぽの両手を握りしめて思った。










(私に出来る事はなに?)
私が出来る、ことはなに?






















Dramatic...34

















一瞬、意識が飛ばなかった事が不思議なくらいだった。はるなの視界には驚きに目を張る青キジの顔が見え、その腕は間違いなく鋭い槍を持ち、はるなの体を突き刺していた。青キジはゆっくり片腕を動かしながら、囁くように静かに呟いた。
「嬢ちゃん……能力者だったのかい」
はるなは自分の胸に突き刺さった槍が抜かれて、どぷりと聞いた事もない音を身の内から零したのに、理解できないまま刺された胸に手を当てた、透ける様な白さだった自分の肌が、本当に透けて、地と血を混じらせ水浅葱の色を浮かせている。考えるよりも痛みを堪えて先に立ち上がれば、凍っていた足はどろりと一度溶けて、はるなの重心に合わせてもう一度形を作りなおした。
「やるじゃねえの」
「……私、の……?」
(動物種じゃなかった?)
立ち上がり青キジと向かい合うと、彼は先ほどと打って変わって少し楽しそうな表情を浮かべ、荒く息を吐いて傷を抑えるはるなをじっと見る。はるなにとっては今一瞬だけ助かっただけで、現状は何も利を得ていない。能力の片鱗は微かに感じているが、それを使って、”氷”である青キジを倒すすべなど、咄嗟に思いつきはしなかった。それもわかっていての事だろう、青キジの笑みは余裕を持ちながらも少しばかりの弱者の反撃に、せせら笑っているかのようにすら見えた。
「よく見りゃ普通の可愛いコが、そんな血だらけになっちまって」
「私は……貴方と戦うつもりはありません」
「そうもいかないでしょ、喜んで殺す気にもなれねェけど」
「そう、ですね」
じゃあ、はるなは一言置いて、青キジから飛びのいて即座に彼から離れた。体中が軽かった、
まるで空気と一体化しているかのように浮き、大気が吸い寄せる様に足元をすくい上げては体を押し出して行く。青キジに背を向けて、一目散に人達の群へと走る。
「オっと、ォ……逃がさねえェって!」
「っ、!」
鋭い氷の刃がはるなの体を通り抜けた。触れた幾つかが凍り、すぐに氷は水と溶けあい体から剥がれおち、青キジはその僅かな隙を逃さず後ろまで迫っている。逃げきるより先に、足止めをしなければどうしようもなかった。


(逃げたらだめだ……!!)



はるなは青キジが自分の肩に手を置いた瞬間、顔を上げ、目の前に見える全ての海を睨みつけた。冷たい掌によって容赦なく引き摺り寄せられる体に、共にいざなう様、その海へ手を伸ばした。
肌すらも溶けるように滑らかに、体のすべてを、海のように広く、ただ高く














―――ただ、強く!!







「――ッりゃああっ!!!」

はるなは体をねじり青キジとすぐ傍で向かい合う、彼が氷の刀にした腕を振り下ろそうとするより先に、彼女の後ろから押し迫った――巨大な津波が青キジを呑みこみはるなから突き放した。
刹那の出来事だった。青キジは全貌を把握するより先に、流れていく体が自由を奪われ力の入らない事に困惑してただ目を見開いているしか出来なかった。辺り一面の海賊も海兵も全てが波に流され湾の端まで叩きつけられる。たった一か所、全体で考えればごく一部で起きたその“異端者の奇蹟”に、気付いたのは高く見据える白ひげだけだった。
「誰だ!?誰の仕業だ!!」
「津波か!?」
「わかりません!!しかし一体の人間殆どが呑みこまれ気を失っています!」
「構うな!!立てるものだけ早く戦場に戻れ!!!」
水浸しになった姿をはるなは見る事もせず、急いですぐ目前にきたモビー・ディックへ足を飛ばす。その時辺りの視線ははるなの一瞬よりも。湾頭へ現れた巨大なパシフィスタ達のほうへと向けられていた。



「アレが噂に聞く――政府の“人間兵器”か」







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