覚悟がないのは私だけだ。










Dramatic...28










はるなたちが大広間に戻ると同時に、ティーチは突然野暮用があると言い粗方自陣の仕事内容を把握すればさっさと引き留めようとするセンゴクの声を聞き流し広間を出て行ってしまった。
すれ違いにはるなの頭を軽く叩いて「無理するなよ嬢ちゃん」と笑ってくれたが、事の発端を把握しているはるなからすれば、彼自身分かっていない当てつけをさせられたかのような不快感がはるなの身を打ち、思わず返事もせず静かに頭を下げるしか出来なかった。

そもそも、ティーチという存在ははるなにとって、漫画として読んでいるときも把握し切れていないキャラだったのだ。よく言えばアンチヒーローに近いライバル、本当のラスボス。
エゴイズムの化身である邪悪の権化は、彼がこの漫画、謂わばルフィただ一人に対するだけでなく、世界観全てを揺るがすために生まれた爆弾のように思えてならなかった。

彼の行動は規律を乱し、勧善懲悪を根本から否定するために、世界の中心にルフィと共に立つべき存在、言ってしまえばはるなにとってティーチは最終的なルフィの相手に相応しくなるために確実にこれからも強くなり続けるであろう“死なない存在”である様に思えてならなかった。
今ここでハンコックや誰か他の人間に手を借りて「ティーチは政府のために海賊をする人間でない」という根拠を打ち立てられるわけでもない上、恐らくそんな暴挙に出ても、彼は絶対に使命を全うするため生き残るのだろう。彼は絶対的な運命の流れに従い、これから先ルフィの前に立ち塞がり続けるのだ。

……それがどんな悪魔の形を模していようとも、はるなにはそれを阻止する資格などない。先の知らない舞台に立った今では、傍観者として徹底することは出来なくとも、ルフィの物語を傷つけない”仲間“の役割を徹するつもりだ。こんな事をわざわざ人に教えなくて良い、教えるべきではないのだ。
ただ、この戦争で、誰一人も死なせなければいい。

物語がどんな結末を迎える運命だろうと、ルフィがエースを助けると言ったのなら。はるなは全力でその願いを叶えなければならない。
















センゴクが足早に広間を出ていくと、おつるさんや残りの中将達もこぞって外へと出て行き、それぞれ死刑台の周りを隙間なく立ちながらその時を待っていた。 広い三日月のような形の広場を囲う海兵の山は、これから切り捨てられるだろう死者の数としてはるなには映っている。
戦争だと簡単に言い渡されても、はるなの中にある戦争とはテレビ画面越しに映る異界だ、血が迸る映画のような光景を今のこの目の前の波を背景に見届けろと言われても、考えるだけで眩暈が起きそうだった。潮の冷たい匂いが鼻につき、風がまるで平穏を思わせるほどに軽々しくはるなの肌を撫でる、ハンコックに続いて並んだ七武海の面々は、この景色を前に恐ろしさすら感じるほど表情を変えず前を見据えていた。ハンコックですら、はるなから目を離せば海の一線を見つめ、冷静さの中に潜めた身を構える覇気を美しい体から漂わせている。

「……はるな、お主はわらわの陰に隠れておれ、決して降りてきてはならぬぞ」
「はっはい……!」

高台に並んだ七武海は下りる事も場合では許可されていたが、主な陣では大将が動いた場合の処刑台の守備だった。たとえ大勢が圧し攻めようとそれにあたって全員が処刑台から離れては空中戦を得意とする人間の妨害に為す術がなくなる。モリアとくまはその点で持ち場を守ることに念を押されていた。
大将達は中央に用意された椅子に座っている。真ん中に円形になって広がる海は船が来る事の出来る限界だからだろう、その一点に向けて大砲がいくつも並べられていた。各部隊へ指示が下りたのか、段々潮の匂いに混じり火薬と油の混じった泥のような空気が上部に立っていたはるなの鼻を擽るように舞い上がってきた。濁った灰色の煙が至る所に上がり、昼の青空を曇らせていく。

(……ルフィ)

この場に、間に合うのだろうか、今どこにいるのだろう。はるなは心配で出来上がっていく“戦場”に目を向けることなく遠い海を見渡した。


「……エースッ!!」


そして、重たい鎖に繋がれて現れたエースは、前を向き一切口を開こうとしなかった。
眼下に広がる十数万人の兵士達が、彼の登場に緊迫の空気を感じ取っている。ただの戦争ではない、海軍の本拠地に押し寄せる賊を殺すのだ、名誉や政府の威厳がかかったこの一日が、どれほどの惨劇になるかを恐れすらも身が感じるほどになっている。
やがて全ての駒が揃いきった時、エースの隣にセンゴクがゆっくりと電伝虫を片手に現れ、彼は広場にいる全ての人間を見渡すように話しだした。

「諸君らに話しておく事がある。ポートガス・D・エース……この男が今日ここで死ぬ事の大きな意味についてだ……!」

突然のセンゴクの言葉に、広場は緊張の色を消せないままその高台を見つめている。

「エース、お前の父親の名を言ってみろ!」
「……俺の親父は”白ひげ”だ!」
「違う!」
「違わねぇ!!白ひげだけだ!!他にはいねぇ!! 」

突然の押し問答かのような二人の言い合いの意味を掴めないまま、それぞれ兵士たちは潜めきあいながらそのセンゴクの意味を零し合っている。はるなもその真意がつかめないままハンコックの蛇の隣でそれを見上げ、俯くエースの小さな影をじっと見つめていた。


