Dramatic...17















































皇帝の広間―――

マーガレットと同じく、はるなも気が付いたら闘いが終わり、ルフィが喜んで四人を見渡して肩を叩いたりつかんだりしていた。何の状況も伝えられないままに、ハンコックに言われるまま二人は案内の人間に連れられ城へと案内される。
(概容は知っているから大丈夫だけど……ここからは口を閉じていた方が無難かな)
広間の地べたに座らされた二人と妹のサンダーソニアとマリーゴールド、闘いがひと段落して、姉二人にはルフィにもう心を閉じる事もないだろう安らかな笑顔を見せていた。
「何だ用って……あ、闘いの後のお食事、というわけですかねえ、なあはるな!」
「え、……んんむ、ど、どうだろう……?」
はるなが曖昧に返事をするがルフィはそれを全部聞きとる訳でもなく、そわそわしながら辺りを見回したり、鼻を揺らして肉の匂いをかぎ取ろうとしている。
「なァ!そういうわけならおれは喜んで……」
我慢できない様子を見て、サンダーソニアが落ちついた口調で慌ただしく首をふるルフィを見つめながら言った。
「……あなたにはお礼を言わなきゃね……ありがとう」
「いいよ別にィ、礼なんか食えねェじゃねェか、」
「背中の物を見られたら…私達はもうこの国にはいられなかった……」
二人の静かな声が余計に重みを増して言葉の意味を思わせるが、ルフィにとってはあの印の意味をまだ知らないのだろう。大きく首をかしげはるなのほうへとくるりと向いたが、答える事は出来ない。嘘をついてはるなも首をかしげた。
「入ってよいぞ!中へ入れ…”男”」
「中?」
「カーテンの奥じゃ」
「お!メシかな?」
ルフィがわくわくと足取り高く進んでいく背中を見つめて、思わず小さな好奇心がはるなの中で芽を出しそうになったが、ぶんぶんと頭をふって顔を逸らした。グラビア全員抹殺レベルの女体を前に呑気なルフィの声が呆れてしまうほど普通だったので、笑いそうになる口も噛んだ。

「さっさと答えよ……!あまり見せたいものではない……!」
ハンコックの詰まった声がカーテンの奥から聞こえると、隣にいた二人の妹も辛辣な顔を床に向けた。思い出す事がどれほど苦痛か、言葉に並べるのは単純だったが、それを口に出せるほど偽善的になど振舞えなかった。ここにいる全ての人間が感じた苦痛や苦悩など、……はるなの人生のすべてをかけても賄えるものではない。
「……やっぱりおれが知ってんのとは、少し違うみてェだ!おれの友達にハチっていう魚人のやつがいて、そいつのおでこに似たマークがあったから勘違いした、そのマークは知らねェや!」

