主人公補正を愛します。




















Dramatic...12






























話がちょうど一区切りついたときに、レイリーさんが帝王という名を口にし徐に会話が始まれば、
ルフィがその真実を知るまでには、差して時間はかからなかった。
「副船長!!???」

ルフィは、長年小さなころから頭の中での一種のヒーロー像と近い現実味のない存在として漂っていた英雄の、ほんの僅かしか離れない場所にいたという過去を持つその姿に、目を開いてその真実を受け止める事をしばし戸惑わざるを得なかった。

皆が皆その名に驚き、そして自分たちの軌跡の偶然に言葉を失っていたが、目の前の”帝王”が、やがて糸を説く様に自分の中で絡み合っていた世界の造形を明かし始めれば、ゆっくりと呑み込む瞳を見据え、自分の中での記憶と擦り合わせ、その全貌に息をひそめ頭に詰め込んだ。
はるなはその様子をカウンターの席から黙って聞いて、頭の中で、自分の今までの記憶を頼りにその話を重ね合わせていた。

―――私の記憶はそろそろ途切れてる。戦争と結末も知らないし、これから来るあの人たちと戦って勝てる訳もないけど…
   一緒に行かないと、こんなとこで静かにしてるわけにもいかない……。


「ねえはるな、身近で聞かれてもピンとこないわね…まるで別の話みたいだもの」
ナミがぽつりと言いかけてくる。すごく偉大な著名人が、実は自分の親戚でしたみたいな時の話?ここにいる全ての人間が自分にとって想像の産物であると思っていた自分の心がまだ胸の隅に残っていたはるなには、そのナミの問いに曖昧に笑いかけるしか出来なかった。

「んー…でも、海賊王だって人間だから、話だけじゃあわからないものだよね」
「それもそうね」

ナミの言葉を聞いて、続けざまにウソップが質問を投げかける。ウソップにとってロジャーこの冒険の一番初めにマイクを持って、世界の扉を開いた人間だとでも、思っているのだろうか、
―――別に、そんなつもりじゃないのは解ってるけど、とはるなは考えていたのだが、
ウソップのいう時代とは、成功だとでも喩えたかったのだろうか、それとも、悪夢だとでも表したいのだろうか?
はるなにとっては、この世界は成功でできているのだ、作られた次元であるとはいえ、捻じれのない、必然悪と偽善と正義が、まるで水と油を入れた海水の様な分け目を移している。現実に無い心の清らかさ、見た事もない、さまざま見せつけ隠さない悪の輝き――…、
人生を悪に染めてもなお、正義面をかぶりたがる人間なんていない、自ら死を装わなければ、誰も振り向かせられない人間だっていない。
この時代は世界を変える決意を持っている、誰しもが持っているからこそ、奇跡が起きて、彼が、今はるなの目の前にいる人間達が、その業を成し遂げられるのだ。
――――ならば私はどうだろうか?一体何が悪か知っているか?誰が世界の真意を満たして、真紅で汚れた心臓を呑み込んだ者か知っているのか?
――それとも、何かに心臓を燃やし光らされ、壮大な夢でも抱えていたか?

そうだ、はるなは俯き、さまざまと交わし合う言葉の縫い目をなぞる様に思った。気付くという不意よりも、自らその道を選ぶことにしたように、掌で顔を覆う。
私は無力ではないのだ、ただ心が拒絶しようとしたのだ。情熱はあるのに、開いた後の自分の惨めさを毛嫌いして、酷く怯えているにすぎないのだ。
ウソップは純にまともだった。そして汚れが無かった。この時代が悪ではないと信じ込んでいる。そしてそれは、あまりにも美しかった。気付けないほどに眩しかった。
私は疑った。自分の生きている時代の、どんな美しい世界でさえも、やがて崩壊する浸食の流れ、消えていく力だと罵倒した。
動物は消え、人間は殺し合い、誰もかれもが正義を貫けない世界に浸したと、遠目で目線を逸らして言い放った。
この世界のほうがどれ程まともか、そう思っていたかつての自分を恨むたくなるほどだった。世界に自分を作られたものか、自分が生きていた形こそがすべてで、その偏見の歪みの心が、私をそう思わせているにすぎないと言うのに!
誰もが――…そうやって夢あろうとなくとも否定し続けてた自分の心自体が、歪みの根本だと自覚していながら…――!
あくまで、割り切ろうとしていた心の中に彼らの言葉はあまりに鋭くはるなの胸に突き刺さった。けれど、時代の波も嵐をも超越して立ち尽くす目の前の海賊の中にしっかりと腰を据えて、レイリーさんは微笑んでいた、酒を手に取り、静かにいいのけた、はるなにまで言い聞かせるかのような、とても強い口調で、
「今の時代を作れるのは、今を生きてる人間だけだよ」
――わかっている。はるなの時代とは違う価値観ではあると、まったく次元を超えた話であると、でも、
それでも――はるなは恐ろしかった、いっそ忘れてしまいたかった。
この世界ははるなには美しすぎた。確かに以前より血をみる事は多くなったかもしれないが、汚い悪を見る事は、一段と少なくなった。
それに、こんなにも強い人間を見るのだって、始めてかもしれない。
現実で――、燃える炎を手さぐりに捕まえ、自分の足を奮い起し向かってくる人々は、一体どれくらいいるのだろうか、
況してや、もう消えてしまった人の影を、永遠に夢に描くだなんて、きっと少ない、こんな子供の私ですら、夢を描く上で形もない恐ろしさを思いこんでいるというのに、

