海は"彼"のように怒り、震えていた











Dramatic...31










入り組んだ街中のような場所に足を踏み入れた所為で、はるなはふと気を緩め速度を落とした瞬間、突然自分の体を掴んだその腕から逃げることが出来なかった。自分の腰を掴んで壁にぶつかるよう押さえる男に驚いて目線だけ向けると、自分をしっかりと抱き抱え張りつめたような表情を見せる男にはるなは目を大きく開けた。

(コビーくんと、ヘルメッポさん……!?)

二人は勢いよくはるなを連れて影に沿うように隠れて声を潜ませる。

「隠れろ隠れろ!俺たちまで殺されるぞ!」
「えっ、と、貴女は七武海の方ですよね……!?すみません突然、でも、すぐ近くに大将赤犬がいます……!今出ては危険かと思って、……」
「ん、ん、……っ!」
「おいコビー!手離してやれって!」
「あっ、ああすみませんっ!」

ヘルメッポの言葉で漸くコビーははるなの口元を覆っていた右手を勢いよく離し、密着させていた体を戸惑いながらするりと解いた。自らそうしてきたはずなのに、コビーは咄嗟の自分の大胆さを顧みて、はるなの目をみて頬を赤くした。

「ぷはっ、……赤犬さんがなんでこんな所に……?」
「わかりません、でも何か目的があるみたいで、白ひげではなく傘下の海賊長達の方へと向かっていきました……」
「……真っ直ぐ向かうって事は、作戦かな」

はるなはコビーの指した方角へ向けて、足を一歩踏み出した。小屋の裏にいたコビーは慌ててその腕を掴もうとするが、振り向いた彼女の視線を見て、不意に、優しく笑う彼女の笑顔が不可思議にすら思え、掌は固まってしまった。

「お互い、無茶しないよう頑張りましょうか」
「な、にを……!?」
「まあ、無理ですよね!」
「えぇっ!?」

あられもない言葉にコビーが声をあげた時には、はるなは足を飛ばし赤犬の方角目掛けて走り出してしまった。舞っていく埃に目を閉じたコビーが次に見えた視界には、もうはるなの姿は映っていなかった。ヘルメッポはその姿を唖然と見送りながら、ただ消えていった彼方を見つめていた。


「……無茶にもほどがあるでしょう……!?」


コビーはそう吐き出すと、顔中から汗を出しながらあの時ふと見せた少女のあっけらかんとした笑みを、ただ漠然と思い出した。

























(作戦があったとしても、傘下を先に潰すことは何の得策にもならない、白ひげ一人倒せば戦争は決まったも同然の状況、他に、他に“白ひげ”以外を狙う理由が、何かあるはずなんだ!)




「―――まったく、無闇に死ねば仁義を果たせるとでも思うちょるんか、」


はるなの耳に、微かに聞いたことのある特徴的な声が届き、思わず足を止めその声へゆっくり耳をすました。
ふたつ道の向こうで、恐らく赤犬が誰かと話をしている。海軍が固めているわけでもない湾の裏側になるここで、敵と戦うこともせずにする”赤犬”の会話など、作戦以外にある筈がない。はるなはゆっくり石の隙間をかいくぐるように赤犬の目線の先を探した。
彼の目の前には、崩れ落ち幾重にも倒れた仲間たちが地に伏す傍らで、大渦蜘蛛海賊団船長スクアードが、今まさに仲間を次々に焼いていった男を前に今にも吠えんばかりの睨みをきかせ赤犬を見つめていた。

「ハッ……、お前ら海軍には、俺たちの血より濃い繋がりなんてわかりゃしねェだろうな……!」

ゆっくりと両手に構える剣が、赤犬へと向けられる。

「一太刀でも浴びせられりゃあ本望だ!!」
「……まったく、どうしようもない駒じゃのォ、みすみす利用されて本望なんて言葉で親に見殺しにされるとは……」
「あァ……?」