「知らニュのなら!話してやるがよい!」
「ニョン婆……!」
カツカツと杖を鳴らし踏み込んできた小さな老婆に、両脇の二人が重い目を鋭く尖らせる。どうしてそこまで邪険に思っているのかはるなにはわからなかったが、ハンコックの言葉を聞いて、ニョン婆は真剣そうな瞳をルフィに向けた。
「その男の懐の深さ……しかとその目でみたハズじゃ……安心して全てを吐きだせ…!おぬし、海賊モンキー・D・ルフィで間違いニャイな?!」
「…!ああそうだ、なんでおれの事知ってんだ?」
ルフィが頷くと、ニョン婆は鋭い視線を一度閉じて、溜息と同時に声を出した。
「これだけ世間を騒がせて置いてニョン気なもニョじゃ、見よ、こニョ新聞こニョ男つい先日、“中枢”のすぐ側にあるシャボンディ諸島にて“天竜人”を殴り飛ばすと言う……!神をも恐れぬ大事件を引き起こした張本人じゃ!!」
「!?!?て、天竜人を…!?」
姉妹三人が震えながら顔をあげ、驚嘆を隠せないといった面持ちで目を見開いた。
「そんニャ事をしでかして中枢の“最高戦力”から逃げきれている奇蹟……!事件からたった二日で今こんな遠い土地へ二人も到達している事実。色々と理解し兼ねるがな……」
「…………」
言葉にもならない衝撃に三人が三人唇をわなつかせて黙りこんでいる中、ルフィはつい最近の出来ごとにベッドから降りると落ちつかない面持ちで声を荒げた。
「だから突然すっ飛ばされてよ!おれはここがどこだかだってわかってねェんだ!それに天竜人の事ならおれは後悔してねェぞ、あんニャロおれの友達に何したと思う!?なあはるな!!」
「……私も、天竜人には捕まりかけたから……」
つい、はるなが思い出した光景に舌唇を噛みながら答えると。ルフィやハンコック達は愕いたように顔をあげた。ルフィの腕がはるなの肩をつかみ、おおきく開いた瞳と目が合う。
「ほんとか?!お前大丈夫だったのか!?」
「……なんとか、逃げきる事が出来たけど、私も殴って正解だと思うよ」
「―――では、天竜人に手をあげたのは事実か」
二人の会話を聞いて呟く様に放ったハンコックは、そのまま崩れる様に両手で顔を覆い苦しそうに言葉を漏らした。
「……まだそんな大バカ者が…この世界におったのか……!!命を顧みず“天”に挑んだ……彼のような者が……!」
「“彼”って……?」
ハンコックは首をもたげ、一瞬、口を閉じた。救いのない日々を思い出す事を、それを他人に、――男にすべて打ち明けるなんて、屈辱なんて言葉の比ではない筈だ。
「……そなたらには全て話す。そなたたちの魚人の友が額に刻むシンボルの意味も……」
「ハチのマーク……?」
ゆっくりと背を向け、髪をかきあげたところに映るのは黒く、禍々しいまでに肌に燃え付いた火傷のあとだった。黒く塗りつぶされた紙面のインクが、目の前に現実として露になってみればその痛ましさははるなの体を裂く様に植え付ける。震えた肩を両手で押さえ、はるなは小さく腰を曲げた。
「これは……”天駆ける竜の蹄”……天竜人の紋章じゃ」
ハンコックの傍にいた蛇が、その印を隠す様に優しく上着をかけた。
「世界貴族に飼われた者に焼きつけられる……一生消える事のない“人間以下”の証明……」
「……天竜人………!!」
その存在を、そこにいる全てが最悪の形を以て想像している事だ。あの卑劣な口先、下種な振舞い、他人を人と見なさず踏みにじる暴虐の限り……あの悪魔の形相の事ならはるなも見を以て感じている。何が天を駆けるよバカバカしい、と、心の奥で舌打ちをした。
「わらわ達三姉妹は…その昔……世界貴族の奴隷だった……!!」
そこから話出すハンコックの過去は、あまりに惨く、とても落ち着いて聞いていられるものではなかった。ルフィでさえ額から汗を一滴落とし、ハンコックが絞り出す様に続ける言葉を困惑した瞳で聞いている。頭をおさえ呻るサンダーソニアを見て抑えようとするも、その体すべてに刻み込まれたトラウマが、震える心を何度も揺さぶっているのだ。フィッシャー・タイガーの話がハチへと繋がり、それがルフィ達の目的地であった魚人島へと繋がるのなら、タイヨウの海賊団のこともいずれルフィの前に何らかの形をもって現れる事は考えられたが、はるなには先の事などわからなかった。
「……くしくもわらわ達は奴隷であった時……余興で口にさせられた“メロメロの実”と“ヘビヘビの実”の能力のお陰で、国をダマし秘密を守る事が出来ている……もし、あの時そなたがソニアの背中を庇ってくれなければ……わらわ達はもう、この島にはおれぬ所であった……―――誰にも、過去を知られとうない……!!」
ハンコックの悲痛な声が、広間の中で冷たく響いた。
「―――たとえ国中を欺こうとも……!わらわ達は一切のスキも見せぬ!!もう誰からも支配されとうないっ……!誰かに気を許す事が恐ろしい…!恐ろしうてかなわぬのじゃ……!!」
しゃくりをあげるハンコックの瞳からいくつも涙が零れてゆくのを、はるなもルフィも見ているだけしか出来なかった。何て言葉をかけたらいいか、まるでわからなかったのだ。ぐすりと鼻をすするハンコックの隠していた能面の下の素顔を久々に見られたからか、ニョン婆は少し陽気に杖にのりながら口を開く。
「――しかし…久しぶりじゃニョうそなたがこうも感情を表に出すニョは…近年ではもう蛇姫様は氷にでもなってしまわれたのかと……!」
ニョン婆の軽い口調が癇に障ったのか、ハンコックは立ち上がって強く声をあげた。この島に三人を匿い、今まで育ててきたとなれば親も同然のような存在でもあるからだろう。はるなは親子喧嘩を見ている様なその騒ぎに、少しだけ懐かしい思いが胸に沸いた。
(―――まあ、私は親元離れて一人暮らしだったから、別に平気だと思うけど……)
ハンコックが真剣な瞳をして、座っていた私と、ずっと立って様子を見ていたルフィの二人を見ながらゆっくりと言う。
「そなたらは……!奴隷であったわらを……蔑むか?」
ルフィはその重たい一言をまるで日常会話かのような軽快さで答えるのに、はるなも乗った。
「だからおれ天竜人嫌いなんだって!」
「次会ったらわたしが殴りとばしますから!」
その軽々しさ――なにも重たさを感じない様子がハンコックには嬉しかったのだろう。何も苦に感じる必要はない、そうルフィの立ち振舞いは言っているようだった。差別も国も人種さえも関係なく、すべてを平等だと言う言葉の重みもない。友達か、仲間か、そんなふれあいの中で全てを答える事の出来る姿は今まで他人を敵か、阻むべきかと見定めては容赦なく殺してきたハンコックの生き方に光を与えるかのようだった。ハンコック自身、好きで人を拒むわけがない。心が受け付けなかったのだ、どうしても耐えられなかったのだ、その冷たい城をこんなにもあっけなく打ち崩したルフィの存在は、こうしてみると本当に不思議な魅力に溢れていた。
ハンコックは優しく笑って、止まった涙を指で拭きながら穏やかな声を出した。初めて見せてくれた……仮面に隠れていた可愛らしい笑顔だった。
「ふふふっ、そなた達を気に入ったぞ!目的地を言え!船を貸そう!」
「本当か〜〜〜!?!?」
「やったぁ!!!」








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