「あの日広場でロジャーから何かを受け取った者達が、確かにいるとは思うがね…。キミのよく知るシャンクスもその一人だろう」
ルフィがとうとう冷蔵庫の前に座り込んで根こそぎ出るものすべてを胃に詰め込んでいると、レイリーはそっと視線を向けた。
不思議そうに言葉を返すルフィの、食べ物の隙間隙間に途切れる言葉に、レイリーは懐かしいかのような味をしめた。
「”東の海”ならバギーという海賊も知らんか?」
ああ、とナミとゾロは顔を合わせずとも言葉をそろえて怪訝な顔を表した。
随分と昔に遡る事になるが、よく知った顔である。異形な姿と能力と、意地悪そうなあの小悪党顔の笑う姿が浮かんだ。
あの男には散々な目にあわされた、別段何か大きな損失を招いたわけではないが、あれほど海賊らしくウソつきで、豪快で狡く、悪党の名を愛してそうな男もいないだろう。
ルフィはその男自体にはそれほど驚いた表情は見せなかったが、本題が後者であるために、レイリーは静かに息を吐いた。
「アレは二人ともウチの船で見習いをやっていた」
咀嚼を続けていたはずの口が、思わず意識と会わずに崩れた。先ほどまで食べていた色々な者が、噛みかけのまま口から零れ噴き出る。
それと同じくして大声をあげるルフィは、思わず目玉すらも落とし兼ねないような形相になっていた。
急いで机の上に零した食べ物のかけらを放りこんで、両手で圧しいれる様に黙っていれば、そのタイミングに合わせた様に、レイリーさんはまた言葉を続けた。
「10年程前か…この島でばったりあいつと会ってな、トレードマークの麦わら帽子と…左腕が亡くなっていた」

「う”」
心に深い節でもあるのだろうと、見てとれるようにルフィが一度顔をひきつらせそそくさと呑み込んでいく姿が見えた。
それでも続けてレイリーさんが嬉しそうに、とまるで一人懐かしむように呟いて言葉を続ければ、その先はしらずとも、お互い深追いする事もなく、ルフィの小さく鳴らした喉だけで、その会話は終わりを告げた。
「シャンクスが君に話していない事まで、私がべらべらと喋るわけにはいかんのでな…」

言葉を濁して楽しみだよとレイリーさんが伝えれば、ルフィも楽しそうに頬を動かして、大きな口から真っ白な歯をのぞかせた。
「…そうかな!……おれも会いてえなァー!そうだ!はるなにも会わせてやるよ!シャンクスはすっげえイイ奴なんだ!」
そういきなり話題を振られた事で、はるなは顎に添えていた手をおもわずずらして、派手にわざとらしい仕草をしそうになった。
にこにこと屈託ない笑顔を振りまくルフィの瞳に、一度だけ身動ぎをする。
「…あ、お願い…します」
なんて返したら良いかと、思わず力のない声になってしまったのだがもちろんルフィにはそんな些細な言葉のもつれなど気にした様子はなく、ふらりと笑いかけたはるなに気をよくして、カウンターのちょうど向かいにいたはるなに、ずいと顔を寄せて笑った。
「この麦わら帽子もシャンクスからの預かりモンなんだ、きっといつか会うって!」
「それだけ尊敬しているんだから、きっとすごい強いんだね」
「シャンクスはすげぇ強ぇぞ!きっと今のおれでも敵わねえかもなあー」
そういうと、ゾロは少しだけ緩めた口を張り付けて、砕けた様に笑い返した。
「オイオイ、船長がそんなこと言っていいのかよ」
「そうだぜルフィ、お前もいつかそいつらと戦うんだからよ」
便乗してサンジもが
「うーん、そうだよなー、」
「でも、きっと勝てるのね」
ふとそう言ってルフィの笑顔に笑いかけると、ルフィは楽しそうな、でもどこか心の底に孕んだ興奮を隠しきれない様な紅潮を頬に浮かべ、白い犬歯を覗かせた、きらりと光ったのは、とても綺麗だった。
「わかんねぇ!」
まーまー…、かわいい事で。
そのあとに続いたのはロビンとウソップだった。果てが見えない冒険の所為で、誘惑が先に言葉を落としたのだろう。
ロビンが気になったのはおそらくこの世界の果てを目指す旅で交るであろう、Dの意思だった、空島で見つけたあの黄金に並ぶ石盤、
文字に記されたその過去と栄光の道しるべ――…。
レイリーが言うには、それはいずれ知る事が出来るらしく、ロビンは賢そうな瞳を綺麗に細めて、静かに言葉を取りやめた。








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