(………?)









Dramatic...33














目の前に広がる青空を見て、はるなは一瞬、思考が止まった。


(――ああそうだ、気を失ってたんだ……)


「っ!……」

意識が戻った途端に襲う肩から鳩尾にかけての激痛に顔をしかめ、仰向けになっていた体を何とか持ちあげる。きっと加減をされたのだろう、普通だったら裂けて二つになってもよかった体はちゃんと動き、切られた所の血は酷かったが、スクアードの本気などとは到底思えなかった。それは躊躇いの中にある彼の優しさが生んだものだろう。戦いの場で、一番信用していたものが、自分を容赦なく捨てるかもしれないと言う孤独感。
考えるだけでは抗えない、絶望。
全てを突然思い知らされて、それをたった一人で決行しなければならないなんて、どれだけの勇気があっても足りない。何もかもを甚振る様に赤犬の手によって、ひたすらに真っすぐな、その純粋さが一瞬にして黒に染まったのだ。

(行かなきゃ……スクアードさんを、止めなきゃ……)

はるなは立ち上がり、スクアードが目指したモビー・ディックへと足を向ける。走れない訳ではない、けれど出血はひどく感じた事もない眩暈と痛みで意識は今にも止まりそうだった。それでも、今ここで立ち上がらなければ、彼は傷付く。
彼は父親でも赤犬でもなく、自分の手で、自分自身を傷付ける事になる。

(動け……!)

引き摺りかけた足を叩き、はるなは走りだした。


戦場はまだ何百人もの兵士と海賊が入り混じり剣を合わせ、目に映る人間は全て殺さんとばかりの息をまいて襲いかかってくる。なんとか意識を集中させてその僅かな隙間を掻い潜る様に一目散に船へと向かった。
少し向こうでルフィが苦戦している場で、クロコダイルやイワンコフの姿も見えた。全員の目標は本部真下の処刑台であったから、そこへ向かう海賊とは反対を行くはるなの体を捕えようとする者はいない。――作戦が知られていないからこそ、スクアードの動きは誰も止めることなく向かって行く。全速力で行けば、まだ間に合うはずだった。




「う、あぁっ!」

「なんでこんな女の子まで、戦争に巻き込んじまうんだか……」

はるなは自分の足が突然凍りつき、地面を蹴る事が出来ず勢いよく前のめりに倒れてしまった。冷たさは鋭い痛みとなってジワジワと足の神経を蝕んでいく、倒れたまま凍った左足に触れ、ゆっくりと自分の前に立った大将――青キジを見上げた。

「……は、ハァッ、」

「痛いだろう?もう立つのはやめときな」
「っ……!!」

ゆっくり凍った指が伸びて、はるなの首元へ槍の様に向かってきた。一突きにするつもりだろう。感情も何も現わさず手を伸ばすその氷を、意地とばかりにはるなは叩く様に強く殴りつけ砕く。けれど折れたばかりの手はすぐに氷の形を繋げはるなの首元を掴みあげる。凍った足は逃げる事も出来ず、はるなは青キジの目線まで持ち上げられた。

「……はっ、うっ、」
「嬢ちゃん、死にてえのか?」

今度の一言は先ほどと違い、静かな殺意が含まれていた。圧倒的な力の差を見せつけられて、はるなは自分を赤子の様にゆっくりと、眠らせる様に込められていく力に目を細めた。





(まただ、また私は救えない)




はるなの脳裏に、あの時現実を見失いそうになりながらも、はるなを見捨てて当たり前に過ぎていった暴虐の時間が浮かび上がった。

繰り返すんだ、ケイミーの時のように、まるで自分を置き去りにして過ぎていく力に、あらがえずに壊されていくんだ。


(いや、もうそんなのはいやなのに、どうして……)

どうしたら強くなれるんだろう。
無くしたくない、もう誰も……傷つけたくないのに、


「おっ、と……!」

はるなは勢いよく腕を振り上げ、そのまま肘を落とし青キジの手首へと打ちつけた。生身の腕でなく氷だったからなんとか砕けて落とせたものの、あのままだったら青キジの握力で首は折れていただろう。どさりと落ちたまま荒く息を繰り返し、目の前で冷たく見下ろす青キジの顔を見て、笑みにすら取れるかのように優しく言った。

「……死にたくないよ」

体中が痛くても、たとえ逃げ道があったとしても、

「逃げる方がいやなの」
「……すぐ楽にしてやるよ」

青キジは半身を氷へと変えていった。冷気がこちらにまで伝わってくる、冷たい空気に咽喉から細い息が漏れた、槍を作り上げていくその瞬間はもう、はるなの心に恐怖は無かった。

命を懸ける。
そう決めたのだ、




はるなは目を逸らさなかった。

振り下ろされる槍は、外れることなくはるなを貫いた。






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