「……当時 我々は目を皿にして探したのだ。ある島に、ある男の子供がいるかも知れない、微かな情報と、その可能性だけを頼りに。生まれたての子供、生まれてくる子供、そして母親達を隈なく調べたが見つからない。……それもそのはず……お前の出生には、母親が命を懸けた母の意地ともいえるトリックがあったのだ!それは我々の目を……いや……世界の目を欺いた!」



センゴクが話出した過去は、エースの出生を紐とく答えだった。エースはルフィと同じ場所で生まれた訳でなく。母親の愛とガープの友情により生まれを変え、孤児として育ち、誤魔化され続けていたのだ。当時関わりを持つだけで極刑とされていた存在が、今まだこの場に存在している。センゴクは強く電伝虫を握り、本人にすら言い聞かせる様に叫んだ。

「知らんわけではあるまい……!お前の父親は!!”海賊王”ゴールド・ロジャーだ!!!」

その一言が本部の全てだけでなく、電伝虫の繋がるシャボンディ諸島、そして他の島々にまで広く伝わった。
時代を変えた、――新たな世を生み出したロジャーの血が絶えずにまだこの世に残っていたという事実。この大海賊時代を揺るがす存在の意味。センゴクはエースを見つけた時に、既に事を悟った白ひげによって匿われていた事を話す。白ひげにとってライバルである筈の存在の“D”を生かした事は、時代の継ぎ目をエースに決めた事に他ならない。

「 違う!!俺がオヤジを”海賊王”にする為にあの船に……」

センゴクの言葉を疑うように大声で叫ぶエースの訴えは、センゴクの声に押しつぶされた。

「そう思ってるのはお前だけだ。現に我々が迂闊に手を出せなくなった。お前は”白ひげ”に守られていたんだ!…そして放置すれば必ず海賊次時代の頂点に立つ資質を発揮し始める!だからこそ今日ここでお前の首を取る事には大きな意味がある!たとえ”白ひげ”との全面戦争になろうともだ!!」

この世界が海賊に支配される事になる一番の恐れは、その“血”が時代を塗りかえる程の力を持っている事をだれしもがわかっていたからだ。ゴール・D・ロジャーの脅威を完全に絶たなければ、海賊は果てもない夢を追い求め必ず海へと夢を目指す。帆は島々へ脅威と混沌を振りまく事を、海軍の名など折れて手の付けられなくなる闇の時代を抑える為には、エースという血を完全に殺す必要がある、仲間が手を差し伸べる目の前で殺して初めて…海賊たちの夢を一つ壊す事が出来るのだ。

見せしめにするためだけに、エースは殺される。

言葉にすればあまりに痛ましく恐ろしい事を、センゴクの目は力強くエースに向けて言っている。

(……海賊の存在を、私は甘く見過ぎてるんだ)

追いつかない思考が体を金縛りのように抑えつけ、なんとか顔をあげたはるなの目にもはっきりと移った。センゴクの元へ走り寄った海兵の言葉によると、封鎖していたはずの門が勝手に開きだしたらしい、そしてその開いた門をいくつもの影が滝の様に勢いよく霧を払い、海賊船の大艦隊が押し寄せてきた。黒の帆が荒い波にはためき風は強くその広場を拭き抜ける。兵士が大きな声でその数と精鋭の名を響かせる。

「”遊騎士ドーマ”、”雷卿マクガイ”、”ディカルバン兄弟”、”大渦蜘蛛スクアード”……!!錚々たる面々!いずれも”新世界”に名の轟く船長ばかりで!総勢43隻!”白ひげ”と隊長達の姿はありません!!しかし間違いなく”白ひげ”の傘下の海賊達です!」

センゴクが慌ただしく電伝虫を離し下で突然の襲撃に構える兵士たちに叫ぶ。

「攻撃は待て!”白ひげ”は必ず近くにいる!何かを狙ってる筈だ!海上に目を配れ! 」

途端にいつ海賊たちの砲撃が襲うか構えるあたりの騒がしい声が海賊の怒声とぶつかりあい、はるなが倒れそうな足を堪え前へと目を凝らすと、突然中心部の海が泡を吹き、大きな波がいくつも起こった、まるで中心でいくつもの渦が出来ていくかのように水達が騒ぎ合いついに噴水の様に波が勢いよく吹き上がった。次の瞬間、”白ひげ”の船である、”モビー・ディック号”が海底より現れた。


「“モビーディック号”がきたーーー!!!」

「次いで3隻の白ひげ海賊団の船!14人の隊長の姿も見えます!」
(あれが……!)

白い先端の鯨の顔を模した所に立っているのは、間違いなく白ひげ“エドワード・ニューゲート”人二人でも越えられない巨体を堂々と構え、甲板に薙刀一本で立ち尽くす姿にあれほど強く言葉を張っていたセンゴクも息を飲んでいる。世界最強の海賊が、不敵に笑みを浮かばせた。

「グララララ……何十年ぶりだ?センゴク。……俺の愛する息子は無事なんだろうな……!」










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