Dramatic...27





暫くはるなはハンコックに(既に知っていた)海軍や七武海の面々の名前を聞くという時間稼ぎでその場をどうにか緊張から反らしていたが、ハンコックが突然用があるから少し席を外すと言うので、どうしてもハンコック抜きに
はこの大広間にいることが出来なかったはるなは、その後ろにひそひそとついてゆき、お手洗いにいくとハンコックに告げ道を分かれた。
ハンコックの後ろ姿を見送って、綺麗だなあと一周感想が回りきったところで漸く、はるなは冷静さを取り戻し、重要なことに気がついた。

「どうかんがえてもわたし………道に迷ってるんだよね、」

お手洗いの場所など知っているわけがなかった、更に元来た道を戻るのも思い出せなかった。案内についていたときは畏れや、緊迫、色んな感情がない交ぜになって周りの記憶など一片も残っていない。あまりにあっけなく迷子になってしまった自分のしょうもなさに、はるなは一人肩を落としとぼとぼと適当に歩みを進める。

(……とりあえず、海兵さん見つけたら道を聞けばいいや、お手洗い本当に行きたかったワケじゃないし、扉でハンコックさまを待ってよう……)

「オイ」
「はい?」

突然、うしろからはっきりとした声が聞こえたので、はるなは思わずくるりと顔を言われるまま後ろへ向けた。そしてそのまま、顔をひきつらせた。

「誰だテメェは」

スモーカーさんだぁ!!!!
わあ!!!いかつい!!!!!

「……………オイ、聞いてんのか」

びくりと肩をはね、はるなは目の前に近づいたスモーカーをそろそろと見上げながら目を泳がせる。
「あ、私は、……えっと、」
付き人、でいいのかな?とはるなが言葉を返そうとした途端、がしり、とスモーカーははるなの腰を掴み、そのまま小脇に抱えるように持てばはるなの言葉も聞かず歩き出してしまった。
「わっ、なにするんですかっ……!」
「連行」
軽く言い捨てるような単語にはるなはぎょっとし、思わず腰をもたれぶら下がったまま両手をばたつかせ抵抗するが、スモーカーは片手で持ったままびくともせずズンズン進んでいく。
「離して下さいっ、」
スモーカーさん、ガン無視。

「わっわたしは九蛇海賊団ボア・ハンコック様の側近なんですよ!無礼しないでください!!」
思わずはるながそう叫ぶと、スモーカーは歩きながらちらりとはるなを見、その少し怯えたような弱々しい顔を見て大きく溜息をついた。

「………わかった、とりあえず身柄を拘束する」
「なんでですかっ……?!」
「お前みたいな小物に入り込まれるとは、ここの門番は何してんだ
か」
「うううそじゃないです!あ、怪しいものではありませんからぁっ!」
「嘘付け!!」
「嘘ではない」

二人のやりとりを止めるかのように、ひどく落ち着いた声がその廊下に静かに落ちた。スモーカーが訝しそうに片足をあげ後ろを見れば、二人の後ろにゆっくりと現れたのは、先程大広間にいたミホークだった。
他人に干渉など全くしない存在のミホークの介入、スモーカーは少し驚くように眉を顰めている。

「鷹の目……なんでてめぇがこいつを知ってる」
「言ったろう、小娘は“九蛇海賊団”であると、収集の際確かにそいつはあの九蛇の女と共にやってきた」
「………ね?」
ミホークの言葉を盾にするようにはるながちらりとスモーカーを見ながら言うと、はるなを抱えていた掌が呆気なく離れ、はるなは重力に逆らえないままどすんと床に落とされた。

「いぅ…っ!」

姿勢的に膝と両手が強打するように落ちたのが大ダメージだったのに、スモーカーはまったく気にする様子など見せず、気に入らなそうに両手を組んだ。

「鷹の目がわざわざ迎えるとは辛気くせぇ状況だが、妙な真似したら俺が捕まえるからな、女」
「こわいっ!」

落とされ四つん這いのまま上から見下ろしてくるスモーカーの威圧に負けて、はるなは思わず叫びながらミホークの元へと走り寄った。黙ったまま立っていたミホークの背に隠れるように逃げ、その広い肩から覗くようにスモーカーの表情を伺えば、やけに苛立っているかのように筋をたてた細い視線がはるなを捕らえるように睨みつけていた。
「ぁう………」
「何を企んでるかしらねぇが、俺たち海軍はてめェら海賊を微塵も信じちゃいねェからな」

言い捨てたままスモーカーは踵を返し、大股で廊下を去っていった。そっとその様子を影から見送っていたはるなは、スモーカーが角をまがるのを確認し、ドキドキと鳴る心臓がまるで止まないのがわかり、思わず胸に手をあてた、それが誰の前での行為かすら、はるなは忘れていた。

「……何時まで俺の背で怯えている、九蛇の名を汚すつもりか」
冷たい声がすぐ上で聞こえ、はるなはすぐ触れそうなぎりぎりにあった自分の手を揺らし後ずさった。
「あっ!やっ、ごめんなさいっ!あの……助けてくださってありがとうございます……」
「迷子だな」
「……ひゃあ」
(お見通しですね…)

おどおどと挙動不審に立っていたはるなを一瞥したミホークの目は、ゆっくりとはるなに向き直し、来た道を戻りだした。
「広間に戻るぞ」
「ごめんなさい……」
ミホークの声から怒りや呆れがある訳ではない事はなんとなく感じられたが、その声はあまりにそっけなく、はるなはすごすご肩を縮め歩いていくミホークの背中について歩いた。

「側女かどうかは知らんが、この戦争を前に随分とひ弱なお供を九蛇はつけたものだ」
はるなの顔を見ることなく歩きながら言うミホークを良い事に、はるなはじっとその長いはるなの背丈ほどもある黒刀を見つめながら言う。