赤犬が一歩足を踏み出しただけで、その威圧にスクアードは僅かに肩を強ばらせた。しかし次に赤犬が放った一言に、その体はピクリと止まる。

「エースは助かる」

(!?)
「……なんだと!?」
「わからんか?この戦争、貴様ら傘下の海賊たちを纏めて全員殺せれば、エースは後々白ひげの、手に戻る段取りになっちょるんじゃ」

「ふざけんな!!くだらねぇ嘘吐きやがって!!」

突然の言葉に目に見えるほどの困惑を浮かべるスクアードに、赤犬は表情を変えず淡々と言葉を続けた。

「――そもそも四皇が治めとるからこそ、今“新世界”の均衡は保たれとるちゅうのに、ここで無意味に白ひげのナワバリを無法地帯に変える、……それを”電伝虫“でわざわざ全世界に伝える……何の意味がある?」

理に適った赤犬の言い方は、先ほどの張りつめたスクアード剣幕を打ち崩すには十分すぎるほど合理的だった。何がスクアードをそうさせたのだろう。

(嘘よ、そんなの絶対に………!!)

はるなの想いとは裏腹に、スクアードの中に溜まっていた泥を押し流す濁流かのように、赤犬の一言が、容赦なく彼の耳に降り落ちた。

「エースがロジャーの息子なのは初耳じゃったか?」

「ッ!?」
「……お前の存在など、次の世代を継ぐべく生まれたエース一人に比べたら、……そう白ひげは考えとるんじゃねェんか……?」
「嘘だ……!!そんなてめェの口車に乗ってたまるか!」
「……そうは言うとれん様になるぜ、ウソじゃァ思うのならよう見ちょれ、これからの”集中攻撃……お前ら傘下の者達のみが攻撃される!“白ひげ海賊団”には一切手を出さんけェのォ……!!」

スクアードはもはやその言葉を頑なに黙って聞いていた、自分が見せている余りに隙だらけの姿を攻撃しようとしない赤犬の言葉が、あまりにも軽々しく胸の中へと収まっていく。

「……わしはこの作戦に反対なんじゃ――この戦いで討つべきは“白ひげ”!それをみすみす逃がすとは以ての外、わしに協力するならお前等を助けちゃる」
「……何をしろってんだ、俺に」

「お前にしか出来ん事じゃァ………白ひげを殺せばいい」

その一言に、スクアードは息をのんだ。
「親父を……!?」
「お前だけが、お前の……本当の“仲間”を救えるんじゃけぇの……よく考えろ」

赤犬はゆっくり踵を返し、また湾の処刑台を目指して消えていった。残されたスクアードはただ一人、真下に転がる”仲間“の死体を見つめている。

「………俺、が……」


(だめ、だめだよ、そんな、)


スクアードの顔はゆっくりとあがり、処刑台とは真逆の”モビー・ディック号“へと向いた。

「殺せば」

(スクアードさん……!!)


「………白ひげを……!!」
「やめてっ!!!!」


体が動きだした時には、はるなはもう考える事をやめていた。
気づけば崩れた石の山に、はるなとスクアードは対峙していたのだ。両手をあげて目の前の道を塞ごうとする女を見て、スクアードは一度目を開き、そしてすぐに鋭い目をつり上げ低い声を漏らす。

「誰だてめェ」
「ッ……海賊、です、あんな、あんな赤犬の言葉を、信じないで下さい……!」
「ああ?ふざけんな……てめェが一体何を知ってるってんだ!」
「何も知りません!知らない……あなたが、ッ」

はるなは、近付いてくるスクアードの刀がカチリと音を立てたのを耳で聞き、強く、息を止めた。顔をあげて真正面へと立つスクアードの、苦しさや、怒り、悲しみすら押し込めた瞳は、今にもはるなを斬り殺さんばかりだった。

「あなたが一番、お父さんを知っているんでしょう……!?」
「ッ…………」

スクアードの瞳は、一瞬だけ揺らいだ。

「―――っ」
はるながそれを確認した時には


「信じたかった、……誰より俺は、信じてるつもりだった!!!!」



はるなの体に一筋の赤い線が走っていた。











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