「……ミホークさんは、白ひげと戦うおつもりなんですか?」
「そういう条件だ、この海の未来を決める戦いとなれば、この戦いを避けて見えるものなどない」
「……未来」

そう言われた時に、はるなは思わず躊躇うよう視線がゆれたのを自覚した。答えなど無い動揺に、はるなはミホークがこちらを見ていないで本当によかったと俯いた。けれどそのまま寡黙について歩くはるなの僅かな心の乱れすら、ミホークには顔を窺わずともわかっていた。
「貴様は戦わないつもりか」
「わたしは……エースさんに死んでほしくないから……」

はるなの静かな声が緊張で微かに震えているのもわかっていながら、ミホークは淡々と言葉を返してくる。

「成る程、スパイというわけか」
「あっ、いえそんなっ、あっ、ええと………!?」

はるなは依然こちらを向かず歩き続けるミホークの声を頼りになんとからしい言い訳を考えようとしたが、何か言葉を思いつく前に、ミホークの足がぴたりと止まった。
「わざわざ海軍に知らせる程俺は政府に使われてはいない」
「あ、ありがとうございます……」
立ち止まったはるなの顔を、ミホークはゆっくり振り返りもう一度見た。少し下がった眉のまま、不安そうなはるなの視線とぶつかる。
「白ひげの仲間なのか」
「彼の弟が、……私の仲間なんです」
「麦わらの仲間だったのか」
「はっ、はい……」

ミホークは首を傾け、はるなに横顔を見せる様に少し視線を逸らすと無意識になのか、言葉も出さないままそっと口角を上げて笑みを浮かべていた。はじめてまじまじと見るそのミホークの金の瞳は、鷹という形容では現わしきれない気高さを潜ませているようで、はるなはその視線が少し動いたのだけで緊張し、慌てて彼から目を外した。

「何時でも、騒ぎを絶やさん男だ……」

ミホークは一言そう言うと、また黙ってはるなの前を歩いて行った。










「はるな!探したぞ!」
広間に入ると、席から立っていたハンコックが二人に気付き走り寄る様にはるなに近寄った。入れ違いに中に戻るミホークに深く頭を下げ、はるなとハンコックは扉の前で対峙する。
「ごめんなさいっ、迷ってしまって……」
はるなが頭を下げると、その肩にふれハンコックはそっとあげさせる、心配していたのだろう少し垂れた瞳が大きく瞬きを繰り返しながらはるなの目を見ていて、はるなは両手をあわせ顔を下げた。
「よいのじゃ、わらわも広間から抜けてしまったばかりに、側にいてやれなかった」
ハンコックははるなの前に立ち、他の七武海や海軍の人間に聞こえないよう部屋を出ると、少し離れた廊下で徐に胸元からひとつの鍵を取りだした。
「わらわがエースの錠の鍵を持つことになった、女のわらわがこの需要な鍵を持っているとは白ひげも考えまいと言えば、愚かな兵士どもは喜んで渡してくれたのじゃ、」
「そうだったんですか……」
(たぶん普通にハンコック様の頼みだからそうなったのでは…)
ハンコックは鍵をしまいこむと、胸元に手をあてたままはるなのほうへ目を向けた。静かな廊下に立ちつくしたハンコックは、少し神妙に目を凝らし、はるなの小さな顔を見つめる。
「……すまなかった、」
「え?」
「そなたをはじめ、あんなにも粗野に扱い怖い思いをさせてしまった、……わらわにも大切な妹達がいる、どれほどこの状況が大変なものか……あの時は話も聞かずに……」
思いつめたハンコックの顔が更に暗く陰りをみせ、はるなは思わずその白い指先を見ながら、目蓋を下ろし小さく呟いた。

「ハンコック様はお強い方ですから」
「はるな?」
「誰にも心を許さず生きるなんて、簡単な事じゃないと思います、……優しい人の差し伸べる手に捕まりたいって、人の心は強くないから、そうやっていつも頼れる誰かを心の底で探してる……」

本当は、ルフィのお陰で自分は信頼して貰えているのだと言う事くらい理解している。一人であの国へ入っていれば、はるなは何をする事も出来ずむざむざ戦争を見過ごしていた筈なのだ。
何もかも知った様な身勝手な物言いにはるなの胸には恥じる様な気持が沸いたが、それでも、ハンコックのした行為を間違いになどしたくなかった。

「私、嬉しいんです、ハンコック様がこうして力を貸して下さるのと一緒に、私たちを信頼して頂けて、だから、そんな事言わないで下さい……私はあの時、とても強く胸を張って立っていたハンコック様を、尊敬しているんですから、村のみんなと同じように」
「……ありがとう、はるな」


お礼を言うのは、自分のほうであるべきだと、はるなは口を噤んだまま静かに微笑んだ。

みんなが自分のするべき事を信じて進んでいる。後悔なんてしている猶予は残されていないのだ。戦いに率先する事は出来なくとも、後悔するよりはなにか出来る事を見つけるべきだと、はるなは唇を噛んで感情を押し籠めた。
センゴクの伝える伝令によればルフィはインペルダウンで騒ぎを起こしたが、エースはこちらへ軍艦に連れられて確かに連行されているそうだった。そうなれば、ルフィは間違いなくここへ向かう。手段は思いつかなかったが、軍艦を乗っ取ることぐらい今のルフィなら何のためらいもなく出来る事だろう。そしてマリンフォードには白ひげもやってくるはずだ。……戦争は避けられない。全員殺す覚悟でかまわないと言うセンゴクさんの声は並べられた七武海たちにも念を押す様に鋭く、訴える様に力強く大広間の中に響いた。





back



- ナノ -